追放された農民、豊穣神のスキルで辺境を楽園に変え、自分を虐げた貴族に復讐する

黒崎隼人

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第十話「剣ではなく、鍬(クワ)を」

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 王都の闘技場は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
 国の未来を左右するとも言われる、第一王子ジークフリードと、農民アースの決闘。その噂は瞬く間に広がり、闘技場の観客席は、貴族から庶民まで、身分を問わず詰めかけた人々で埋め尽くされていた。
 誰もが固唾をのんで、二人の入場を待っている。
 やがて、闘技場の両翼から、二人の男が姿を現した。
 片方は、ジークフリード。王家の紋章が刻まれた白銀の鎧に身を包み、腰には見事な装飾が施された長剣を佩いている。その立ち姿は、王国最強の剣士の名に恥じない、威風堂々としたものだった。観客席の貴族たちから、期待のこもった声援が飛ぶ。
 もう片方は、アース。彼は、いつもと変わらない、簡素な農民服のままだった。武器らしい武器は何も持たず、ただその肩に、使い古された一本の鍬を担いでいるだけ。そのあまりにも場違いな姿に、観客席からは失笑と戸惑いの声が漏れた。
「おい、あいつ、本気か?」
「武器も持たずに王子と戦うつもりか。自殺行為だぞ」
 人々の嘲笑を浴びながらも、アースは全く動じる様子を見せず、静かに闘技場の中央へと歩を進めた。
 国王の開始の合図と共に、ジークフリードはゆっくりと剣を抜いた。切っ先をアースに向け、傲然と言い放つ。
「農民よ、今からでも遅くはない。ひれ伏して命乞いをすれば、命だけは助けてやろう。私に剣を抜かせたことを、あの世で後悔するがいい」
 だが、アースは鍬を肩に担いだまま、穏やかに答えた。
「王子、俺はあなたと殺し合いをしに来たわけじゃありません。だから、剣は抜きませんよ」
「舐めるなよ、雑種が!」
 アースの言葉を、最大の侮辱と受け取ったジークフリードは、激昂して地面を蹴った。王国最強と謳われる彼の踏み込みは、常人の目には捉えられないほど速い。白銀の閃光が、アースの首筋に迫る。
 誰もが、次の瞬間にはアースの首が飛ぶと信じて疑わなかった。
 しかし、アースは驚くほど冷静だった。彼は、ジークフリードが踏み込んだその場所の地面に、鍬の先をトン、と軽く突き立てた。
「スキル発動――『土壌変化・泥濘』」
 その瞬間、ジークフリードの足元が、硬い地面から一瞬にして粘度の高い泥沼へと変化した。勢いよく踏み込んだ足は、ズブリと泥に囚われ、彼の体勢が大きく崩れる。
「なっ!?」
 驚愕するジークフリードの顔の横を、アースはひらりとかわした。
 アースは、農業スキルを戦いに応用していたのだ。畑を耕し、土壌を改良するスキルは、使い方次第で、地形を自在に操る強力な武器となり得た。
 体勢を立て直したジークフリードは、怒りに顔を歪ませ、再び斬りかかってくる。しかし、アースはひらりひらりと身をかわし、その度に鍬で地面を突き、泥沼や、逆に硬い岩盤を作り出しては、王子の動きを巧みに封じていく。
 ジークフリードの剣技は、確かに超一流だった。だが、足場を常に変化させられては、その力を十分に発揮することができない。彼は次第に苛立ち、無駄な体力を消耗していった。
「小賢しい真似を!」
 業を煮やしたジークフリードは、大技を繰り出してきた。剣がまばゆい光を放ち、強力な剣圧がアースを襲う。
 それに対し、アースは鍬を構え、畑に植えたツル植物に意識を集中させた。
「『ツル操作』!」
 闘技場の壁際から、何本もの太いツルが生き物のように伸び、ジークフリードの剣に絡みついた。どんな剛剣でも、粘り強いツルに絡めとられては動きを封じられる。
「くっ……離せ!」
 ジークフリードが力任せに剣を振るうが、ツルはしなやかに力を受け流し、離れない。
 その隙に、アースは懐から何かを取り出し、王子に向かって投げつけた。
 それは、刺激臭を放つ、ただのタマネギだった。
 ジークフリードの目の前で、タマネギが弾ける。強烈な刺激成分が、彼の目を直撃した。
「ぐっ……目が、目がぁぁっ!」
 生理的な涙が止まらず、ジークフリードは剣を手放し、両手で目を押さえた。
 さらにアースは、クルミの実を高速で射出した。硬いクルミは、まるで石つぶてのようにジークフリードの鎧に当たり、カンカンと甲高い音を立ててへこませていく。
 もはや、それは決闘と呼べるものではなかった。
 王国最強の剣士が、ただの農民に、その農業スキルだけで一方的に翻弄されている。観客席の貴族たちは、信じられないものを見るように口を開け、庶民たちは、アースの奇想天外な戦い方に、やがて歓声を送り始めた。
「いけー! アース!」
「王子に一泡吹かせてやれ!」
 ついに、ジークフリードは涙と汗でぐしゃぐしゃになり、鎧はへこみ、泥だらけになってその場に膝をついた。完全に、戦意を喪失していた。
 アースは、そんな彼の前にゆっくりと歩み寄り、戦いをやめた。そして、静かに語りかけた。
「王子。あなたのその剣は、確かに強い。国を守るためには、必要な力でしょう」
 アースは、自分の肩に担いでいた鍬を、ジークフリードの目の前の地面に、サクリと突き立てた。
「しかし、民を笑顔にするのは、その剣じゃない。この鍬が耕す、一握りの土なんです」
 アースがそう言うと、鍬が突き立てられた場所から、一輪の美しい花が、みるみるうちに咲いた。
「畑が豊かになれば、民は腹いっぱいに食べられる。腹が満たされれば、人は笑う。笑顔が増えれば、争いはなくなる。国が本当に豊かになるというのは、そういうことじゃないですか?」
 アースが見せたのは、武力による支配ではない。食によって人々が豊かになり、身分に関係なく笑い合っている、未来の王国の姿だった。
 ジークフリードは、はっと顔を上げた。彼は、自分が今まで、何を見てきたのだろうか。力こそが全てだと信じ、民の顔を見ようともせず、ただ己のプライドのためだけに剣を振るってきた。だが、目の前の農民は、自分が見ようとしなかった国の未来を、はっきりと見据えている。
 彼は、自らの過ちに気づき、ゆっくりと剣を地面に置いた。それは、彼の敗北を意味していた。
 この歴史的な決闘の後、王国は大きく変わった。
 アースは、その功績を認められ、国王から直々に、新設された「農業公爵」の地位を与えられた。それは、王国の農業政策の全てを司る、絶大な権限を持つ役職だった。
 そして、セレスティアとの婚約も、正式に発表された。民衆は、英雄と賢王女の結婚を、心から祝福した。
 ジークフリードは、この一件で改心し、自ら王位継承権を辞退。これからは一人の騎士として、アースの作る豊かな国を、剣で守ることを誓ったという。
 農業公爵となったアースは、早速、王国全土の農業改革に着手した。彼が耕すのは、もはや一つの畑ではない。王国という、巨大な大地そのものだった。
 彼は、剣ではなく、愛用の鍬を手に、これからも王国の未来を耕していく。その隣には、彼を愛する妻と、かけがえのない仲間たちの笑顔が、常にある。
 こうして、一人の農民が起こした奇跡の物語は、王国に豊穣と平和をもたらし、伝説として語り継がれていくのだった。
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