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14.お預けは早々に
しおりを挟む翌日の目覚めは遅かった。気が付けば日も高くなっている。
いつもなら日の出と共に目覚め、朝の鍛錬をするのが常だ。
余程昨日の出来事が身体に負担をかけたらしい。
誰も起こしに来ないのを不思議に思ったが、結界を張っていたことを思い出す。
その結界に揺らぎがある。恐らくエルリック様が解こうと試みたのだろう。
身支度を整えてから結界を解き、部屋の外に出ようとしたが扉が開かない。
いや、少しは開いたが何かで押さえつけられたように重い。
疑問に思いながらも力を込めて押し開く。力を抜くと扉を押し戻される感じがする。
強引に押し開いて外に出ようとしたが、その扉に凭れているものに気が付いた。
そうっと、扉を閉める。
エルリック様に違いない。夕べからずっとここに居たのだろうか?
出来ればエルリック様と顔を合わせたくない。
距離を取りたくとも新婚で別居というわけにもいかないか。
せめて相手が唯の貴族であればその手段も取れたが、王子と結婚した翌日に別居は外聞が悪すぎる。
かと言って、同じ屋敷に居れば自ずと顔を合わせる訳で……。
『俺は心底お前に惚れている。だから、お前を他の奴に取られたくなかったんだ』
『俺は、お前を名実ともに伴侶にしたかったんだ!』
彼の口説き文句を思い出してしまい、顔が熱くなった。
強引な結婚には腹が立ったが、あんな風に一途に言われてしまえば、強く拒絶も出来ない。
「はぁぁぁ……」
どうしたものか。
彼を受け入れるということはあの妊娠薬を使う事でもある。
本来妊娠しない筈の男を妊娠させるなんて、どんな仕組みなのか怖い。
普及している薬ならばまだいいが、実際に使用されたのが約四百年まえとなればどこまで信用していいのやら。
陛下は覚悟が出来てからで良いと言ってはくれたが、エルリック様は果たして待ってくれるだろうか。
俺にとっては実感がないが、エルリック様にとっては新婚生活だ。
性交渉自体は別に嫌ではない。今更だ。だが、いつまでも妊娠薬を飲まずに、というわけにもいかないだろう。
妊娠できることを前提に結婚を急いだ陛下とエルリック様はそれを期待している。
クゥゥ……。
あ、お腹が鳴ってしまった。
昨日は朝食を食べたっきりだ。それどころではなかったし、披露宴の最中も飲み物に口をつけた程度だ。
これからどうするか考えようにも、空腹感が邪魔をする。
仕方ない。取りあえず腹ごしらえするか。
もう一度部屋の扉をそうっと開く。
エルリック様がまだ寝ていることを確認すると、俺は素早く部屋を出て階下に下りた。
「おはようございます。奥様」
執事のジルバさんが声をかけてきた。
「おはよう。ジルバさん、奥様は止めてくれ」
その呼称に俺は苦笑するしかない。
「いえ、旦那様の伴侶となられた以上、奥様ですから」
生真面目にジルバさんは言い張る。
否定したいが、既に結婚した身ではそれも不自然だ。
まさかエルリック様を奥様扱いは出来まい。
受け身なのは俺の方だし、彼を俺が抱くなんて無理だ。考えたこともない。
「少し寝過ごしてしまったが、食事は出来るだろうか?」
「ええ、今からですと軽いほうがよろしいですね」
「ああ、それで頼む」
空腹ではあるが、今がっつりと食べてしまえば昼食が食べられなくなる。それは勿体ない。ここで出てくる料理はどれもみんな美味しい。いい料理人を雇っているのだろう。
食堂でサンドイッチをいただいた後、テラスで庭園を眺めながら香り高い紅茶を楽しんだ。春の彩り豊かな花々が、昨日の怒涛の一日の疲れを洗い流してくれるようで心が落ち着く。
その静謐さを破るように、屋敷内からドタバタと賑やかな音が聞こえてきた。
その音は徐々に近づいてくる。
「ルクレオン!」
ああ煩い。折角の落ち着いた空間をぶち壊すんじゃない。
「ルクレオン! ああ、見つけた。酷いだろ、結界まで張って俺を締め出すなんて! せっかくの初夜だったのに!」
「煩い」
俺は抱き着こうとする彼の顔面に拳を入れた。
「昨日散々振り回しておいて、何言ってるんですか。当分初夜はお預けです」
今更初夜も何もないだろうが、新婚なのだから初夜でいいのだろう。
「……え?
