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運命と運命⑲
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依人の冷たさと光成の優しさに触れ、徐々に心が疲弊していく。
あの日、依人の部屋から聞こえた声はなんだったのだろう。あのときにやはりきちんと話をするべきだった、と考えて、今さら遅いと頭を左右に振る。
依人はどうしたいのだろう。自分はどうしたいのだろう。
徐々に自分の中でいろいろなものがぐらついてきているのがわかる。疲れた心に優しさは甘美で、そうではなくても胸が疼くのに、と悔しくなる。
運命にもてあそばれているみたいだ。人間が作った当たり前なんて簡単に崩れると言われているかのようで腹も立つ。でもその怒りはどこにもぶつけられない。
このままなにもかも曖昧になって揺らいで崩れるのか――そう考えると怖くてたまらない。依人が離れて行くことを想像するだけで震えが起こる。彼が隣からいなくなることなんて考えたこともなかった。年を重ねて、最期のときまで一緒にいるのだと信じて疑わなかった。
スマートフォンでニュースを見ていたら、画面下部に表示された写真館の広告が目に入った。子どもを真ん中にして笑う三人の写真に「家族の笑顔を残そう」とキャッチコピーが書かれている。
「……家族……」
ベータの依人とのあいだには、どんなに頑張っても子どもはできない。アルファの光成とは当たり前にできることが依人とはできない。篤紀は子どもがほしいと考えたことがないけれど、ここでは定められたことが「当たり前」になる。
でも、自分の当たり前は依人だ。
そのはずなのに、依人の顔と光成の顔が交互に脳裏に浮かぶ。いつか聞いた言葉が耳に蘇った。
――ベータの彼にはわからないものがある。それに負い目を感じているのは彼のほうじゃないかと思ってね。
冷たくなった依人。苦しそうに篤紀の名前を呼んでいた依人。
――ベータなんて中途半端な俺じゃなくて、ちゃんと……っ。
悲痛な咆哮が頭の中に響く。
揺らぐ心は答えを探す。見えない答えに、ただ戸惑うばかりだった。
「おいしくない?」
はっとして顔をあげる。ぼんやりしていた。
光成からまた食事に誘われ、会社の近くの和食レストランに来ている。この人と食事をするのは今日で何回目だろう。
「おいしいよ」
「じゃあ、なにか考えごとでもしてた?」
「そんなところ」
最近はずっとこんな感じで仕事にも集中できない。これではいけないと考えれば考えるほどに意識が逸れていく。
「つらいなら、俺に寄りかかればいい」
「え?」
「俺はきみを支えられるよ」
たしかに光成にはそれだけのものがあるのだろう。でも篤紀が望む支えは違う。
光成を拒絶する心と、光成に呼応する心がある。どちらも自分だ。コントロールできない感情が渦巻き、思考を乱していく。
「こうやっておいしい食事をとることも息抜きになる」
「……そうだね」
依人と食べるものがなによりのごちそうだった。それに勝るものはやはりない。
篤紀の心の内を読んだような光成が困ったように微笑む。
「力を抜けば楽になれるのにな」
諦めろ、という意味を持つ言葉に聞こえて小さく頭を振る。
自分が拒めば拒むほどに甘いにおいを強く感じる。まるで「逆らうな」と言われているようで胸がざわつく。
拒むのをやめて光成にすべてを委ねたら楽になれるのかもしれない。でも、それをしたら二度ともとには戻れない。依人以外を選びたくない。
「光成さんこそ、俺を諦めればいいのに」
ぽつりと零すと、光成の眸が陰を宿す。
この人は諦める気がない。捕まったら最後、二度と逃げられないだろう。わかっていながらふたりで食事をとっている自分の愚かさを嘲笑する。
「俺がその気になったら、いつだってきみを無理やり自分のものにすることができる」
「……!」
ダークグレーの眸が鋭く光り、ぞくりとする。
「それをしないのは、きみが幸せを自ら逃すような馬鹿じゃないと信じているからだ」
つまり篤紀が光成を選ぶと信じているということか――暗い気持ちが心に沈む。鉛のような重い言葉に押し潰されそうだ。
