追放された農民、豊穣神のスキルで辺境を楽園に変え、自分を虐げた貴族に復讐する

黒崎隼人

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第四話「忘れられた谷の楽園」

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 バルバロッサ伯爵の追っ手から逃れる日々は、過酷を極めた。昼は身を潜め、夜の闇に紛れて移動する。食料は森で得られる僅かな木の実や、リゼが仕留める小さな獲物だけ。仲間たちの表情には、日に日に疲労の色が濃くなっていった。
 特に、リリアの傷は思った以上に深く、高熱にうなされることもあった。アースは自分の無力さに歯噛みしながら、ただひたすらに歩き続けた。
(安全な場所を……早く、みんなが安心して休める場所を見つけなければ)
 その一心で、彼らは人の踏み入らない険しい山道を進んでいった。そして数週間後、彼らは地図にも載っていない、奇妙な場所にたどり着いた。
 切り立った岩壁に四方を囲まれた、巨大な谷。まるで世界の果てのようなその場所は、不気味なほど静まり返っていた。
「ここは……『忘れられた谷』だ」
 フェンが、警戒するように周囲を見回しながら言った。獣人族の間に伝わる古い伝承にある場所だという。
「呪われた土地だって、言い伝えがある。一度入ったら二度と出られないとか、作物が一切育たない不毛の地だとか……」
 その言葉通り、谷底には枯れた木々と岩が転がっているだけで、生命の気配が感じられなかった。乾いた風がヒュウと吹き抜け、仲間たちの間に不安な沈黙が流れる。
 だが、アースは違った。彼はその荒涼とした谷を見て、逆に確かな手応えを感じていた。
(ここならいい。誰からも見つからない。誰にも邪魔されない)
 彼は谷底に降り立つと、乾いた地面にそっと手を触れた。そして、女神から授かった力を、心の底から解放した。
「【豊穣神の祝福】!」
 アースの足元から、再びあの奇跡の光景が広がった。黒々とした肥沃な土壌が、まるで黒い絨毯を広げるように、瞬く間に谷全体を覆い尽くしていく。枯れ木はみるみるうちに青々とした葉を茂らせ、地面からは色とりどりの野の花が芽吹いた。乾いた風は、生命力に満ちた瑞々しい空気に入れ替わり、谷全体が息を吹き返したのだ。
「す……すごい……」
 リリアが、信じられないものを見るように目を見開いている。彼女の能力が、この谷に満ちる圧倒的な生命エネルギーを感じ取っているのだろう。
「呪われた土地なんかじゃない。ここが、俺たちの新しい畑だ。俺たちの楽園を、ここに作るんだ」
 アースの力強い宣言に、絶望に沈んでいた仲間たちの目に、再び光が宿った。
 そこからの日々は、まさに創造の連続だった。
 アースは前世の知識を総動員した。まず、谷を流れるか細い川を、【豊穣神の祝福】で水源から活性化させ、豊かな水量を確保した。そして、その水を谷の隅々まで行き渡らせるための水路を、緻密な計算のもとに張り巡らせた。
 次に、限られた土地を有効活用するため、「立体農法」を取り入れた。壁際には果樹の棚を作り、ブドウやリンゴを育てる。畑には種類の違う作物を同時に育てる「コンパニオンプランツ」を導入し、病害虫を防ぎながら収穫量を増やした。温室を作って、季節を問わず野菜が収穫できるようにした。
 リリアは、その能力で植物たちの声を聞き、それぞれの作物に最適な環境を整える手助けをした。フェンとリゼは、その戦闘能力で谷の安全を守りつつ、持ち前の体力で開拓作業の中心となった。
 四人の力と知識が合わさった時、忘れられた谷は、わずか数ヶ月で、誰もが見たことのないような巨大な農園、まさしく楽園へと変貌を遂げた。
 色とりどりの野菜が実り、甘い香りを放つ果物がたわわに実る。水路には魚が泳ぎ、家畜として飼い始めた鶏が元気に駆け回っている。そこには、かつてのアルト村を遥かに凌ぐ、豊かさと平和があった。
