13 / 52
第12話「氷壁の騎士の溶け始めた心」
しおりを挟む
辺境の地が経済的に豊かになるにつれ、ガイオンの表情にも少しずつ変化が現れていた。
以前の彼は常に眉間にしわを寄せ、何かに耐えるような厳しい顔つきをしていた。しかし最近では村の発展や人々の笑顔を目にするたび、その口元がかすかにほころぶようになった。
特にエルナと二人きりでいる時の彼は、まるで別人だった。
「エルナ、少し休憩したらどうだ。根を詰めすぎだ」
薬草園で熱心に土をいじるエルナの隣にいつの間にかガイオンが立ち、水の入った水筒を差し出す。それはすっかり日常の光景となっていた。
「ありがとうございます、ガイオン様」
エルナが笑顔でそれを受け取ると、ガイオンは少し照れたように視線をそらした。
「……様は、いらないと何度も言っている」
「ふふ、癖になっているんです」
そんな何気ないやり取りに、エルナは幸せを感じる。
ガイオンのエルナに対する態度は、もはや単なる庇護や信頼を超えていた。彼の灰色の瞳はエルナを見つめる時、明らかに熱を帯びていたし、その行動の端々には不器用ながらも深い愛情が滲み出ていた。
彼はエルナが少しでも重そうな荷物を持っていれば、どこからともなく現れて黙ってそれを取り上げた。エルナが夜遅くまで仕事をしていると知れば、「体に障る」と言って半ば強引に家に連れ帰った。
その過保護ぶりは、村人たちの間でも「団長の聖女様への溺愛っぷりは、見ていてこっちが照れる」と噂になるほどだった。
しかし当のガイオンは、自分の気持ちを言葉にして伝えることができずにいた。エルナもまた彼からの好意を確信しながらも、自分から一歩を踏み出す勇気が持てずにいた。
そんなもどかしい二人の関係を、周りの人々は温かく、そして少しだけやきもきしながら見守っていた。
ある日、薬師のレーナ老婆がエルナににやりと笑いながら言った。
「お嬢さんや。団長さんと、そろそろどうなんだい?」
「えっ!? な、何のことでしょう……」
突然のことに、エルナは顔を真っ赤にしてうろたえる。
「とぼけなさんな。あの朴念仁が、あれだけ分かりやすく一人の女性に入れ込む姿なんざ、わしは初めて見たよ。お嬢さんも、まんざらでもないんだろう?」
レーナのからかうような言葉に、エルナはうつむいてしまう。
「ですが、わたくしは……王都から追放された罪人ですし、ガイオン様にふさわしいとは……」
過去のトラウマが、エルナの心に暗い影を落とす。自分は幸せになってはいけないのではないか、という思いがどうしても消えないのだ。
そんなエルナの様子を見て、レーナは優しい顔つきになった。
「馬鹿をお言いでないよ。あんたがどんな過去を持っていようと、あんたはあんたさ。それに、あの団長さんがそんなことを気にするような男に見えるかい?」
「それは……」
「身分だの過去だの、そんなくだらないものに縛られているのはあんた自身の心だけさ。もっと素直になりなされ。幸せを掴むのを、怖がっちゃいけないよ」
レーナの言葉は、エルナの心に深く響いた。
その夜、エルナはガイオンから贈られた『氷雪花』の押し花を眺めながら、ずっと考えていた。レーナの言う通りかもしれない。自分を縛っているのは王都の人間ではなく、自分自身の弱い心なのだ。
ガイオンは罪人である自分を、偽聖女と呼ばれた自分を、ありのままに受け入れ守ってくれた。彼の真っ直ぐな想いに、自分も応えたい。
翌日、エルナは少しだけ勇気を出すことにした。
騎士団の訓練場で木剣を振るうガイオンの元へ向かった。汗を光らせ、真剣な表情で剣を振るう彼の姿は、息をのむほど美しく力強かった。
「ガイオン様!」
エルナの声にガイオンはぴたりと動きを止め、こちらを振り返った。
「どうした、エルナ」
「あの……もしお時間があれば、ですけれど。今度のお休みの日に、町へお買い物に付き合っていただけませんか?」
それはエルナにとって精一杯の誘いだった。ただの買い物。けれど、二人きりで出かける初めての約束。
ガイオンは一瞬きょとんとした顔をしたが、やがてその意味を理解したのか、彼の頬がかすかに赤く染まった。
「……ああ。分かった」
彼の短い返事。しかしその声は、確かに弾んでいた。
氷壁の騎士の心は、もうほとんど溶けかかっていた。あとは誰かがほんの少し、最後の一押しをするだけだった。
以前の彼は常に眉間にしわを寄せ、何かに耐えるような厳しい顔つきをしていた。しかし最近では村の発展や人々の笑顔を目にするたび、その口元がかすかにほころぶようになった。
