婚約破棄&濡れ衣で追放された聖女ですが、辺境で育成スキルの真価を発揮!無骨で不器用な最強騎士様からの溺愛が止まりません!

黒崎隼人

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第35話「過去との決別、父からの手紙」

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 クライス王国からの使者が帰った数日後、エルナの元に一通の手紙が届けられた。
 差出人は、彼女の父親であるアルトハイム伯爵だった。
 エルナは一瞬、その手紙を開けるのをためらった。
 父は自分を信じず、見捨てた人だ。今さらどんな顔をして、自分に手紙など寄越してきたのだろう。
 しかし隣にいたガイオンに「読んでみろ。それでお前の気持ちが決まるのなら」と背中を押され、彼女は意を決して封を切った。
 手紙は、震えるような文字で懺悔の言葉が綴られていた。
『愛する娘、エルナへ。
 今、この手紙をどんな気持ちで書けばいいのか分からない。
 お前に許しを請う資格など、私にはないだろう。
 私は父親失格だ。権力と保身のために、何よりも大切な娘一人、守ってやることができなかった。
 お前を追放すると決まったあの日、お前の無実を信じながらも王家に逆らうことができず、見て見ぬふりをしたあの日の私の愚かさを、私は一生後悔し続けるだろう。
 お前が辺境の地で自らの力で幸せを掴み、多くの人々を救っていると聞いた。
 誇らしい。心からそう思う。
 それと同時に、そんなお前の成長のそばにいてやれなかったことが、悔しくてならない。
 今、クライス王国は過去の過ちのツケを払い、滅びゆく運命にある。
 私もアルトハイム家も、同じ運命をたどるだろう。自業自得だ。
 だから、エルナ。
 どうかもう我々のことは忘れて、お前の幸せだけを考えて生きてほしい。
 お前は私の、アルトハイム家の最高の誇りだ。
 ただ、それだけを伝えたかった。
 最後に一言だけ。
 本当にすまなかった。そして、生まれてきてくれてありがとう。
 父より』
 手紙を読み終えた時、エルナの頬には涙が伝っていた。
 それは怒りや悲しみの涙ではなかった。
 長い間、心の奥底に凍り付いていた父親への複雑な感情が、その手紙によってすうっと溶けていくような、そんな温かい涙だった。
 許す、許さないという問題ではない。
 父もまた自分の弱さと向き合い、苦しみ、後悔していたのだ。
 そのことが分かっただけで、エルナの心は不思議と軽くなった。
「……ガイオン」
 エルナは涙を拭うと、夫に向き直った。
「わたくし、返事を書こうと思います」
「……ああ」
 ガイオンは何も言わず、ただ静かにうなずいた。
 エルナはペンを取ると、新しい便箋にこう綴った。
『お父様へ。
 お手紙、ありがとうございました。
 お父様が後悔の中にいることは、もう分かりました。
 ですから、どうかもうご自分を責めないでください。
 わたくしは今、とても幸せです。
 愛する夫と可愛い息子、そしてたくさんの温かい人々に囲まれて、毎日笑って暮らしています。
 この幸せがあるのは、お父様とお母様が、わたくしをこの世に産んでくれたからです。
 だから、わたくしの方こそ感謝しています。
 クライス王国がこれからどうなるのか、わたくしには分かりません。
 でももしお父様が本当に国を、民を思うのであれば、最後まで貴族としての責務を全うしてください。
 逃げずに、未来のために戦ってください。
 わたくしもこの地から応援しています。
 お体、大切に。
 エルナより』
 その短い手紙を、エルナはクライス王国からの交易商に託した。
 この手紙が父に届く頃、彼は何を思うだろうか。
 もう会うことはないかもしれない。
 けれど、それでいい。
 この手紙で、エルナは自分の過去と完全に決別することができたのだから。
 彼女はもう、後ろは振り返らない。
 前だけを向いて、愛する家族と共に未来へと歩んでいくだけだ。
 窓の外では、アルトの元気な笑い声が聞こえていた。
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