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第4話『唯一の正気、あるいは希望の来訪者』
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絶望の淵を彷徨っていた、ある日の午後。
珍しく、館に一台の馬車が到着した。こんな辺境の地に一体誰が。
訝しみながら玄関ホールへ向かうと、執事が一人の青年を案内しているところだった。
「お初にお目にかかります、エリアーナ様。私はジュリアン・ダヴェンポートと申します」
銀に近いプラチナブロンドの髪、理知的な光を宿す紫色の瞳。
涼しげな顔立ちのその青年は、私の記憶が確かならば、ゲームの攻略対象の一人だったはずだ。
ダヴェンポート公爵家の嫡男で、魔法研究に没頭する変わり者、という設定だったか。
彼は王都にいるはずの人間。なぜ、こんな場所に?
私の警戒心を察したのか、ジュリアンは静かな口調で言った。
「突然の訪問、お許しください。ですが、どうしてもあなたにお会いして、確かめたいことがあったのです」
私たちは応接室へ移った。
虚ろな目をしたメイドがお茶を運んでくると、彼は一口もつけずにカップを置く。
そして、周囲を窺うように声を潜め、本題を切り出した。
「単刀直入に申し上げます。エリアーナ様、あなたはこの世界の『異常』に気づいていらっしゃいますね?」
その言葉に、私は息を呑んだ。
異常。まさにその通りだ。この世界は狂っている。
「……あなたも、まさか」
「ええ。私には、リリア嬢の力が『呪い』にしか見えません」
彼の言葉は、暗闇の中に差し込んだ一筋の光だった。
初めて。この世界に来て初めて、同じ感覚を共有できる人間に出会えた。
安堵から、涙が滲みそうになるのを必死で堪える。
ジュリアンは語った。
彼の家系は代々、世界の魔力の流れや「調律」を感知する特殊な体質を持っていること。
リリアが王都に現れて以来、世界の魔力が不快な不協和音を奏で始めたこと。
周囲が彼女を聖女と崇める中、彼だけがその「雑音」に気づき、一人で調査を進めていたこと。
「王都の人間は、程度の差こそあれ、皆リリア嬢の呪いに思考を汚染されています。正常な人間を探すには、呪いの影響が比較的薄いであろう辺境の地へ赴くしかありませんでした。そして、断罪されたあなたならば、あるいは、と考えたのです」
私は堰を切ったように、この館で体験した全てを話した。
夜ごと聞こえる囁き声、歪む鏡、使用人たちの異常な言動と、あのメイドの死。
ジュリアンは眉一つ動かさず、私の話を冷静に聞いていた。
「なるほど……。囁きによる精神汚染、幻覚、そして共同幻想の強化。典型的な精神寄生型の呪詛の特徴です。王都の集団的狂信と、この館での怪奇現象は、根は同じ、一つのものだと確信しました」
私たちは、リリアの「聖なる力」が、人々の信仰や愛といった感情を糧とし、対象を幸福な幻の中で廃人にする呪いである、という仮説を立てた。
「味方が、いたなんて……」
思わず呟くと、ジュリアンは初めてわずかに表情を和らげた。
「いいえ。味方は今、ここに生まれました。エリアーナ様。どうか、私に協力していただけませんか。この狂った世界を、元に戻すために」
それは、絶望的な戦いの始まりを告げる言葉だった。
けれど私の心には、暗闇を振り払うような、確かな希望の灯がともっていた。
珍しく、館に一台の馬車が到着した。こんな辺境の地に一体誰が。
訝しみながら玄関ホールへ向かうと、執事が一人の青年を案内しているところだった。
「お初にお目にかかります、エリアーナ様。私はジュリアン・ダヴェンポートと申します」
銀に近いプラチナブロンドの髪、理知的な光を宿す紫色の瞳。
涼しげな顔立ちのその青年は、私の記憶が確かならば、ゲームの攻略対象の一人だったはずだ。
ダヴェンポート公爵家の嫡男で、魔法研究に没頭する変わり者、という設定だったか。
彼は王都にいるはずの人間。なぜ、こんな場所に?
私の警戒心を察したのか、ジュリアンは静かな口調で言った。
「突然の訪問、お許しください。ですが、どうしてもあなたにお会いして、確かめたいことがあったのです」
私たちは応接室へ移った。
虚ろな目をしたメイドがお茶を運んでくると、彼は一口もつけずにカップを置く。
そして、周囲を窺うように声を潜め、本題を切り出した。
「単刀直入に申し上げます。エリアーナ様、あなたはこの世界の『異常』に気づいていらっしゃいますね?」
その言葉に、私は息を呑んだ。
異常。まさにその通りだ。この世界は狂っている。
「……あなたも、まさか」
「ええ。私には、リリア嬢の力が『呪い』にしか見えません」
彼の言葉は、暗闇の中に差し込んだ一筋の光だった。
初めて。この世界に来て初めて、同じ感覚を共有できる人間に出会えた。
安堵から、涙が滲みそうになるのを必死で堪える。
ジュリアンは語った。
彼の家系は代々、世界の魔力の流れや「調律」を感知する特殊な体質を持っていること。
リリアが王都に現れて以来、世界の魔力が不快な不協和音を奏で始めたこと。
周囲が彼女を聖女と崇める中、彼だけがその「雑音」に気づき、一人で調査を進めていたこと。
「王都の人間は、程度の差こそあれ、皆リリア嬢の呪いに思考を汚染されています。正常な人間を探すには、呪いの影響が比較的薄いであろう辺境の地へ赴くしかありませんでした。そして、断罪されたあなたならば、あるいは、と考えたのです」
私は堰を切ったように、この館で体験した全てを話した。
夜ごと聞こえる囁き声、歪む鏡、使用人たちの異常な言動と、あのメイドの死。
ジュリアンは眉一つ動かさず、私の話を冷静に聞いていた。
「なるほど……。囁きによる精神汚染、幻覚、そして共同幻想の強化。典型的な精神寄生型の呪詛の特徴です。王都の集団的狂信と、この館での怪奇現象は、根は同じ、一つのものだと確信しました」
私たちは、リリアの「聖なる力」が、人々の信仰や愛といった感情を糧とし、対象を幸福な幻の中で廃人にする呪いである、という仮説を立てた。
「味方が、いたなんて……」
思わず呟くと、ジュリアンは初めてわずかに表情を和らげた。
「いいえ。味方は今、ここに生まれました。エリアーナ様。どうか、私に協力していただけませんか。この狂った世界を、元に戻すために」
それは、絶望的な戦いの始まりを告げる言葉だった。
けれど私の心には、暗闇を振り払うような、確かな希望の灯がともっていた。
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