特にエルナと二人きりでいる時の彼は、まるで別人だった。
「エルナ、少し休憩したらどうだ。根を詰めすぎだ」
薬草園で熱心に土をいじるエルナの隣にいつの間にかガイオンが立ち、水の入った水筒を差し出す。それはすっかり日常の光景となっていた。
「ありがとうございます、ガイオン様」
エルナが笑顔でそれを受け取ると、ガイオンは少し照れたように視線をそらした。
「……様は、いらないと何度も言っている」
「ふふ、癖になっているんです」
そんな何気ないやり取りに、エルナは幸せを感じる。
ガイオンのエルナに対する態度は、もはや単なる庇護や信頼を超えていた。彼の灰色の瞳はエルナを見つめる時、明らかに熱を帯びていたし、その行動の端々には不器用ながらも深い愛情が滲み出ていた。
彼はエルナが少しでも重そうな荷物を持っていれば、どこからともなく現れて黙ってそれを取り上げた。エルナが夜遅くまで仕事をしていると知れば、「体に障る」と言って半ば強引に家に連れ帰った。
その過保護ぶりは、村人たちの間でも「団長の聖女様への溺愛っぷりは、見ていてこっちが照れる」と噂になるほどだった。
しかし当のガイオンは、自分の気持ちを言葉にして伝えることができずにいた。エルナもまた彼からの好意を確信しながらも、自分から一歩を踏み出す勇気が持てずにいた。
そんなもどかしい二人の関係を、周りの人々は温かく、そして少しだけやきもきしながら見守っていた。
ある日、薬師のレーナ老婆がエルナににやりと笑いながら言った。
「お嬢さんや。団長さんと、そろそろどうなんだい?」
「えっ!? な、何のことでしょう……」
突然のことに、エルナは顔を真っ赤にしてうろたえる。
「とぼけなさんな。あの朴念仁が、あれだけ分かりやすく一人の女性に入れ込む姿なんざ、わしは初めて見たよ。お嬢さんも、まんざらでもないんだろう?」
レーナのからかうような言葉に、エルナはうつむいてしまう。
「ですが、わたくしは……王都から追放された罪人ですし、ガイオン様にふさわしいとは……」
過去のトラウマが、エルナの心に暗い影を落とす。自分は幸せになってはいけないのではないか、という思いがどうしても消えないのだ。
そんなエルナの様子を見て、レーナは優しい顔つきになった。
「馬鹿をお言いでないよ。あんたがどんな過去を持っていようと、あんたはあんたさ。それに、あの団長さんがそんなことを気にするような男に見えるかい?」
「それは……」
「身分だの過去だの、そんなくだらないものに縛られているのはあんた自身の心だけさ。もっと素直になりなされ。幸せを掴むのを、怖がっちゃいけないよ」
レーナの言葉は、エルナの心に深く響いた。
その夜、エルナはガイオンから贈られた『氷雪花』の押し花を眺めながら、ずっと考えていた。レーナの言う通りかもしれない。自分を縛っているのは王都の人間ではなく、自分自身の弱い心なのだ。
ガイオンは罪人である自分を、偽聖女と呼ばれた自分を、ありのままに受け入れ守ってくれた。彼の真っ直ぐな想いに、自分も応えたい。
翌日、エルナは少しだけ勇気を出すことにした。
騎士団の訓練場で木剣を振るうガイオンの元へ向かった。汗を光らせ、真剣な表情で剣を振るう彼の姿は、息をのむほど美しく力強かった。
「ガイオン様!」
エルナの声にガイオンはぴたりと動きを止め、こちらを振り返った。
「どうした、エルナ」
「あの……もしお時間があれば、ですけれど。今度のお休みの日に、町へお買い物に付き合っていただけませんか?」
それはエルナにとって精一杯の誘いだった。ただの買い物。けれど、二人きりで出かける初めての約束。
ガイオンは一瞬きょとんとした顔をしたが、やがてその意味を理解したのか、彼の頬がかすかに赤く染まった。
「……ああ。分かった」
彼の短い返事。しかしその声は、確かに弾んでいた。
氷壁の騎士の心は、もうほとんど溶けかかっていた。あとは誰かがほんの少し、最後の一押しをするだけだった。
52
あなたにおすすめの小説
『偽聖女』として追放された薬草師、辺境の森で神薬を作ります ~魔力過多で苦しむ氷の辺境伯様を癒していたら、なぜか溺愛されています~
とびぃ
ファンタジー
『偽聖女』として追放された薬草師、辺境の森で神薬を作ります
~魔力過多で苦しむ氷の辺境伯様を癒していたら、なぜか溺愛されています~
⚜️ 概要:地味な「真の聖女」の無自覚ざまぁスローライフ!
