婚約破棄なんかしなければ良かった件について

夏見颯一

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婚約破棄なんかしなければ良かった件について

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 王城の夜会はまだ始まったばかり。
 ダンスを踊る男女と和やかに会談する紳士淑女。
 その中に、場違いな大股で歩み寄った王子が婚約者を前にして。

「リドラス公爵令嬢! 私の婚約者である事を傘に下位貴族令嬢相手に威張り散らし、彼女たちの名誉を著しく損なった事、王族として許しがたい。今日この場をもって婚約を破棄する!」

 下位貴族相手に高位貴族が威張るなんて当たり前の事を理由にするとは流石に思いつかなかったわ。
 あんまりにも驚いたから、うっかりか弱い令嬢のばけの皮が剥がれそうになって、私は慌てて顔を隠したわ。

 常識が足りていない王子の胸に抱かれている転生令嬢。
 それが私の正体。
 ヒロインかどうかはちょっとよく分からないの。一応国名も学園名も人物達の名前だって全然記憶にないんだよねー。
 まあ、どっちでもいいんだけど。


 転生前はゲームも散々やったし、小説も飽きるほど読んだわ。でも、他人事を眺めるだけだったから楽しいに決まっているでしょ。現実になったら全然違うに決まっているじゃない。
 特に、現代日本にダラダラ生きていた女子学生が古典の詩を読んだり刺繍して、一体何が楽しいと思うのよ。

 それに、貴族に生まれたのはラッキーとは言い切れないの。
 肌を見せるな、足は隠せ、走るな、声を出して笑うな、食事のマナーは……なんて禁止のオンパレードの生活なんて私にはやっていられないのよ。
 いっそ平民になりたかったから子供の頃から色々やったけれど、両親も親類も何故か私には異様に寛容で、全然廃嫡してくれないの。
 きっと私が知らないだけでここはゲームか小説の世界で、よくある強制力ってものでも働いているとしか思えないわ。

 ゲームか小説の世界なら、きっと女子受けの高い男がいて、その内の誰かはチョロい筈。
 そう思って現実となっては存在がおかしいように感じる貴族と平民が一緒に学ぶ学園に入ったら、出会った王子がちょっと挨拶しただけでも好感度爆上がりの反応をしてくるのよ。
 ちょっと怖いくらい、あり得ないレベルでとっても難易度が低かったわ。
 もしこの世界がゲームだったら、油断すると必ず王子ルートになるってコントローラー投げるレベルね。

 純粋でかなり頭が残念な王子様は、婚約者を放っておいて私のような下位貴族令嬢とデート三昧。
 プレゼントだっていっぱい貰ったから、私はきちんと恋人になってあげたのよ。

 ふふっ。王族のデートはとっても楽しかったけど、それだけよ。

 公爵令嬢を放置して私のついた嘘も全部信じちゃう王子なんて、王族として非常に危険だから私と一緒に道連れにしますって、部屋に残した両親への手紙には書いておいたの。
 忠義と公爵家への礼儀になるかは私は学べなかったから知らないけれど、公爵令嬢が不幸になるのを防いだのだから、何とかしてくれるって期待しよう。
 
 私の狙いはあくまでも王子を道連れにした断罪。
 杜撰な嘘をつき続けたのだから、公爵家なら必ず断罪返しをしてくるわ。

 さあ、来い! 悪役令嬢!
 私をさっさと断罪して!


「宜しいでしょう。婚約破棄は受け入れましてよ」

 美しい光の化身のような公爵令嬢は全く動揺する様子もなかったわ。

 何でこんな美しく身分もある全部揃っている女性を捨てる気になるのか理解に苦しむわ。
 あれかしら、王子もコンプレックス?

「ふん。当たり前だろう。皆を怖がらせるなんて、令嬢の風上にも置けない」
「貴方は王族の風下におられますから、楽でございますわね」
「今頃おべっかを使われても私の判断は揺るがないぞ」
「あらあら、素晴らしき王子には私程度の称賛など必要ありませんでしょう」
「当然だ。私は誰よりも王族らしい王族として、常に人々から褒め称えられている人間だ。たかが公爵令嬢ごときには私の価値は分かるまい」
「私の耳には殿下の称賛は届きませんが、これは私の周囲の問題でしょうか」
「褒め言葉など隠れて言う物だろう。そんな事も分かっていないとは、公爵家ではどのような教育をしているのやら」

 うん。
 凄いな。公爵令嬢の嫌みがどうやっても通じていない。
 明らかに会話ごとに嫌みがストレートな表現になっていっているのに気付かないって、王子は本当に王族の……下位貴族程度には教育を受けていたのか疑問を感じたわ。

 周囲の側近もぼんやり立っているだけ。
 何なの、案山子なの?
 家名を散々誇らしげに私に言ってきた割に、大事な時に何をすべきかも分かっていない無能だったなんて。
 もう少し王子の役に立つか、公爵令嬢の味方をするべきでしょ!

