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かわいいお兄さんは好きですか?⑤
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クリスマスイブ当日、隣に迎えに行くと鼓さんはドアの前で待っていた。
「寒くなかった?」
「……」
首を横に振っているけど、本当に大丈夫かな。あの一件以来、鼓さんは家庭教師のときも必要以上に話してくれないし、目が合うとすぐに逸らされるから、今日の約束もなしになるんじゃないかとひやひやしていた。
二人で歩き出しても鼓さんはずっと無言で、そうすると俺も話しかけづらくて無言になってしまう。でもせっかくのデートにそれはだめだ。
「鼓さん、なにか怒ってる?」
言ってから、これは間違った話の振り方だと気がつく。でも、後悔したところで口から出てしまった言葉は取り消せない。
「……恥ずかしいだけ」
「俺といるのが恥ずかしい?」
答えてもらえてほっとするけれど、同時に不安がやってくる。もし一緒にいたくないと思われていたらどうしよう。
「史崇も忘れてないでしょ」
不機嫌そうな声が聞こえてきた。それから「うう……」と小さく唸る声がする。なるほど、あれのことか。
「味見事件のこと?」
「やめて、もう忘れて! それに変な名称つけないで!」
真っ赤になって俯いてしまった。「味見事件」、結構いい呼び名だと思うんだけど。それにあれは確実に「事件」だ、俺にとっては。
「そもそも、あんなことしなくても鼓さんなら全部いいのに」
「……いいの?」
「え?」
「いいの?」
上目遣いで見つめられてどきりとする。その表情があまりにかわいくて心臓が暴れ出してしまう。これはまずい、と目を逸らして一つ頷く。
「もちろん、いいよ」
緊張しながら言うと、返事のかわりに手をぎゅっと握られて血液が沸騰しそうなほど興奮してしまう。鎮まれ、鎮まれ、と自分に言い聞かせるけれど、好きな人にこんなことをされて冷静でいられるはずがない。
「……大学に合格したら告白するつもりだったんだけどな。今はまだ自分に自信もないし」
「そんなこと不安になってるの? 俺は史崇からの告白ならいつでも嬉しいよ」
「……」
そういうかわいいことをさらっと言うから、こっちは心臓がもたない。
「俺、昔から鼓さんの後をついてまわってたよね」
「そう。それがかわいくて嬉しかった。小さかった史崇が、今じゃ俺より背が高いね」
頭を撫でられてまたどきどきしてしまう。こういうことを無自覚にやるんだから困った人だ。
「つ、鼓さんは俺なんかのどこが好きなの?」
「数えきれないくらい、たくさん好きなところがあるから言葉にできない」
「えっ、じゃあいつから好きなのかだけ教えて?」
「俺が小学生の頃、迷子になった俺を史崇が探し出してくれたときから」
「……」
そういえばそんなこともあった。俺の津田家と鼓さんの佐倉家で一緒に旅行に行ったときに鼓さんが迷子になったんだ。俺は幼稚園児だったけど、俺の親も鼓さんの親も慌てていて、なにかあてがあるわけでもないのに俺は咄嗟に走り出した。今考えれば俺も迷子になる可能性があったんだよな、と思うけれど、あのときは必死だった。泣いている鼓さんを神社のすみで見つけ、大声で「つづにい、みつけた!」と俺が叫んだ声で親達が飛んで来たんだ。
「史崇、王子様みたいだった」
「あのときはまだ幼稚園児だよ」
「小さくても、すごく恰好よかったんだ」
「……」
あまりに純粋な瞳で言われ、照れで視線を合わせられない。
「で、その王子様はどこに行くつもりなの?」
「……」
今一番聞かれたくないことを聞かれてしまった……。実はなにも考えてないから、ただ駅に向かっていただけ。本当はおしゃれなデートコースとか調べたかったけれど、もともとそういうことに疎い俺には難しかった。スマホで見つけたデートスポットはどこも大人のカップルが行くような場所だった。
「……考えてない」
正直に言ったらがっかりされるかな、と思ったけれど、こんなことで見栄を張っても仕方ない。鼓さんを見ると、なぜか嬉しそうな表情をしてから自慢げな顔で胸を張る。いつかのように。
「それなら、鼓サンタがいいところに連れて行ってあげよう」
こういうところ、本当に年上かなと思ってしまうくらいかわいい。駅に着いて、電車に乗った。しばらく揺られて乗り換えて、着いた場所は――。
「クリスマスマーケット……」
めちゃくちゃクリスマスデートっぽい。どんなにかわいくてもやっぱり鼓さんは年上なんだ……発想が違う。
「史崇、来たことある?」
「ううん、テレビで見たことがあるだけ。鼓さんこそ――」
――誰かと来たことあるの?
