離婚と追放された悪役令嬢ですが、前世の農業知識で辺境の村を大改革!気づいた元夫が後悔の涙を流しても、隣国の王子様と幸せになります

黒崎隼人

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第6話「愛の芽生え」

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 アレクサンダー王子との貿易協定は、グレンドール村に革命的な変化をもたらした。ベルガリア王国という巨大な市場を得たことで、私たちの農産物と加工品は、面白いように売れていった。村の財政は潤い、人々はもはや貧しさという言葉を忘れてしまうほど、豊かな生活を送るようになっていた。

 そして、アレクサンダー王子は、その言葉通り、頻繁にグレンドール村を訪れるようになった。
 最初のうちは「貿易状況の視察」という名目だった。彼は村の発展ぶりを自分の目で確かめ、エルヴィンや村人たちとも気さくに言葉を交わし、その度に私の新しい試みに的確な助言をくれた。

 しかし、彼の訪問の目的が、徐々に別のものへと変わっていくのを、私自身も、そして周りの人々も感じ取っていた。

 彼が、私が新しい品種のトマトを育てていると聞けば、「ぜひ見せてほしい」と言って畑にやってきた。二人きりで、まだ青い実を眺めながら、その栽培方法や将来的な商品価値について時間を忘れて語り合った。
 私が村の子供たちのために、小さな学校を作ろうと計画していると話せば、「それは素晴らしい考えだ」と心から賛同し、ベルガリア王国で使われている教育カリキュラムや、優れた教師を紹介してくれると約束してくれた。

 彼の訪問は、もはや公務ではなく、私的なものになっていた。私たちはそれを「農業視察を兼ねたデート」と、心の中で呼ぶようになっていた。

 ある晴れた日、私たちは馬に乗って、領地を見下ろす丘の上までやってきた。眼下には、黄金色に輝く小麦畑が、風に吹かれて波のように揺れている。かつての荒れ果てた風景が嘘のような、豊かな光景だ。

「見事なものだな」

 アレクサンダー王子が、心からの感嘆を込めてつぶやいた。

「君が初めてここに来た時、この景色を想像できていたのか?」

「はい。想像だけは、していました。でも、ここまで来られたのは、アレクサンダー殿下、あなたのお力添えがあったからです」

「いいや」と、彼は静かに首を振った。「私は、君が作った道に、少しだけ光を当てたにすぎない。この道を切り拓いたのは、紛れもなく君自身の力だ」

 彼は馬から降りると、私の手を取ってそっと地面に下ろしてくれた。そして、私の目をまっすぐに見つめて言った。

「リセラ。私は君に会うたびに驚かされ、そして惹かれていく。君の強さ、賢さ、そして何より、その優しさに。君が土に触れる時の真剣な眼差しも、村の子供たちに向ける柔らかな微笑みも、全てが私の心を捉えて離さない」

 彼の真摯な言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。顔が熱くなるのを感じる。

「私は、君という人をもっと知りたい。そして、これからもずっと、君の隣でその活躍を見ていたい。いや……共に、未来を作っていきたいと思っている」

 それは、紛れもない告白だった。知的で冷静な彼が、これほどストレートに想いを伝えてくれるとは、思ってもみなかった。
 嬉しい。心の底から、そう思った。私もまた、彼と共に過ごす時間に安らぎを覚え、その誠実な人柄に強く惹かれていたからだ。ルドルフとの結婚が政略と義務だけで成り立っていたのとは、全く違う。心が、自然と彼を求めている。

 しかし、その感情に素直になることを、何かが躊躇させた。

「……アレクサンダー殿下。お言葉、身に余る光栄です。ですが、私は……」

「身分が気になるのか?」

 私の心を読んだように、彼が尋ねた。

「私は、一度嫁いだ身。しかも、王太子妃の座を追われた、ただの平民です。殿下は一国の王子。私のような女が、あなたの隣に立つことなど……」

 そうだ、それが現実だ。私は離婚歴のある平民。彼との間には、あまりにも大きな身分の差がある。私の存在が、彼の輝かしい未来に影を落としてしまうかもしれない。そう思うと、怖かった。

「身分など、私にとっては些細な問題だ」

 アレクサンダー王子は、私の不安を打ち消すように、きっぱりと言い放った。

「私が求めているのは、家柄や血筋ではない。リセラ、君という一人の女性だ。君がこれまで成し遂げてきたことは、どんな高貴な血筋にも勝る、何よりの価値だと私は信じている」

 彼はそっと私の肩に手を置き、強い眼差しで訴えかけてきた。

「どうか、私の気持ちを受け入れてはくれないだろうか」

 彼の言葉は、私の心の壁を溶かすように、優しく染み渡っていく。涙が、溢れそうになった。こんなにも、私のことを真っ直ぐに見てくれる人がいるなんて。
 だけど、すぐにはうなずけなかった。あまりにも大きな決断だ。彼のためにも、私自身の心に整理をつける時間が必要だった。

「……少しだけ、お時間をください。私自身の気持ちと、きちんと向き合いたいのです」

 それが、私にできる精一杯の返事だった。アレクサンダー王子は、私の気持ちを察してくれたのだろう。少しだけ寂しそうな笑みを浮かべたが、無理強いはせず、静かにうなずいてくれた。

「わかった。君の返事を、いつまでも待っている」

 その日、村に帰るまでの道のり、私たちは言葉少なだった。だが、その沈黙は決して気まずいものではなく、お互いの存在を確かめ合うような、穏やかな空気に満ちていた。
 私は、自分の過去と、そして未来と、真剣に向き合う決意を固めた。彼という太陽のような人の隣に立つ資格が、果たして自分にあるのだろうか、と。
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