「……俺は馬鹿だよ」
依人を捨てるくらいなら馬鹿でいい。
あの日、依人の部屋から聞こえた声はなんだったのだろう。あのときにやはりきちんと話をするべきだった、と考えて、今さら遅いと頭を左右に振る。
依人はどうしたいのだろう。自分はどうしたいのだろう。
徐々に自分の中でいろいろなものがぐらついてきているのがわかる。疲れた心に優しさは甘美で、そうではなくても胸が疼くのに、と悔しくなる。
運命にもてあそばれているみたいだ。人間が作った当たり前なんて簡単に崩れると言われているかのようで腹も立つ。でもその怒りはどこにもぶつけられない。
このままなにもかも曖昧になって揺らいで崩れるのか――そう考えると怖くてたまらない。依人が離れて行くことを想像するだけで震えが起こる。彼が隣からいなくなることなんて考えたこともなかった。年を重ねて、最期のときまで一緒にいるのだと信じて疑わなかった。
スマートフォンでニュースを見ていたら、画面下部に表示された写真館の広告が目に入った。子どもを真ん中にして笑う三人の写真に「家族の笑顔を残そう」とキャッチコピーが書かれている。
「……家族……」
ベータの依人とのあいだには、どんなに頑張っても子どもはできない。アルファの光成とは当たり前にできることが依人とはできない。篤紀は子どもがほしいと考えたことがないけれど、ここでは定められたことが「当たり前」になる。
でも、自分の当たり前は依人だ。
そのはずなのに、依人の顔と光成の顔が交互に脳裏に浮かぶ。いつか聞いた言葉が耳に蘇った。
――ベータの彼にはわからないものがある。それに負い目を感じているのは彼のほうじゃないかと思ってね。
冷たくなった依人。苦しそうに篤紀の名前を呼んでいた依人。
――ベータなんて中途半端な俺じゃなくて、ちゃんと……っ。
悲痛な咆哮が頭の中に響く。
揺らぐ心は答えを探す。見えない答えに、ただ戸惑うばかりだった。
「おいしくない?」
はっとして顔をあげる。ぼんやりしていた。
光成からまた食事に誘われ、会社の近くの和食レストランに来ている。この人と食事をするのは今日で何回目だろう。
「おいしいよ」
「じゃあ、なにか考えごとでもしてた?」
「そんなところ」
最近はずっとこんな感じで仕事にも集中できない。これではいけないと考えれば考えるほどに意識が逸れていく。
「つらいなら、俺に寄りかかればいい」
「え?」
「俺はきみを支えられるよ」
たしかに光成にはそれだけのものがあるのだろう。でも篤紀が望む支えは違う。
光成を拒絶する心と、光成に呼応する心がある。どちらも自分だ。コントロールできない感情が渦巻き、思考を乱していく。
「こうやっておいしい食事をとることも息抜きになる」
「……そうだね」
依人と食べるものがなによりのごちそうだった。それに勝るものはやはりない。
篤紀の心の内を読んだような光成が困ったように微笑む。
「力を抜けば楽になれるのにな」
諦めろ、という意味を持つ言葉に聞こえて小さく頭を振る。
自分が拒めば拒むほどに甘いにおいを強く感じる。まるで「逆らうな」と言われているようで胸がざわつく。
拒むのをやめて光成にすべてを委ねたら楽になれるのかもしれない。でも、それをしたら二度ともとには戻れない。依人以外を選びたくない。
「光成さんこそ、俺を諦めればいいのに」
ぽつりと零すと、光成の眸が陰を宿す。
この人は諦める気がない。捕まったら最後、二度と逃げられないだろう。わかっていながらふたりで食事をとっている自分の愚かさを嘲笑する。
「俺がその気になったら、いつだってきみを無理やり自分のものにすることができる」
「……!」
ダークグレーの眸が鋭く光り、ぞくりとする。
「それをしないのは、きみが幸せを自ら逃すような馬鹿じゃないと信じているからだ」
つまり篤紀が光成を選ぶと信じているということか――暗い気持ちが心に沈む。鉛のような重い言葉に押し潰されそうだ。
「……俺は馬鹿だよ」
依人を捨てるくらいなら馬鹿でいい。
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