大人な貴方とはじめてを

すずかけあおい

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大人な貴方とはじめてを⑦

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 今日は崎森からの連絡がない。昼休みにも会えなかった。忙しいのかもしれない。少し寂しく思いながらビルを出ようとすると、ポケットにしまってあるスマートフォンが短く震えた。もしかして、と画面を確認すると、そのもしかしてだった。
『もう電車に乗った?』
 崎森からのメッセージで、慌てて『今ビルを出たところです』と返信をする。しばし待つとまたスマートフォンが震えた。今度はメッセージではなく着信の鳴動だ。
「は、はい」
『よかった。事務部に行ったらいなかったから、もう帰ったかと思ったんだ』
 柔らかい口調はたしかに崎森で、聞いているだけでほっとする。耳もとで聞こえる声はいつもどおり穏やかだ。
『よかったら一緒に夕食を食べない?』
「い、行きます!」
 力みすぎて声が大きくなってしまった。そんな意気込んだ返答に、電話の向こう側が二秒ほど静かになった。
「大きい声出してすみません」
『ううん。違うんだ。松田くんも僕に会いたいと思ってくれたのかなと考えたら嬉しくて』
 事実をそのまま口に出されたら頬がかあっと熱くなった。たしかにそのとおりなのだけれど、言語化されると恥ずかしい。思わずもごもごと口ごもる。
『あと十分くらいで戻れるから、どこかに入って待っていて』
「出先ですか?」
『そう。車で戻っているんだ』
 崎森が車を運転する姿を思い浮かべ、その恰好よさに頬がぽうっとなった。電話の向こうから声をかけられて解凍する。
『夜になって冷えてきたから、外では待たないでね』
「は、はい。向かいのカフェに入ってます」
 ぼんやりとしていた自分が恥ずかしくて、なんとなく周囲を見まわす。皆帰路を急いでいて、誰も松田のことなど気にしていない。
『それじゃ、少し待っていてね』
「はい」
 通話を終え、横断歩道を渡る。寂しかった気持ちがすうっと消え、一気に心が浮き立つ。単純な自分がおかしくて口もとが自然と緩んだ。
「早く会いたいな」
 呟いた言葉に、まるで恋人みたいだと苦笑して小さく頭を振る。みたいではなく、恋人だ。
 崎森に会えるのが嬉しい。そばにいたいと願望が湧き起こる。気がつくと彼のことを考えているのはなんだろう。


「最近の松田はずっと誰かを見てますねえ」
「え?」
 今日は向かいの席に座った奥原が、にやにやと顔を覗き込んでくる。
「誰か……」
 自分でも意識していなかったけれど、たしかに誰か――崎森を目で追いかけていた。今もそうだ。社員食堂に入ってきた姿が見えたので、視線を向けていた。今日はなに食べるんだろう、とか、今日のネクタイの色よく合ってるな、と考えながらずっと見ていたことに今さら気がつく。
「なんでだろう」
 そういえばいつも気がつくと目は崎森を追っている。ひとつひとつの動きや言葉が気になって仕方がない。日に日にその度合いは増していっている。
「それは恋だね」
 恋、にどきりとしたのに、奥原が蕎麦を啜る音で霧散した。夢見心地になっていた空気が壊れた。
「恋って、俺が……崎森さんに?」
「誰にとは言ってないけど?」
「っ……」
 たしかにそのとおりなので、頬がかっと熱くなった。そんな松田を見て、奥原はにやりと口もとを笑みの形にする。
「好きになっちゃったのね」
「……好き」
 口に出したらただでさえ火照っている頬が燃えるようにぐわっと熱を持った。でもその単語が胸にすとんとはまる。今の気持ちをそのまま言葉にしたような感じだ。
「……恋……」
 呟いたら耳まで熱くなった。それでも間違いない。
「俺、崎森さんが好きなんだ……」
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