聞きたい言葉を呑み込んだ。あると答えられたら、やっぱりショックだから。
「俺も初めて。史崇と来てみたかったんだ」
鼓さんはさらっと俺の欲しい答えをくれた。マーケットの入口さえ、きらきらした目で見るその表情から本当に初めてのようだ。
「入場券、買おっか」
あまり見ていると色々むずむずしてくるから、鼓さんから目を逸らす。当日入場チケット売り場に行こうとすると、鼓さんが俺の手を引いて事前予約入口に向かう。手に持ったスマホにはQRコードが表示されている。
「……実は、史崇と来れるかもと思って事前予約チケット買っておいたんだ」
頬を赤く染めて俺を見る鼓さん……かわいすぎる。
鼓さんとペアのマグカップも嬉しくて、そういえばお揃いのものって持っていない、と思う。ドリンクを購入しながら、大学に入ってまたバイトを始めたらなにかプレゼントしよう、と考えてみるけれど、気が早すぎるかもしれない。それまで愛想をつかされないでいられるかもわからない……自分で考えておいて不安になってしまう。
俺は未成年だからノンアルコールのグリューワイン、鼓さんは二十歳になっているから酒にするのかと思ったら同じものを購入した。
「史崇がお酒飲める年齢になったら、ビールとか一緒に飲もうね。こういうところで飲むとおいしいと思うよ」
「え……」
「嫌?」
「嫌なわけない!」
それはつまり、二年後も一緒にいてくれるということだ。どきどきが激しくなり、そんな嬉しいことを言ってくれる鼓さんを今すぐ抱きしめたいところだけど我慢した。
「寒くなかった?」
「……」
首を横に振っているけど、本当に大丈夫かな。あの一件以来、鼓さんは家庭教師のときも必要以上に話してくれないし、目が合うとすぐに逸らされるから、今日の約束もなしになるんじゃないかとひやひやしていた。
二人で歩き出しても鼓さんはずっと無言で、そうすると俺も話しかけづらくて無言になってしまう。でもせっかくのデートにそれはだめだ。
「鼓さん、なにか怒ってる?」
言ってから、これは間違った話の振り方だと気がつく。でも、後悔したところで口から出てしまった言葉は取り消せない。
「……恥ずかしいだけ」
「俺といるのが恥ずかしい?」
答えてもらえてほっとするけれど、同時に不安がやってくる。もし一緒にいたくないと思われていたらどうしよう。
「史崇も忘れてないでしょ」
不機嫌そうな声が聞こえてきた。それから「うう……」と小さく唸る声がする。なるほど、あれのことか。
「味見事件のこと?」
「やめて、もう忘れて! それに変な名称つけないで!」
真っ赤になって俯いてしまった。「味見事件」、結構いい呼び名だと思うんだけど。それにあれは確実に「事件」だ、俺にとっては。
「そもそも、あんなことしなくても鼓さんなら全部いいのに」
「……いいの?」
「え?」
「いいの?」
上目遣いで見つめられてどきりとする。その表情があまりにかわいくて心臓が暴れ出してしまう。これはまずい、と目を逸らして一つ頷く。
「もちろん、いいよ」
緊張しながら言うと、返事のかわりに手をぎゅっと握られて血液が沸騰しそうなほど興奮してしまう。鎮まれ、鎮まれ、と自分に言い聞かせるけれど、好きな人にこんなことをされて冷静でいられるはずがない。
「……大学に合格したら告白するつもりだったんだけどな。今はまだ自分に自信もないし」
「そんなこと不安になってるの? 俺は史崇からの告白ならいつでも嬉しいよ」
「……」
そういうかわいいことをさらっと言うから、こっちは心臓がもたない。
「俺、昔から鼓さんの後をついてまわってたよね」
「そう。それがかわいくて嬉しかった。小さかった史崇が、今じゃ俺より背が高いね」