王家直属の薬草師ルシルは、国家の生命線である超高純度の『神聖原液』を精製できる唯一の存在。しかし、地味で目立たない彼女は、派手な「光の癒やし」を見せる異母妹アデリーナの嫉妬と、元婚約者である王太子ジェラルドの愚かな盲信により、『偽聖女』の濡れ衣を着せられ、魔物が跋扈する**「嘆きの森」**へ永久追放されてしまう。
すべてを失った絶望の淵。だが、ルシルにとってその森は、なんと伝説のSランク薬草が自生する**「宝の山」だった! 知識とナイフ一本で自由なスローライフの基盤を確立した彼女の前に、ある夜、不治の病『魔力過多症』に苦しむ王国最強の男、"氷の辺境伯"カイラス**が倒れ込む。
市販の薬を毒と拒絶する彼を、ルシルは森で手に入れた最高の素材で作った『神薬』で救済。長年の苦痛から解放されたカイラスは、ルシルこそが己の命を握る唯一の存在だと認識し、彼女を徹底的に**「論理的」に庇護し始める**――それは、やがて極度の溺愛へと変わっていく。
一方、ルシルを失った王都では、ポーションが枯渇し医療体制が崩壊。自らの過ちに気づき恐慌に陥った王太子は、ルシルを連れ戻そうと騎士団を派遣するが、ルシルを守る**完治したカイラスの圧倒的な力(コキュートス)**が立ちはだかる!
『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』
とびぃ
ファンタジー
追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~
-第二部(11章~20章)追加しました-
【あらすじ】
「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」
王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。
彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
『「毒草師」と追放された私、実は本当の「浄化の聖女」でした。瘴気の森を開拓して、モフモフのコハクと魔王様と幸せになります。』
とびぃ
ファンタジー
【全体的に修正しました】
アステル王国の伯爵令嬢にして王宮園芸師のエリアーナは、「植物の声を聴く」特別な力で、聖女レティシアの「浄化」の儀式を影から支える重要な役割を担っていた。しかし、その力と才能を妬んだ偽りの聖女レティシアと、彼女に盲信する愚かな王太子殿下によって、エリアーナは「聖女を不快にさせた罪」という理不尽極まりない罪状と「毒草師」の汚名を着せられ、生きては戻れぬ死の地──瘴気の森へと追放されてしまう。
聖域の発見と運命の出会い
絶望の淵で、エリアーナは自らの「植物の力を引き出す」力が、瘴気を無効化する「聖なる盾」となることに気づく。森の中で清浄な小川を見つけ、そこで自らの力と知識を惜しみなく使い、泥だらけの作業着のまま、生きるための小さな「聖域」を作り上げていく。そして、運命はエリアーナに最愛の家族を与える。瘴気の澱みで力尽きていた伝説の聖獣カーバンクルを、彼女の浄化の力と薬草師の知識で救出。エリアーナは、そのモフモフな聖獣にコハクと名付け、最強の相棒を得る。
魔王の渇望、そして求婚へ
最高のざまぁと、深い愛と、モフモフな癒やしが詰まった、大逆転ロマンスファンタジー、堂々開幕!
婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。
拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。
大自然を司る聖女、王宮を見捨て辺境で楽しく生きていく!
向原 行人
ファンタジー
旧題:聖女なのに婚約破棄した上に辺境へ追放? ショックで前世を思い出し、魔法で電化製品を再現出来るようになって快適なので、もう戻りません。
土の聖女と呼ばれる土魔法を極めた私、セシリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡された上に、王宮を追放されて辺境の地へ飛ばされてしまった。
とりあえず、辺境の地でも何とか生きていくしかないと思った物の、着いた先は家どころか人すら居ない場所だった。
こんな所でどうすれば良いのと、ショックで頭が真っ白になった瞬間、突然前世の――日本の某家電量販店の販売員として働いていた記憶が蘇る。
土魔法で家や畑を作り、具現化魔法で家電製品を再現し……あれ? 王宮暮らしより遥かに快適なんですけど!
一方、王宮での私がしていた仕事を出来る者が居ないらしく、戻って来いと言われるけど、モフモフな動物さんたちと一緒に快適で幸せに暮らして居るので、お断りします。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました
AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」
公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。
死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった!
人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……?
「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」
こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。
一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。
婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!
山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。
「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」
周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。
アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。
ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。
その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。
そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる