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第3話『褪せる人々と狂信の手紙』
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館に連れ戻されてから数日後、事件は起きた。
朝、メイドの一人が自室で冷たくなっているのが発見された。
私がその部屋に駆けつけると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
メイドはベッドの脇で祈るように両手を組み、床に膝をついていた。
その顔には満ち足りたような、恍惚とした笑みが浮かんでいる。
だが、彼女の首はありえない角度に折れ曲がり、腕や足の関節も、まるで壊れた人形のように奇妙な方向に曲がっていた。
「ああ……」
思わず息を呑む私とは対照的に、他の使用人たちの反応は異常だった。
「よかったわね、マリー。あなた、聖女様のもとへ旅立てたのね」
「なんて安らかなお顔。リリア様のお導きがあったに違いないわ」
彼らは微笑みながらそう囁き合った。
悲しみも恐怖も、そこにはない。ただ、歪んだ祝福だけがあった。
彼らは同僚の異常な死を「幸福な出来事」として受け止めていたのだ。
遺体は、まるで神聖な儀式を執り行うかのように丁重に運び出されていった。
人々の感情が、死生観が、明らかに「汚染」されている。
彼らはもう、まともな人間ではない。リリアという存在を崇めるだけの、中身のない器になり果てていた。
この館で正常な感覚を持っているのは、私だけだ。
その事実が、私の心を締め付けた。孤独という言葉では生ぬるい、底知れない恐怖。
次は私の番かもしれない。
私もいつかあのメイドのように、関節をめちゃくちゃに折り曲げながら、幸福な笑みを浮かべて死ぬのだろうか。
そんな折、王都から定期便の手紙が届いた。
差出人は父であるヴァロワ公爵だったが、その中身はもはや父親から娘への手紙ではなかった。
『拝啓、我が娘エリアーナ。お前が追放されてからというもの、この国は日に日に輝きを増している。これもすべて、偉大なる聖女リリア様のおかげだ。先日、リリア様が広場で祈りを捧げると、空から光の雨が降り注ぎ、民の病は癒え、畑は瞬く間に豊作となった。ああ、なんという奇跡か。リリア様こそ、この国の救世主。セオドア殿下とリリア様の仲も睦まじく、やがて行われるであろう神聖な婚儀の日が、今から待ち遠しくてならない』
手紙の文字は熱に浮かされたように踊っていた。
冷静沈着だった父の面影はどこにもない。そこにあるのは、リリアを崇拝する一人の狂信者の言葉だけだった。
『お前も、辺境の地で己の罪を悔い改め、リリア様に感謝の祈りを捧げるが良い。そうすれば、お前の穢れた魂も、いつかは救われるやもしれぬ』
手紙が、はらりと手から滑り落ちた。
王都も、この館と同じだった。国中が、リリアの呪いに「汚染」されているのだ。
聖なる力なんかじゃない。
あれは人々の理性と感情を奪い、幸福な幻覚を見せながら、その魂を喰らう、紛れもない呪いだ。
私は、完全に孤立無援だった。
この狂った世界で、たった一人、正気のまま地獄にいる。
絶望が、冷たい霧のように心を覆い尽くしていくのを感じた。
朝、メイドの一人が自室で冷たくなっているのが発見された。
私がその部屋に駆けつけると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
メイドはベッドの脇で祈るように両手を組み、床に膝をついていた。
その顔には満ち足りたような、恍惚とした笑みが浮かんでいる。
だが、彼女の首はありえない角度に折れ曲がり、腕や足の関節も、まるで壊れた人形のように奇妙な方向に曲がっていた。
「ああ……」
思わず息を呑む私とは対照的に、他の使用人たちの反応は異常だった。
「よかったわね、マリー。あなた、聖女様のもとへ旅立てたのね」
「なんて安らかなお顔。リリア様のお導きがあったに違いないわ」
彼らは微笑みながらそう囁き合った。
悲しみも恐怖も、そこにはない。ただ、歪んだ祝福だけがあった。
彼らは同僚の異常な死を「幸福な出来事」として受け止めていたのだ。
遺体は、まるで神聖な儀式を執り行うかのように丁重に運び出されていった。
人々の感情が、死生観が、明らかに「汚染」されている。
彼らはもう、まともな人間ではない。リリアという存在を崇めるだけの、中身のない器になり果てていた。
この館で正常な感覚を持っているのは、私だけだ。
その事実が、私の心を締め付けた。孤独という言葉では生ぬるい、底知れない恐怖。
次は私の番かもしれない。
私もいつかあのメイドのように、関節をめちゃくちゃに折り曲げながら、幸福な笑みを浮かべて死ぬのだろうか。
そんな折、王都から定期便の手紙が届いた。
差出人は父であるヴァロワ公爵だったが、その中身はもはや父親から娘への手紙ではなかった。
『拝啓、我が娘エリアーナ。お前が追放されてからというもの、この国は日に日に輝きを増している。これもすべて、偉大なる聖女リリア様のおかげだ。先日、リリア様が広場で祈りを捧げると、空から光の雨が降り注ぎ、民の病は癒え、畑は瞬く間に豊作となった。ああ、なんという奇跡か。リリア様こそ、この国の救世主。セオドア殿下とリリア様の仲も睦まじく、やがて行われるであろう神聖な婚儀の日が、今から待ち遠しくてならない』
手紙の文字は熱に浮かされたように踊っていた。
冷静沈着だった父の面影はどこにもない。そこにあるのは、リリアを崇拝する一人の狂信者の言葉だけだった。
『お前も、辺境の地で己の罪を悔い改め、リリア様に感謝の祈りを捧げるが良い。そうすれば、お前の穢れた魂も、いつかは救われるやもしれぬ』
手紙が、はらりと手から滑り落ちた。
王都も、この館と同じだった。国中が、リリアの呪いに「汚染」されているのだ。
聖なる力なんかじゃない。
あれは人々の理性と感情を奪い、幸福な幻覚を見せながら、その魂を喰らう、紛れもない呪いだ。
私は、完全に孤立無援だった。
この狂った世界で、たった一人、正気のまま地獄にいる。
絶望が、冷たい霧のように心を覆い尽くしていくのを感じた。
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