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大人な貴方とはじめてを⑤
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その週の土曜日に、崎森からの提案で一緒に出かけることになった。今度こそ間違いなくデートだ。
交換した連絡先を見るだけでそわそわとしてしまうくらいに、ずっと気持ちが落ちつかずにいる。相談して、映画を観てから買いものをしようということになった。見慣れたワンルームの部屋で、クローゼットをひっくり返して服を探す。こんなふうに出かけるとわかっていれば、なにか買っておいたのに。買いに行く時間がないから、あるもので合わせるしかない。
「なにを合わせても地味だ」
驚くほどに地味な自分が鏡に映り、愕然とする。自覚はあったが、こんなにしっかりと鏡の自分に向き合うことがあまりないので、現実が突きつけられた。最近崎森とそばにいることが多いから、そのせいもありそうだ。美形をそばで見続けたら目が美しさに慣れる。
「崎森さんはどんな恰好してくるんだろう」
なにを着ても恰好いいから、もしかしたら松田のようには悩まないかもしれない。それがプレッシャーになり、余計に決まらない。いっそ崎森に相談しようか。隣に並ぶ相手があまりに見るに堪えない恰好だったら、彼が可哀想だ。
「でもなあ」
崎森のことだから、「松田くんはなにを着ても似合うよ」と言われそうだ。まだ長くそばにはいないけれど、なんとなく崎森のことがわかってきたからそんな感じがする。
どうしようかぐるぐると悩み、よし、と決める。相談しよう。
『明日着ていく服で悩んでます』
情けないけれど正直にそう送ると、少ししてスマートフォンが短く鳴った。
『どんな服を持っているの?』
ベッドに広げてある服を整えて並べ、画像を送る。すぐに返信があった。
『松田くんは明るい色が似合うから、右すみに映っているペールブルーのシャツにカーキのパンツを合わせたらどうかな。それと左側にあるベージュのブルゾンだとどうだろう』
「へえ」
思ったよりきちんと相談に乗ってくれて驚いた。想像した「なにを着ても似合う」ではないことが嬉しくもある。なんとなくでもわかったつもりでいたことが恥ずかしい。
『そうします。ありがとうございます』
メッセージを送信して、服が決まったことにほっとする。悩む前に相談すればよかった。
服が決まったらいっそう落ちつかなくなってきた。人生ではじめてのデートだ。
崎森と一緒にいると安心感がある。男性とつき合うということに身がまえたりはしなかったが、それでもどんな感じなのか想像もできなかった。実際は頼りになる上司や先輩と親しくなったような、気軽な感じだ。
寝坊しないように早めにベッドに入り、目を閉じる。
日を重ねるごとに崎森を知っていけることが、嬉しくてくすぐったかった。
待ち合わせの時間より少し早めにつくと、約束した駅の改札前には崎森の姿があった。白のスタンドカラーのシャツに黒のテーパードパンツ、グレーのテーラードジャケットを合わせていて、モノトーンが崎森の落ちついた雰囲気をさらに洗練したものにしている。差し色のエンジのチロリアンシューズが、遊び心があっていい。
駅の中とはいえ風が少し冷たい。秋が深まってきているのがわかる。
「すみません、お待たせしました」
声をかけると、崎森は目もとを和らげた。今日も笑顔が優しい。
「大丈夫だよ。僕はどうしても早めについて相手を待つほうが落ちつくから」
「……」
やっぱりこういう待ち合わせにも慣れてるんだ。
少しもやっとしたものが心に広がり、少し俯く。
「関係者の方たちをお待たせするわけにはいかないからね。早め早めに行動するようにしているんだ」
「あ……」
仕事のことか、とほっとする。広報部だと商品のプロモーションなどでいろいろな人とかかわることがあるだろう。崎森はそういった場合のことを言ったのだ。恋人とのデートシーンだと、勝手に勘違いした自分が恥ずかしい。
「どうしたの?」
「いえ」
不思議そうな目を向けられ、首を横に振る。せっかくのデートに、こんな勝手な勘違いで水を差さなくてよかった。
「そう?」
「はい」
