恋を知らない麗人は

かえねこ

文字の大きさ
15 / 21

15.お預けは失敗だった?

しおりを挟む

 キスなどの微エロ程度です。初夜は事後語りで。
======================================


 震える手で瓶を持ち、蓋を恐る恐るとろうとして、エルリック様を見た。

 期待する目に輝き、じわじわとにじり寄ってくる姿に危機感を覚えた。
 そこで、と気付く。

 なぜ俺が今飲まなければならないんだ?

「ルクレオン?」
 俺の手が止まったことに気付いたエルリック様が「どうした?」というように声をかけてくる。

「俺の覚悟が出来るまで待つと言ってくれたのは、嘘だったんですか?」
 俺は手にした薬をサイドテーブルに戻しべながら、問いかけてくる彼をじっと睨みつけた。

「え……? ……あ、え……」
 思うように俺を誘導できなかったからか、見るからに彼は狼狽えだした。

「いや、その……。
 俺も飲んだら……安心できるかなぁっと……」
 恐る恐る俺の顔を窺い、言い訳してくる。

「貴方が飲んでも妊娠しないのでしょう? それで俺が安心出来るとでも?」
 毒ではないのだ。死ぬことはないかもしれない。
 だが、やはり男が妊娠するという事態に未知の恐怖を感じる。
 過去の王はどうやってその恐怖に打ち勝ったのかと思う。
 ただ、そうまでしても魔力量の多い子孫が欲しかったのだろうか。

「もう少しで流されるとこでした……」

 いずれはこの薬を飲むとしても、今でなくてはならない理由にならない。
 そもそも待つと言ってくれた筈のこの男がフライングで飲んだのが悪い。
 焦って俺も飲まないといけない雰囲気に流されそうになった。

「う……。
 せっかく結婚したのにずっとお預けなんて……」

 ずっと…って、結婚してからまだ三日目だ。
 そもそも俺がこの屋敷に連れてこられた日にちゃっかり抱いたくせに何を言ってるのか。

「貴方が勝手に結婚を推し進めたのが悪いんでしょうが!」
 まったく、少しも反省してないじゃないか。

「あと五日間、お触りも禁止です!!」
「ええぇぇ!? これから五日間? もう三日もお預けなのに?」
「破ったら、出ていきますよ」

「一週間、休みをとってたんだが……」
 エルリック様は俺の台詞に悄然としながらも悪あがきを試みてくる。

 成程、新婚生活の為に一週間の休みをとっていたということか。だが、俺の知ったことではない。

「知りません。指一本触れたら出ていきます」
 最後通牒を突き付けてやると、エルリック様はがっくりと項垂れた。

 ふんっ! 今まで振り回されたんだ。このぐらいは許される筈だ。


 ……まさかこのことが後々後悔を産むとは思わなかった。





 それから本当に指一本触れさせないでいたら、エルリック様の顔つきがだんだんと悪くなっていった。
 毎日食事の席で顔を合わせる度に俺をジト目で見てくるのだが、目つきの座りようが酷くなっている。
 合計八日間のお預けはエルリック様には厳しかったか。
 そういえば、コーデリア様のせいで娼館通い出来なかった時も段々目つきが悪くなって、部下に八つ当たりしてたっけ。
 このままだとエルリック様が休み明けに部下たちに厳しく当たるのは確定だ。
 私情を職場に持ち込まれても困る。
 今の俺には関係ないとはいえ、元部下たちを苦しめたいわけではない。


 エルリック様の最後の休みの日、俺は覚悟を決めて妊娠薬を持って彼の部屋へ向かった。
 俺から歩み寄るのも癪だが、ここで一旦気を静めさせとかないと後が大変だ。

 深呼吸してから彼の部屋の扉をノックする。

 扉を開けたエルリック様は俺の顔を見て驚いた表情を見せた。
「ルクレオン?」

「入っていいですか?」

「あ、ああ……」
 指一本触れるなと言っていた俺が彼の部屋に来たことを不思議に思ったのだろう。
 呆然としながら俺を部屋へ招き入れた。

 俺はすたすたと彼の寝台まで近づいて、そこに座った。

 彼はまだ戸惑っている。
 俺に近づいていいものか、推し量っているのだろう。手が中途半端な位置で止まったままだ。

 俺はそんな彼にクスリと笑うと、声をかけた。
「もういいですよ。エルリック様」

「…え?」

 まだ戸惑う彼に寝台をぽんぽんと叩いて促す。

「……いいのか? まだ五日経ってないぞ」
「もういいんです。日に日にあなたの顔が怖くなっていくのを見ていると、明日からの騎士団員達の境遇を思えば不憫にな……んぅっ」

