もう来なくていいよ

染西 乱

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僕が会話の中で「専門書は図書室で借りたほうがいい」というのをきちんと覚えていてくれたのかと思えば、驚くほど先輩に対する好感が上がる。

頭の回転が早いのか、筑波先輩とのやりとりはあまりに会話のテンポが早いため、内容も考えずにノリで適当に会話しているのかと思っていたが、違うらしい。

にやにやしているのもおかしいので、いつも通りな顔を心がけるが、どうにもわずかに口角が上がってしまっている気がする。
にちゃにちゃ笑って気味悪いと思われてないだろうかと筑波先輩の顔を窺い見ると、慈しむような優しい顔をしてこちらを見ている。
陽キャのまばゆさに驚いてぎゃぁ!と奇声をあげそうになるのを唾液を飲みこんで堪える。くちびるをきゅ、と引き結ぶ。
先ほどまでのにやけはとっくに引いている。

筑波先輩はこちらの心臓が飛び上がっていることなどしるよしもなく、

「どれがいいかわからなかったからさぁ~、とりあえず初心者向けって書いてる本にしといた」

などと言い、1番上に積んであった本のタイトルを指差し、「初心者のための」という吹き出しがついている。

「てかこの本そんな分厚くないのにめちゃくちゃ重いんだよね。ここに置いて行ってもいいー?」

美術の本はカラーであることが多く、紙が上質で、小説などの書籍と比べて重いことが多々ある。

「借りた本をここに置きっぱなしにされるのは困ります。……せっかく借りたんですから読んでみたらいいじゃないですか」

先輩のあの大きなリュックならば多少の大型本も入るだろう。

学校の指定カバンはあるにはあるが特に強制ではないため、多くの生徒は各々好きな鞄を持って来ている。
僕はせっかく買ってもらったのだからと指定のボストンバックを使っている。
筑波先輩はバスケ部で色々持ってくるものでもあるのか、昨日大きめのリュックを背負っていたのを覚えていた。

「本、わかりやすいのがあるといいですね」

かきかたうんぬんの前に何を描くのか、何を描きたいのかをイメージするのがいいのではないかとも思ったが、余計なお世話だろうと口をつぐむ。

昨日の先輩の口ぶりからすればもうすでに描きたいものがある程度決まっているようだったし、大丈夫だろう。

「んー、ま、一応読んでみるわ。そんでもわかんなかったら、教えてね」


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