「洗い場のシミ落とし」と追放された元宮廷魔術師。辺境で洗濯屋を開いたら、聖なる浄化の力に目覚め、呪いも穢れも洗い流して成り上がる

黒崎隼人

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第4話「ひまわり油の秘密」

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 ヒマリの衣服を洗い続ける日々が始まった。
 ブクという心強い相棒を得たアルクの聖濯術は、日に日にその精度を増していく。
 ヒマリは毎日のように洗濯物を受け取りに来ては、少しずつ薄れていく腕の痣を、嬉しそうにアルクに見せた。そのたびに彼女の笑顔は明るさを増し、アルクの心にも温かい光が差し込むようだった。

 だが、アルクは満足していなかった。痣は確かに薄くなっているが、完全には消えない。
 呪いの根は、想像以上に深く、頑固だった。もっと強力な浄化の力が必要だ。

『どうすれば、聖濯術の効果を高められる?』

 彼は作業場で、一人思案に暮れていた。ブクは心配そうに彼の足元で小さな泡を立てている。
 聖濯術の源は、アルク自身の浄化の魔力と、ブクがもたらす清らかな水の力。この二つを、さらに増幅させる何かが必要だった。

 彼は様々なものを試した。薬草を煮出した汁、清めの効果があるという岩塩、夜明けの朝露。
 どれも多少の効果はあったが、飛躍的な向上には至らない。まるで、何かが決定的に足りていないという感覚があった。

『もっと、こう……呪いの陰の気とは正反対の、強い陽の気を持つもの……』

 そこまで考えた時、ふと、窓の外に広がる黄金色の景色が目に飛び込んできた。
 見渡す限りの、ひまわり畑。太陽に向かって、力強く咲き誇る、陽光の化身のような花々。

『ひまわり……?』

 このソレイユの丘は、その名の通り、ひまわりの栽培で有名な村だ。村人たちは収穫したひまわりの種から、上質な油を搾って生計を立てている。
 その油は、食用はもちろん、灯りや化粧品にも使われる、村の暮らしに欠かせないものだった。

 まさか、とは思った。だが、試してみる価値はある。
 アルクは村の雑貨屋で、一瓶のひまわり油を買い求めると、急いで作業場に戻った。

 洗い桶に清水を張り、ブクがその中で準備運動のように泡を立てる。
 アルクは買ってきたひまわり油の瓶の蓋を開けた。途端に、夏の日差しを凝縮したような、青々しくも香ばしい、力強い香りがふわりと立ち上る。

 彼は祈るような気持ちで、その黄金色の液体を、数滴だけ洗い桶に垂らした。

 その瞬間、信じられない変化が起きた。

 ひまわり油が水面に触れた途端、ぱあっと閃光がほとばしった。
 洗い桶の水が、まるで溶かした太陽のように、眩い黄金色の輝きを放ち始めたのだ。
 ブクが生み出す泡の一つ一つがきらきらと光の粒子をまとい、アルクの掌から溢れる聖なる光と混じり合って、これまでとは比較にならないほど強力な浄化のオーラを立ち上らせる。

「ブクゥ!?」

 ブクも驚きの声を上げている。作業場全体が、温かく、生命力に満ちた陽の気で満たされていく。
 これだ。これこそが、探し求めていた最後のピースだった。

 ひまわりの持つ、凝縮された太陽のエネルギー。その圧倒的な陽の気が、呪いのような淀んだ陰の気を中和し、浄化の力を飛躍的に高めるのだ。
 この村の特産品に、こんな秘密が隠されていたとは。

『これなら、ヒマリの呪いを完全に洗い流せるかもしれない』

 確信が、彼の胸を熱くした。だが、ただ油を混ぜるだけでは、洗濯物もべたついてしまう。
 彼はそこから、新たな試行錯誤を始めた。宮廷魔術師だった頃に培った錬金術の知識を総動員し、ひまわり油をもとにした、固形の洗浄剤の開発に取り掛かった。

 灰汁とひまわり油を混ぜ、そこに浄化作用のある数種類のハーブを細かく刻んで練り込む。配合を何度も変え、加熱の時間を調整し、失敗を繰り返した。
 そのたびに、ブクが泡を飛ばして励ましてくれる。ヒマリの笑顔を思い浮かべながら、彼は何日も釜をかき混ぜ続けた。

 そしてついに、一つの完成品が出来上がった。
 それは、ひまわりの花びらを思わせる、淡い黄色の石鹸だった。手に取ると、ひまわりの香りとハーブの爽やかな香りが、優しく鼻をくすぐる。
 ただの石鹸ではない。聖濯術の効果を最大限に引き出すために作られた、浄化の力の結晶体だ。

 アルクはその特製石鹸を手に、ヒマリのブラウスが浸された洗い桶に向き直った。
 石鹸を水に溶かすと、柔らかくきめ細やかな泡が豊かに立った。その泡は、黄金色の光を帯びて、優しく、しかし力強く、呪いの気配を洗い流していく。

 洗い上がったブラウスは、もはやただ白いだけではなかった。
 まるで太陽の光をそのまま紡いで作ったかのように、温かく、明るい気をまとっている。これを着れば、きっと。

 翌日、洗濯物を受け取りに来たヒマリに、アルクは何も言わずに洗い上がったブラウスを手渡した。
 彼女はそれを受け取った瞬間、はっと息を呑んだ。

「あたたかい……」

 それは、物理的な温度ではない。服そのものが、まるで小さな太陽のように、生命力に満ちた温もりを放っていた。

「これを着てみろ。それと、この石鹸も持っていけ。家の洗濯にも使えばいい」

 アルクは、試作品の石鹸をいくつか紙に包んで差し出した。
 ヒマリは驚きと喜びで目を丸くしながら、それらを宝物のように受け取った。

「アルクさん……! ありがとうございます!」

 満面の笑み。これまでで一番輝いて見える、ひまわりのような笑顔だった。
 その笑顔を見て、アルクは自分のしてきたことが間違いではなかったと、心から思うことができた。
 彼の孤独な洗濯屋に、ひまわりの香りと、少女の笑顔が満ちていた。
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