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19.魔物と呼ばれて
しおりを挟むハァッ、ハァッ
小さな光の魔法で足元を照らし、薄暗い地下の通路を一人辿りゆく。
シンと静まった地下に荒い息遣いと自分の鼓動だけが大きく鳴り響く。
ここはエルリック様の屋敷の地下から王宮の地下へと通じる地下通路だ。
俺はふと立ち止まり、後ろを振り返った。
自分の魔法で出した灯りのみで、自分の周囲以外は真っ暗だ。
エルリック様が後から来てくれないかと微かに期待して、耳を澄ます。
だが地下の通路はシンと静まるのみで、自分の息遣い以外人の気配一つない。
『おのれ、魔物!』
女騎士の叫びと驚愕の面差しで自分を見つめる人たちの目――。
ズクリと痛む胸を抑えると、俺は深いため息を一つ吐いた。
まさか女騎士に魔法具の腕輪を外されるとは思わなかった。
何時もしていた筈の腕輪があった場所を握りしめ、油断していた己に歯噛みする。
魔物に誑かされた王子――。
そんなエルリック様を貶める醜聞が広まりはしないだろうか。
◇ ◆ ◇
隣というより自分を包む気配が緊張したことを察知して目が覚めた。
「どうしました?」
「ああ、悪い。起こしたか?」
騎士団に所属している俺達は気配に敏感だ。
異常を感じれば直ぐに目が覚める。
俺を抱きこんでいたエルリック様がそっと起き上がり、部屋の扉の方を睨みつけているのが窓から差し込む月明かりで判った。
つられて俺も起き上がろうとしたが、力が入らない。
「ああ、無理するな。お前は寝ておけ。じゃないと明日に響くぞ」
「ですが」
「どこぞの阿婆擦れが夜這いに来たらしい。結界が揺らいでる。……が、諦めたらしいな」
「…っ!」
エルリック様の言葉に俺も結界を探り、確かに揺らぎが発生していることに気付いた。
この結界はエルリック様自身が張られたもので、そう簡単に破ることなど出来はしないし揺らぎもしない。
何故自分の部屋の寝室にわざわざ結界を張っているかというと、夜の営みを邪魔されるのが嫌だからだそうだ。
それと、最中の俺の声を誰にも聞かせたくないらしい。
それを聞いた時は呆れたものだが、まあ俺も自分の嬌声など聞かれたくはないので別に構わない。
俺とエルリック様は自由に出入りできる結界だから問題はない。
エルリック様がかけた結界を揺らすなど、余程の魔力がないと出来ない。
今この家でそれが出来るとすれば、俺達を除けばあのミルカ姫ぐらいだろう。
そしてエルリック様の寝室の結界を破ろうとする理由など唯一つ……。
「一国の王女が随分とはしたない真似をするもんだな」
いくらエルリック様が邪険にしたからといって、男の寝室に忍び込もうなど、王家の姫君にあるまじき行為だ。
「あの女、余程俺の妃になりたいらしいな。……いい加減、追い出すか」
とうとう実力行使に出た王女に嫌気が差したらしい――今更だが――。
俺はエルリック様を呆れた目で見てしまった。
毎日退去を迫っていたにもかかわらず、言い負かされていたのはエルリック様のほうだ。
「う……大丈夫だ。今日こそは絶対に屋敷から出ていって貰う」
俺の呆れた目に気付いた彼は軽く動揺したが、断言した。
「お前にも心労をかけているしな」
俺の頬に手を当ててきた彼に、俺は目を逸らす。
夕べは自分でも、らしくない言動をした自覚がある。
「朝までまだ時間がある。寝ておけ」
エルリック様は結界を強化すると、再び俺の横に潜り込み俺を抱きこんできた。
実際疲れていた俺は、直ぐに眠りについた。
そして朝――。
朝食の席でエルリック様は切り出した。
「ミルカ姫。最初から伝えていた通り、私は貴方を娶る気はない
既にあなたの付き添いの人たちも疲れが癒えた頃だろう。この国に滞在する気であれば王宮に向かって頂きたい。
ここは私の私邸。これ以上貴方がたを留め置くつもりはない」
「何故ですの?
わたくしを娶ればルクレオン様も肩身の狭い思いなどされないでしょうに」
ミルカ姫が来られてから、毎朝同じようなやり取りが繰り返されている。
「俺はルクレオンにそのような思いをさせる気はない」
「貴方がそう思っていても、周りはそう思わないことよ。
男が子供を産むことは不可能。いずれは女性を娶らなければ国民が納得しませんわ」
「いずれその話が持ち上がろうと、俺はルクレオンしか伴侶はいらん。
仮にいつか女を娶らなければならないとして、貴方である必要もない。……お引き取り願おう」
いつもはミルカ姫の理屈にやり込められていたエルリック様も、今日は絶対引かない覚悟で言い切った。
「ルクレオン様。貴方はそれでよろしいのですの?