頭を撫でられてまたどきどきしてしまう。こういうことを無自覚にやるんだから困った人だ。
「つ、鼓さんは俺なんかのどこが好きなの?」
「数えきれないくらい、たくさん好きなところがあるから言葉にできない」
「えっ、じゃあいつから好きなのかだけ教えて?」
「俺が小学生の頃、迷子になった俺を史崇が探し出してくれたときから」
「……」
そういえばそんなこともあった。俺の津田家と鼓さんの佐倉家で一緒に旅行に行ったときに鼓さんが迷子になったんだ。俺は幼稚園児だったけど、俺の親も鼓さんの親も慌てていて、なにかあてがあるわけでもないのに俺は咄嗟に走り出した。今考えれば俺も迷子になる可能性があったんだよな、と思うけれど、あのときは必死だった。泣いている鼓さんを神社のすみで見つけ、大声で「つづにい、みつけた!」と俺が叫んだ声で親達が飛んで来たんだ。
「史崇、王子様みたいだった」
「あのときはまだ幼稚園児だよ」
「小さくても、すごく恰好よかったんだ」
「……」
あまりに純粋な瞳で言われ、照れで視線を合わせられない。
「で、その王子様はどこに行くつもりなの?」
「……」
今一番聞かれたくないことを聞かれてしまった……。実はなにも考えてないから、ただ駅に向かっていただけ。本当はおしゃれなデートコースとか調べたかったけれど、もともとそういうことに疎い俺には難しかった。スマホで見つけたデートスポットはどこも大人のカップルが行くような場所だった。
「……考えてない」
正直に言ったらがっかりされるかな、と思ったけれど、こんなことで見栄を張っても仕方ない。鼓さんを見ると、なぜか嬉しそうな表情をしてから自慢げな顔で胸を張る。いつかのように。
「それなら、鼓サンタがいいところに連れて行ってあげよう」
こういうところ、本当に年上かなと思ってしまうくらいかわいい。駅に着いて、電車に乗った。しばらく揺られて乗り換えて、着いた場所は――。
「クリスマスマーケット……」
めちゃくちゃクリスマスデートっぽい。どんなにかわいくてもやっぱり鼓さんは年上なんだ……発想が違う。
「史崇、来たことある?」
「ううん、テレビで見たことがあるだけ。鼓さんこそ――」
――誰かと来たことあるの?
聞きたい言葉を呑み込んだ。あると答えられたら、やっぱりショックだから。
「俺も初めて。史崇と来てみたかったんだ」
鼓さんはさらっと俺の欲しい答えをくれた。マーケットの入口さえ、きらきらした目で見るその表情から本当に初めてのようだ。
「入場券、買おっか」
あまり見ていると色々むずむずしてくるから、鼓さんから目を逸らす。当日入場チケット売り場に行こうとすると、鼓さんが俺の手を引いて事前予約入口に向かう。手に持ったスマホにはQRコードが表示されている。
「……実は、史崇と来れるかもと思って事前予約チケット買っておいたんだ」
頬を赤く染めて俺を見る鼓さん……かわいすぎる。
鼓さんとペアのマグカップも嬉しくて、そういえばお揃いのものって持っていない、と思う。ドリンクを購入しながら、大学に入ってまたバイトを始めたらなにかプレゼントしよう、と考えてみるけれど、気が早すぎるかもしれない。それまで愛想をつかされないでいられるかもわからない……自分で考えておいて不安になってしまう。
俺は未成年だからノンアルコールのグリューワイン、鼓さんは二十歳になっているから酒にするのかと思ったら同じものを購入した。
「史崇がお酒飲める年齢になったら、ビールとか一緒に飲もうね。こういうところで飲むとおいしいと思うよ」
「え……」
「嫌?」
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