並んで歩きはじめ、映画館に向かう。賑やかな駅で待ち合わせをしたから人が多い。その中でも高身長で容姿の整った崎森は目立つ。すれ違う人がちらちらと視線を彼に向けているのがわかる。
一緒にいるのが俺なんかでいいのかな。
また勝手に引け目を感じていると、崎森が心配そうに眉を曇らせた。
「どうしたの? やっぱりなにかあった?」
「いえ、大丈夫です」
どうしてこうも情けない気持ちが消えては浮かびと、止め処なく現れるのか。自分に不思議になりながら、歩を進めた。
「いろいろな人と話すから、言葉遣いは意識して気をつけているんだ。普段の言葉遣いは咄嗟のときに現れるからね」
「そうなんですか」
小洒落たレストランで食事をしながら崎森のことを聞いた。言葉遣いが綺麗だと皆口々に言うし、松田もそう思う。それを伝えると、崎森は理由を教えてくれた。
「広報部って大変そうですね。俺には絶対無理です」
想像しただけで疲れそうだ。事務部と違って社外の人との接触も多いだろうし、小さなミスが重大なものにつながるシーンも多く感じる。
「絶対に無理なんてことはないと思うよ。どんな仕事でも向き不向きはあるかもしれないけど、本人がやりがいを感じられることが一番大切じゃないかな」
考え方ひとつひとつが大人で恰好いい。崎森のようになりたいな、とまた憧れが湧き起こる。これほどに素敵な人に好意を向けられているなんて、嘘のようだ。しかもおつき合いをしているなんて。そんなことを誰に言っても信じないだろう。
マルゲリータピザをカットしてくれた崎森の手つきに、思わず見惚れる。どんな所作も綺麗だ。言葉遣いもだけれど、仕事柄気をつけているだけではなく、崎森がもともと丁寧な人なのだろう。知れば知るほどに恰好よくて、感嘆のため息が零れる。
このレストランも崎森が選んでくれて、オーダーも彼がしてくれた。本当になにからなにまでスマートで、驚きがついていけないほどだ。
「……」
やっぱり恋愛慣れしてるんだろうな。
またもやもやが心に起こる。過去の相手に嫉妬をしたって仕方がないのに。
「あれ」
思わず声が漏れた。
「どうかした?」
「……いえ」
嫉妬?
自分は崎森の過去の相手に嫉妬をしているのか。しているとしたら、どうして?
崎森は憧れの人ではあるけれど、恋愛感情は持っていない、はず。
交換した連絡先を見るだけでそわそわとしてしまうくらいに、ずっと気持ちが落ちつかずにいる。相談して、映画を観てから買いものをしようということになった。見慣れたワンルームの部屋で、クローゼットをひっくり返して服を探す。こんなふうに出かけるとわかっていれば、なにか買っておいたのに。買いに行く時間がないから、あるもので合わせるしかない。
「なにを合わせても地味だ」
驚くほどに地味な自分が鏡に映り、愕然とする。自覚はあったが、こんなにしっかりと鏡の自分に向き合うことがあまりないので、現実が突きつけられた。最近崎森とそばにいることが多いから、そのせいもありそうだ。美形をそばで見続けたら目が美しさに慣れる。
「崎森さんはどんな恰好してくるんだろう」
なにを着ても恰好いいから、もしかしたら松田のようには悩まないかもしれない。それがプレッシャーになり、余計に決まらない。いっそ崎森に相談しようか。隣に並ぶ相手があまりに見るに堪えない恰好だったら、彼が可哀想だ。
「でもなあ」
崎森のことだから、「松田くんはなにを着ても似合うよ」と言われそうだ。まだ長くそばにはいないけれど、なんとなく崎森のことがわかってきたからそんな感じがする。
どうしようかぐるぐると悩み、よし、と決める。相談しよう。
『明日着ていく服で悩んでます』
情けないけれど正直にそう送ると、少ししてスマートフォンが短く鳴った。
『どんな服を持っているの?』
ベッドに広げてある服を整えて並べ、画像を送る。すぐに返信があった。
『松田くんは明るい色が似合うから、右すみに映っているペールブルーのシャツにカーキのパンツを合わせたらどうかな。それと左側にあるベージュのブルゾンだとどうだろう』
「へえ」
思ったよりきちんと相談に乗ってくれて驚いた。想像した「なにを着ても似合う」ではないことが嬉しくもある。なんとなくでもわかったつもりでいたことが恥ずかしい。
『そうします。ありがとうございます』
