悪役令嬢は辺境で農業革命を起こす~追放された私が知識チートで会社を作り、気づけば国ごと豊かにしちゃいました~

黒崎隼人

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番外編1:トーマスの過去

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 リリアーナが辺境の村で目覚ましい成功を収めるずっと前、トーマスは、希望に燃える若き農業技術研究者だった。王都の国立研究所に籍を置き、彼は来る日も来る日も、国の食糧増産のための新しい農法の研究に没頭していた。

 彼の理論は、当時としては革新的すぎた。土壌の成分を科学的に分析し、作物ごとに最適な肥料の配合を割り出す。伝統や勘に頼るのではなく、データに基づいた農業。それは、この世界の農業を飛躍的に発展させる可能性を秘めていた。

 彼は、研究成果をまとめ、王宮の会議で発表した。しかし、彼の情熱は、分厚い壁に阻まれる。既得権益を持つ大農園主や、保守的な貴族たちは、トーマスの新しい農法を「小賢しい理屈」「伝統への冒涜」と一蹴したのだ。特に、王家の農業顧問を務める老齢のマルティン侯爵は、トーマスの才能に嫉妬し、彼の存在を危険視した。

「若造が、何百年と続く我々のやり方にケチをつけるとは、片腹痛い」

 マルティン侯爵は、裏で手を回し、トーマスの研究データを盗用した。そして、その一部を自分の成果として発表し、残りの重要な部分は、あたかもトーマスの研究が失敗であったかのように捏造した。トーマスは、無実の罪を着せられ、「国の農業を混乱させた」として、研究所を追放された。

 夢も、誇りも、全てを失ったトーマスは、絶望のあまり王都を去った。彼は、誰にも知られることなく、静かに死のうとさえ考えた。そして、流れ着いたのが、地図の片隅にある、忘れ去られた辺境の村だった。

 彼は、そこで土と共に生きることを選んだ。王都での苦い経験は、彼を頑固で、人を寄せ付けない人間に変えた。しかし、土に触れている時だけは、心が安らいだ。彼は、自分の知識をひた隠しにし、ただの気難しい老農夫として、静かに余生を終えるつもりだった。

 そんな彼の前に、リリアーナが現れた。
 最初は、他の村人たちと同じように「追放されてきた世間知らずの貴族の娘」としか見ていなかった。しかし、彼女が泥だらけになりながら、ひたむきに荒れ地と向き合う姿、そして、土の性質を驚くほど的確に語る様子に、トーマスはかつての自分自身の姿を重ねていた。

 彼女の瞳に宿る、情熱の炎。それは、トーマスが心の奥底に封じ込めていたものと同じだった。
「この土は、まだ生きている」
 あの日、彼がリリアーナにかけた言葉は、リリアーナにだけでなく、彼自身にも向けられたものだった。

 リリアーナに知識を教えることは、トーマスにとって、過去の自分を、失った夢を取り戻すための戦いでもあった。リリアーナが、前世の科学的な知識と、彼の経験に裏打ちされた技術を融合させ、次々と奇跡のような成果を出していくのを見るたびに、彼の心の傷は癒されていった。

 自分の研究は、間違っていなかった。自分の信じた道は、この国の未来を救う力となるのだ。リリアーナは、トーマスにとって、ただの弟子ではない。彼の夢を叶え、彼に再び生きる希望を与えてくれた、恩人であり、最高のパートナーだった。

 後に、リリアーナ記念農業研究所の初代所長となったトーマスは、子供たちに囲まれながら、よくこう語ったという。
「いいかい。本当の豊かさってのはな、金や地位じゃねえ。信じられる仲間と、何度失敗しても立ち上がれる、強い心だ。そして何より、正直な汗に答えてくれる、この土さ」
 そのしわくちゃの顔には、深い満足感と、誇りが刻まれていた。
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