 そんなある日、谷の入り口でリゼが見慣れない人影を発見した。旅人のようだが、その身なりは上質で、ただ者ではない雰囲気を漂わせている。
「どうする、アース。追い払うか?」
 フェンが臨戦態勢に入るが、アースはそれを制した。
「いや、少し様子を見よう。ひどく疲れているみたいだ」
 その旅人は、一人の少女だった。年の頃はリリアと同じくらいだろうか。長い亜麻色の髪は汚れ、上等な服はあちこちがほつれている。しかし、その気品のある顔立ちと、澄んだ青い瞳は隠しようもなかった。
 少女は谷の光景を目にして、呆然と立ち尽くしていた。やがて、空腹に耐えかねたのか、その場に崩れるように倒れてしまった。
 アースたちは、少女を自分たちの拠点である小屋に運び込んだ。意識を取り戻した少女に、アースは採れたてのトマトを差し出した。
「……これを?」
 少女は警戒しながらも、真っ赤に熟したトマトを恐る恐る受け取った。そして、一口かじった瞬間、彼女の青い瞳が驚きで大きく見開かれた。
「な……! なに、この……甘くて、瑞々しい味は……!」
 夢中でトマトを食べ終えた少女に、今度は茹でたてのトウモロコシを差し出す。黄金色に輝く粒を一口食べた少女は、今にも泣き出しそうな顔になった。
「こんなに甘いトウモロコシ……初めて食べました……。私たちの国では、もう何年も、こんなに美味しい作物は……」
 少女の話を聞き、アースはこの国の置かれている状況を初めて知った。
 王国は、今、深刻な食糧危機に瀕しているのだという。数年にわたる日照りや天候不順で、作物の収穫量が激減。各地で食料の奪い合いが起き、民は飢えに苦しんでいるというのだ。
「私は、そんな国の現状を自分の目で確かめたくて、城を……いえ、家を飛び出してきたのです。でも、どこへ行っても、人々の顔は暗く、希望なんてどこにもありませんでした。まさか、こんな場所に、これほどの楽園が広がっているなんて……」
 少女は、谷で暮らすアースたちの、穏やかで満ち足りた笑顔を見て、衝撃を受けていた。飢えとは無縁の、豊かな食卓。仲間との笑い声。それらは、彼女が旅の途中で一度も目にすることができなかった光景だった。
 アースは、この少女がただの旅人ではないと確信していた。その言葉遣い、気品、そして何より、国の未来を憂うその強い瞳。
「君は、一体何者なんだ?」
 アースが問いかけると、少女はしばらくためらった後、意を決したように顔を上げた。そして、スカートの裾をつまみ、優雅に一礼した。
「私の名は、セレスティア。――この国の、第三王女です」
 その告白は、衝撃的ではあったが、アースの中ではどこか腑に落ちるものがあった。
 国の未来を憂う、心優しき王女、セレスティア。彼女は、この忘れられた谷に満ちる豊かさと、それを生み出したアースという存在こそが、飢えに苦しむ国を救う唯一の鍵だと確信した。
「アースさん。どうか、あなたの力を、この国のために貸していただけないでしょうか」
 セレスティアは、深々と頭を下げた。
 アースの脳裏に、バルバロッサに全てを奪われ、絶望に打ちひしがれていたアルト村の人々の顔が浮かんだ。飢えの苦しみは、彼が誰よりも知っている。そして、その原因の一端が、私腹を肥やすことしか考えない貴族や、無策な王家にあることも。
(国を救う……か。それは、俺の復讐にも繋がるかもしれないな)
 腐った権力構造を、その根底から覆す。食という、人間が生きていく上で最も重要なものを支配することで、それは可能になるかもしれない。
 アースは、目の前で真摯に頭を下げる王女を見つめ、静かに口を開いた。
「いいでしょう。協力しますよ、王女様」
 それは、一人の農民と一人の王女が、国の運命を懸けて手を取り合った瞬間だった。忘れられた谷の楽園から、王国を揺るがす壮大な物語が、今、始まろうとしていた。
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