 俺の言葉に徐々に表情を明るくしていったエルリック様は、俺の言葉が終わるのを待たずに口づけてきた。

 クチュ、クチュリ

 濡れた音だけがしばらく続く。

 気が付けば俺は寝台に押し倒されていた。

 唇を解放したエルリック様が至近距離で俺の目を覗き込み、真摯に問いかける。
「本当に……いいんだな?」
「ええ」
 肯定した途端、エルリック様の雰囲気が獰猛なものに変化する。

 俺は気圧されて身動きが取れなくなった。
 一瞬、許可したことを後悔したが一日早まっただけだと自分に言い聞かせた。


 そこから先は言わずもがなだろう。
 初夜を我慢させた抑圧が一気に爆発したらしい。
 俺は猫に甚振られる鼠のように翻弄されるしかなかった。
 途中で何度気を失ったか判らない。とにかく俺は声も出ない程抱き潰された。


 エルリック様が仕事に出かけた後、何度か執事のジルバさんが様子を見に来たらしいが、俺は前後不覚に眠っていたようだ。
 仕事から帰ってきたエルリック様が俺に触れるまで目が覚めなかったのだ。
 その日は腕一本持ち上げられず、声も出ないまま寝台から離れることが出来なかった。

 そんな俺をエルリック様は嬉しそうに甲斐甲斐しく世話をしてきた。
 飲み物は口移しだし、食欲がない為食事も首を振って断ると、具のないスープを口移しで飲まされた。
 風呂も全て彼が世話をしてくれたが、ものすごい羞恥に居たたまれなかった。
 拒否したくても声は出ず、身体も動かせない為にどうしようもなかった。

 エルリック様の絶倫ぶりを甘く見ていた。
 次の日は一応俺の身体を案じて抱き枕にして寝ていたから、一応落ち着いたと思ったのだが……。
 まさか五日間も寝台の上で過ごすことになるとは思わなかった。

 七日も禁欲させたのが悪かったのか……?
 いやしかし、あのままなし崩しで初夜を迎える気には到底なれなかった。
 どちらに転んでも俺には踏んだり蹴ったりでしかない。

 この五日間のエルリック様の執着振りを見ていれば、最初から受け入れていたとしても寝台から出して貰えなかったことは容易に想像がつく。
 これがエルリック様の休暇中であれば、昼間も寝かせて貰えなかったのだろうか……。

 想像したくないことを思ってしまい、俺はぶるりと肩を震わせた。



 例の妊娠薬を飲んで五日経ったので、宮廷魔術師長官のバクローリッド様に診て貰わなければならない。
 エルリック様に連れられて王宮へと向かったのは夕方だった。
 昼まで起きられず、立って歩けるようになるまで時間がかかったのだ。
 昨夜も何度も手加減してくれと言ったが無駄だった。
 エルリック様に支えて貰いながら歩みを進めるが、原因となった男を恨めし気に睨む。
 俺の視線に気づいた彼は上機嫌で俺の腰を支える手に力を込めてきた。

 嫌みを言いたくてもその気力もなく、俺は深いため息を一つ吐いた。



「お体に異常はありませんか?」
 バクローリッド様は俺の身体に掌を向けながら問いかけてきた。
 魔力で俺の全身を診ているのだろう。

「ええ、怠い以外は特には」
 そう言いながら、元凶を睨む。

 妊娠薬を飲む前はあれだけ怖いと思っていたのが、エルリック様の絶倫ぶりのおかげかどうかわからないが、飲んだ後の恐怖が無くなってしまっていた。
 実のところ、俺が飲んだというよりエルリック様が口移しで飲ませてきたため、それが水か妊娠薬か意識しないまま飲まされていたというのが真相だ。
 その状態で気づけば五日過ぎていたのだ。

「妊娠薬による異常は特になさそうですね。ではこのまま様子を見るとしましようか」
 バクローリッド様は次の妊娠薬を俺に渡してきた。

 今度は五本ではなく七本ある。

「前より本数は多いですが、異常がなくてもその七本使ったらまた来てくださいね。もちろん異常があればその都度来るようにして下さい。
 エルリック様もルクレオン殿に無理をさせないで下さいね」

「……わかっている」
 俺がエルリック様の支えなしに歩けないことを悟ったバクローリッド様の言葉に、バツが悪そうにエルリック様は答えた。

 本当に分かっているのかと問い詰めたいが、バクローリッド様の前だ。
 俺は言葉を飲み込んだ。



======================================
 最終的にはがっつりR18にするつもりですが、今のところはさらりと流します。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

神父様に捧げるセレナーデ

石月煤子
BL
「ところで、そろそろ厳重に閉じられたその足を開いてくれるか」 「足を開くのですか?」 「股開かないと始められないだろうが」 「そ、そうですね、その通りです」 「魔物狩りの報酬はお前自身、そうだろう?」 「…………」 ■俺様最強旅人×健気美人♂神父■

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...