「まあいい。お前の処分は……」
「契約に乗っ取り、貴方の処分が決まりましたわ」

 王子の言葉を遮り、満面の笑みを浮かべた公爵令嬢が言うやいなや、怪しげな白いローブを着た集団に王子と私、側近達は取り囲まれてしまったわ。
 宮廷魔道士かと思ったけど、のっぺりとした仮面には目の辺りに菱形の切れ込みがあるくらいで何なのか分からず、本気の恐怖から王子に抱きついたの。

 ただ、王子はみっともなく震えていたので、一瞬で興ざめしたわ。
 どうよ、この駄目王子。
 攻略対象のポンコツ枠だったにしても、程があるでしょうに。

「お疲れ様、男爵令嬢。貴女の完璧な仕事に敬意を」

 ローブの集団の隙間から、公爵令嬢がまっすぐに私を見て言っても、私は直ぐには反応出来なかったわ。
 だって、私は男爵令嬢でも仕事なんてしていないもの。
 何のことかと首を傾げたわ。

「行くぞ」

 案山子だった1人である公爵令嬢の兄が、私を王子から引き離して白いローブの集団の外に出たわ。
 他の側近も何事もなかったように王子から離れていく。

「お疲れ様。よく頑張ったわね」
「こちらの仕事も楽に終わる事が出来た。感謝をしている」

 令嬢と令息に私は礼を言われても、何のことだか分からず私は呆然としていた。
 公爵令嬢の背後を見ると、公爵とともに立つ両親がいるのに気付いたの。
 2人は顔色は悪いものの、安堵しているようにも見えて、私はますます状況が分からなくなった。

「公爵令嬢! 息子の非礼は儂が詫びる! だから……」
「契約は契約。国王ともあろう者が臣下との契約を反故にするなんて、あり得ませんでしょうに」

 そのやりとりの意味は分からなかったが、慌てて走ってきた小太りのおじさんが国王だという事だけは分かったわ。
 国王って一番偉いんじゃないの?
 公爵令嬢に必死にすがろうとして公爵に阻まれている姿は、何というか滑稽だった。

「可愛いならもっと王子にきちんと教育を施せば良かったのに」

 側近で取り巻きでもあった公爵子息がため息をついた。
 もしかして、王子と側近達は私が考えていたような関係ではなかったのだろうか。

「不思議かい? 王子が勝手に側近と言っていただけで、私達は学生なんだからそんな立場である筈がないね」

 側近の定義なんて私が知るわけがないでしょう。
 でも、ちょっと考えたら分かる事だったら恥ずかしいわね。

「君が信じて盛り上げてくれたおかげで助かった。王子は我々が側近だと信じ込んでどんどん暴走してくれたよ」

 あれ?
 何か話がおかしいような。

「私を思ってくれた手紙には柄でもなく感動したわ。貴女のおかげで王子を断罪出来る。ありがとう」

 公爵令嬢にはっきり言われて、私はようやく状況を理解した。

 両親宛の手紙は思ったよりも早い段階で開封されたらしい。
 王子に呼び出されていたのもあり、私は朝から王城に支度の為に行っていたのだから仕方ないかも知れない。
 その手紙を読んだ両親が、公爵に連絡を取ったのかな?
 うーん……両親の交友関係はいまいち分からないのよね。

「わ、わた、し、私が、何の、罪を……」
「存在そのものが罪だってご存じなかったのですか? 戦争の火種として生まれ、戦争の切っ掛けになる事を起こしている王子様?」

 なんだっけ?
 確か王子の母親は他国の姫君で、今の国王が年甲斐もなく惚れ込んで連れて帰ったとは聞いたような。

「攫われた姫から生まれた貴方の存在は、かねてから帝国のお爺様にとって納得のいかないものでした。それならひっそり生活していれば良かったのに、孫の1人でもある私と王命を使って無理矢理婚約をするなんて、本当に鬱陶しいったらありませんでした」