メッセージを送信して、服が決まったことにほっとする。悩む前に相談すればよかった。
服が決まったらいっそう落ちつかなくなってきた。人生ではじめてのデートだ。
崎森と一緒にいると安心感がある。男性とつき合うということに身がまえたりはしなかったが、それでもどんな感じなのか想像もできなかった。実際は頼りになる上司や先輩と親しくなったような、気軽な感じだ。
寝坊しないように早めにベッドに入り、目を閉じる。
日を重ねるごとに崎森を知っていけることが、嬉しくてくすぐったかった。
待ち合わせの時間より少し早めにつくと、約束した駅の改札前には崎森の姿があった。白のスタンドカラーのシャツに黒のテーパードパンツ、グレーのテーラードジャケットを合わせていて、モノトーンが崎森の落ちついた雰囲気をさらに洗練したものにしている。差し色のエンジのチロリアンシューズが、遊び心があっていい。
駅の中とはいえ風が少し冷たい。秋が深まってきているのがわかる。
「すみません、お待たせしました」
声をかけると、崎森は目もとを和らげた。今日も笑顔が優しい。
「大丈夫だよ。僕はどうしても早めについて相手を待つほうが落ちつくから」
「……」
やっぱりこういう待ち合わせにも慣れてるんだ。
少しもやっとしたものが心に広がり、少し俯く。
「関係者の方たちをお待たせするわけにはいかないからね。早め早めに行動するようにしているんだ」
「あ……」
仕事のことか、とほっとする。広報部だと商品のプロモーションなどでいろいろな人とかかわることがあるだろう。崎森はそういった場合のことを言ったのだ。恋人とのデートシーンだと、勝手に勘違いした自分が恥ずかしい。
「どうしたの?」
「いえ」
不思議そうな目を向けられ、首を横に振る。せっかくのデートに、こんな勝手な勘違いで水を差さなくてよかった。
「そう?」
「はい」
並んで歩きはじめ、映画館に向かう。賑やかな駅で待ち合わせをしたから人が多い。その中でも高身長で容姿の整った崎森は目立つ。すれ違う人がちらちらと視線を彼に向けているのがわかる。
一緒にいるのが俺なんかでいいのかな。
また勝手に引け目を感じていると、崎森が心配そうに眉を曇らせた。
「どうしたの? やっぱりなにかあった?」
「いえ、大丈夫です」
どうしてこうも情けない気持ちが消えては浮かびと、止め処なく現れるのか。自分に不思議になりながら、歩を進めた。
「いろいろな人と話すから、言葉遣いは意識して気をつけているんだ。普段の言葉遣いは咄嗟のときに現れるからね」
「そうなんですか」
小洒落たレストランで食事をしながら崎森のことを聞いた。言葉遣いが綺麗だと皆口々に言うし、松田もそう思う。それを伝えると、崎森は理由を教えてくれた。
「広報部って大変そうですね。俺には絶対無理です」
想像しただけで疲れそうだ。事務部と違って社外の人との接触も多いだろうし、小さなミスが重大なものにつながるシーンも多く感じる。
「絶対に無理なんてことはないと思うよ。どんな仕事でも向き不向きはあるかもしれないけど、本人がやりがいを感じられることが一番大切じゃないかな」
考え方ひとつひとつが大人で恰好いい。崎森のようになりたいな、とまた憧れが湧き起こる。これほどに素敵な人に好意を向けられているなんて、嘘のようだ。しかもおつき合いをしているなんて。そんなことを誰に言っても信じないだろう。
マルゲリータピザをカットしてくれた崎森の手つきに、思わず見惚れる。どんな所作も綺麗だ。言葉遣いもだけれど、仕事柄気をつけているだけではなく、崎森がもともと丁寧な人なのだろう。知れば知るほどに恰好よくて、感嘆のため息が零れる。
このレストランも崎森が選んでくれて、オーダーも彼がしてくれた。本当になにからなにまでスマートで、驚きがついていけないほどだ。
「……」
やっぱり恋愛慣れしてるんだろうな。
またもやもやが心に起こる。過去の相手に嫉妬をしたって仕方がないのに。
「あれ」
思わず声が漏れた。
「どうかした?」
「……いえ」
嫉妬?
自分は崎森の過去の相手に嫉妬をしているのか。しているとしたら、どうして?
崎森は憧れの人ではあるけれど、恋愛感情は持っていない、はず。
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