エルリック様がこの先、王族の義務を果たせず恥をかくことになっても」
エルリック様がいつものように狼狽える気配がないのを見て取ったのか、ミルカ姫は俺に矛先を向けてきた。
「それは国王陛下とエルリック様が決めること。私が口を挟むことではありません」
そもそも俺達の結婚ですら俺の意思など関わりなかったのだ。
ここで俺が言うべき言葉などない。
「ミルカ姫。いい加減にして頂きたい。
そもそも新婚家庭に乗り込むなど非常識な行為をしてきたのは貴方の方だ。
ましてや私の寝室に忍び込もうとするなど、少々おいたが過ぎよう。即刻出ていって貰おう!」
エルリック様は俺の肩を抱き込むと、ミルカ姫に退去を迫った。
「……な、何故ですの?」
夜這いが気付かれていたことに一瞬動揺したものの、ミルカ姫は唇を震わせながら言葉を絞り出した。
「何故……、いくら綺麗でも、そんな子供も産めない男の方がいいんですの?」
いつものミルカ姫の自信満々な余裕がなくなった。
「子供を産めようが産めまいが、俺はルクレオンだけを愛している!」
エルリック様の言葉にシンと場が静まった。
う……。人前でそう言いきられるのはちょっと恥ずかしい。
「おかしいですわ。いくらなんでも王族をこうも虜にするなんて……」
ミルカ姫は何かぶつぶつと呟きだした。
「貴方、一体何者ですの?」
いきなり扇子をビシッと俺に向けて問い質してきた。
いや、何者と言われても……。
元王立騎士団の副団長で、今はエルリック様の伴侶だということは解りきったことだ。そんなことが訊きたいわけじゃないだろう。
「何故、誰もおかしいと思わないんですの? 男にそこまで執着するなんて、あり得ないわ。
……セリエ!」
姫の問いに何と答えた物かと気を取られていた俺は、いつの間にか近づいていた女騎士に気付くのが遅れた。
女騎士は俺の腕を掴むと、すかさず腕輪を抜き取った。
「!?」
「ヒッ! 銀色の……魔物?」
ミルカ姫付きの侍女が腰を抜かしてへたり込んだ。
「やっぱり! ……ほら、ごらんなさい。
おかしいと思ったわ。王族が執着するような男なんて、人であるはずがないわ!
魔物がエルリック様を惑わしていたのね。……セリエ!」
「おのれ、魔物!」
ミルカ姫の言葉に反応して、女騎士が俺に剣を突き付けてきた。
俺は何が起こったのか理解するのが遅れ、呆然と立ち竦んでしまった。
「貴様、我が伴侶に……この国の王族に剣を向けたな」
いつの間にか俺の前に立ったエルリック様が女騎士の剣先を握りしめていた。
「あ……殿下!
御放し下さい。貴方を惑わしていた魔物が直ぐ後ろに!」
女騎士は狼狽えてエルリック様に叫ぶ。
「貴様、まだ言うか! ルクレオンは魔物などではない!
ジルバ、騎士団を呼べ。王族殺害未遂の現行犯だ」
「はっ」
エルリック様の指示を受けてジルバさんが外へ向かった。
「エ、エルリック様、手が……」
剣先を握りしめたままのエルリック様の掌から、血が滴っている。
俺は直ぐにエルリック様の手を治療しようと手を差し伸べた。
「私のことはいい。それより……おい、お前。その腕輪を返せ」
エルリック様は女騎士の剣を握りしめたまま、彼女がもう片方の手に握りしめている腕輪に手を延ばす。
「い、嫌でございます! その男は……この魔法具で姿を偽り、殿下を騙していたのですよ! 姫様!」
エルリック様に怪我を負わせた動揺は隠せないが、それでも女騎士は腕輪を彼に渡さず、ミルカ姫の方へと放り投げた。
ミルカ姫はすかさずそれを受け取ると、渡すまいと腕に抱え込んだ。
「チッ……。お前は一旦地下に避難しろ。
父上にも伝言しておくから、父上か俺が迎えに行くまでは地下にいてくれ」
「しかし……」
手を怪我したままのエルリック様を放っておけず、俺はその場を動けずにいた。
「早くしろ! 騎士団の連中はまだいいが、衛兵が来たら混乱する」
エルリック様の叱咤に俺は踵を返し、地下室への扉へ向かった。
彼の言葉も最もだった。騎士団の連中は俺の素顔が銀髪金眼だということを知っているものもいるが、衛兵はこのことを知らない。
この部屋にいないミルカ姫の使用人が既に外に出ていた場合、衛兵が来る可能性もあった。
「待てっ! 魔物が」
「っ、まだ言うか! これ以上ルクレオンを侮辱することは俺が許さん」
どさりという鈍い音を背後に聞きながら、俺は地下へと向かった。
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あぁぁぁっ!
予約投稿したつもりで忘れてたっ!!
おバカですm(__)m
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