 あー。公爵令嬢達の母である公爵夫人は帝国から嫁いできた姫だって……。
 私、何で気付かなかったのかな?
 公爵令嬢と王子って、従兄弟じゃない。
 ついでに王子の母親って父親である帝の最愛の娘だって言われていて、王子を産んだら早くに亡くなって……うん、国王も王子も色々まずいよね。

 夜会に参加していた他の貴族は、気が付いたらこの周囲からは大きく距離を取っていたわ。
 国王達の味方をしようとする者は見事なほどにいないわね。
 王妃に至っては遠く離れた王族席の壇上から冷たい目で見下ろすだけで、冷え切った夫婦関係がよく分かるわ。

「さあ、王子……我らがウォルテンバットキルデマイドル様を降臨する生け贄となりなさい」

 私は時間が止まった。
 ウォルテ……?

「それだけは! それだけは公爵令嬢!」
「国王もサインした契約です! 王族となれば格好の贄。我らがウォルテンバットキルデマイドル様もお喜びなさるでしょう!」

 頭の悪い私には一生呼べなさそうな名前だった。

 いやいや、贄って何よ。
 正気に戻った私は王子を助けようと輪の中に入ろうとしたが、隣に立っていた公爵令息に腕を捕まれ阻まれた。

「……これは契約なんだ。手を出してはいけない」
「でも、ウォルテンバ……様を呼び出す贄って!」
「仕方ない。王子もした契約なんだ」

 自分でサインしたの?
 ポンコツ王子は何処までも底の知れないポンコツだった。
 よくこれに関わろうと思ったなと私は目眩で倒れそうだった。

「先生方! よろしくお願いしますわ!」

 白いローブ達が輪を縮めると互いに手をつないで、
「お越しくださいウォルテンバットキルデマイドル様!」
「お越しくださいウォルテンバットキルデマイドル様!」

 つないだ手を天高く上げたり下げたりしながら、ウォルテ……何とかの事を呼んでいる。

 
「お越しくださいウォルテンバットキルデマイドル様!」
「お越しくださいウォルテンバットキルデマイドル様!」
「お越しくださいウォルテンバットキルデマイドル様!」
「お越しくださいウォルテンバットキルデマイドル様!」

 その内に白いローブ達以外の貴族達も声を上げ始めた。

『お越しくださいウォルテンバットキルデマイドル様!』

 教養のない私にはウォ……何とかが何か分からなかったわ。
 それでも、いろいろな人間がウのつく何かを読んでいるので、常識なのだろうと私は思ったのよ。

 シャンデリアが突如点滅した。
 あのシャンデリアって蝋燭だから点滅っておかしくない?

「ウォルテンバットキルデマイドル様!」

 一際大きな声がして、

「呼んだかい?」

 ガラス窓を突き破り、大きな円盤が入ってきた。
 円盤?
 円盤!?

 怪しげな音と光と共に現れたのは、現代日本にいた頃に怪奇番組で見た宇宙人の……確かグレイタイプだった。

「血、抜いちゃう? 折角呼んでくれたから、サービスで改造でも良いけど」

 ふと見ると、王子は白目を剥いて倒れていたわ。
 うるさくなくて良いと私は思ったの。

「改造で。出来れば遠くに連れて行っていただければ」
「ふうん。ちょっと里帰りしようと思っていたから連れて行くよ。家族の土産に丁度良いし」

 あああああ、なんてことでしょう。
 さらさらと宇宙人と交渉してまとめる公爵令嬢を誰も止めれません。
 というか、この世界は中世もどきですらない!?

「じゃ、次は1千年後かな。そのとき連れて帰るから宜しく」
 
 誰も生きてませんよね。
 光に包まれて運び込まれる王子を誰にもどうする事も出来ず、終了となりました。

「さあ、夜会を楽しみましょう!」

 そう言って手を叩くのは王妃様。
 泣き崩れる国王は全員が無視します。

 そんなに可愛いなら常識くらい覚えさせるべきだったでしょうに。
 刺客を息子のご学友にしていた国王には無理な話だったのでしょうね。

「私達も、両親に挨拶しに行きましょう」

 公爵令嬢の声に、公爵令息に手を取られたまま私は公爵夫妻と両親の元に連れて行かれました。

 完全に私の断罪は失敗でした。
 でも、私には貴族生活など無理なので廃嫡は諦めませんよ!




 付きまとわれた公爵令息に騙されて公爵夫人になる事になるとは、このときの私には分かりませんでした。

 
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