ええぇぇ~!! ルクレオン、それはない」
「勝手に結婚を進めた罰です。それに、あの薬を使う覚悟も未だ出来てませんし……」
俺の言葉にエルリック様がハッとした顔で固まった。
「う……昨日は本当に悪かった。
あの薬のことも……そうだな、怖くないはずなかったんだよな。
済まなかった。お前と結婚できたことで浮かれ過ぎていた。
……お前の覚悟が出来るまで待つ。だから、口づけぐらいは許してくれ」
まるで飼い犬が叱られたかのような垂れた耳と尻尾の幻影が見えるほどシュンと項垂れた彼を見ると、これ以上責めることも出来なかった。
「仕方ないですね」
俺はエルリック様の口づけを受け入れた。
という遣り取りがあったのが三日前のこと、今の俺はその約束を取り付けた相手に組み伏せられていた。
「んんっ、ちょ……待てっ」
「んっ……もう、待てないっ。お前も男なら解るだろう? 好きな相手と一つ屋根の下に暮らしてるんだぞ。それも愛しの伴侶だ。抱きたいと思って当たり前だろう?」
いや、それは解る。解るんだが……。
「なんでこの薬がここにあるんだ!」
焦った俺は敬語が抜けている。
俺が使う覚悟が出来るまでは……と仕舞い込んでいた薬をエルリック様が用意していたからだ。
ベッドのサイドテーブルには例の薬が二本置いてあった。
「これは俺がバクローリッドに頼んで貰ってきたものだ。
お前が不安がるのは当たり前だ。お前だけにリスクは負わせない。俺もこの薬を飲むから、お前も飲んでくれないか?」
「……え?」
一体何を言ってるんだ?
妊娠薬をエルリック様も飲む?
「何を言ってるんですか! あなたが飲んでも妊娠するわけじゃないでしょう?」
エルリック様も王族だから魔力量は多い。
だがそれは一般の者と対比してのことであって、俺ほどではない。
エルリック様は抱く側であって、決して抱かれる側ではない。
「それはそうだが、こうでもしないとお前はなかなか俺の子を孕んでくれないだろう?」
その言葉に俺は絶句するしかない。
「俺はお前に俺の子を産んでほしい。一日でも早く愛の証が欲しいんだ」
俺はどうすれば良い?
まだ覚悟など出来ない。出来るわけがない。
だが、エルリック様も飲む?
そんなことをさせるわけにいかない。
激しく動転していた俺は、エルリック様がそれを飲むのを止められなかった。
「あ………」
飲んだ。飲んでしまった。
俺は呆然とエルリック様を眺めることしか出来なかった。
「苦いかと思ったが、意外と甘いな」
唇を舐めながら、彼は呑気な声を出す。
「か……身体は、身体のほうは大丈夫ですか!?」
肝を冷やした俺は上ずった声しか出なかった。
「うーん。少しお腹がぽかぽかするぐらいか……。毎日飲む必要があると言っていたから、一度飲んだぐらいじゃ目立つような効果は出ないだろう」
少しほっとした。
まだ油断はできないが、取りあえずは何ともなさそうだ。
まあ、健康上の問題があるようなら、昔の王は何人も子供を産めていないか。
じっと様子を伺っていると、彼の方も俺を伺うような期待するような目で見ていた。
う………。
俺にも飲めって言うんですね。
そんなに子供が欲しいですか。
これを飲んだからって妊娠する保証もないのに?
どうして飲んでしまうんですか。
ああ、もう。ここまでされたら飲まない訳にいかないじゃないですか。
言いたいことは山ほどあったが、どれも声にならない。
俺は観念してもう一本の薬を手に取った。
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