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4章 如月泉
58.心の闇ごと愛する事
しおりを挟む「うん。泉の事は弟としてじゃなく、一人の人間として愛しているよ。泉、怖がらせてごめんね。俺にはどうしても泉が必要だったんだ」
「兄さん、俺は……」
言わなくちゃ。俺は兄さんの事を同じ様には愛せないと。ただ相手が兄さんだと言う事と今の話を聞いて言いにくかった。ここへ来る前はその覚悟でいたのに、やっぱり俺は弱いままなのか。
これじゃ晃くんの所へ帰れないよ。また俺は繰り返すのかな……
自分の握った手が膝の上で震えてるのが分かる。こんな時に晃くんがいてくれたら……
「泉、最後にお願いがあるんだ」
「……最後って……何?」
最後って言葉が気になったけど、顔を上げて兄さんを見ると、困った顔で笑っていた。懐かしい、俺の良く知る兄さんだった。
「俺の事をちゃんと振って欲しいんだ。そうしたらもう泉の事は諦めるから、頼めるかな?」
「兄さん……うん。ごめんね、ずっと俺が兄さんを苦しめてたんだねっ」
「これから泉は泉のしたいようにして。でももう俺は助けてあげられないからね。俺がいなくてももう大丈夫だよね?」
「兄さんっ」
「泉、好きだ。愛してる」
「ごめんなさいっ俺は……兄さんの事を同じ様には愛せません」
言えた。でも兄さんの「最後」って言葉が引っかかってて、声が小さくて震えてしまった。
そんな俺に兄さんはいつものように優しく笑った。
「ありがとう泉♪晃くんと頑張ってね♪」
「っ……」
「安心して、晃くんとの事は誰にも言わないから。先週一緒にいた子がそうなんだろ?俺に嘘までついて守るなんて、一番側で見て来たから良く分かったよ」
「あのっ晃くんは、本当に優しくて良い人で……俺のとても大切な人なんだっ」
「うん、泉のあんな楽しそうな顔見たら嫌でも分かるよ。昔の泉を見てるみたいで懐かしかったな」
やっぱり兄さんには晃くんの事を見抜かれていたか。それじゃあ俺が兄さんの機嫌を取ろうとしていたのも知られていたのかな。
急に恥ずかしくなって来たけど、それでも今の兄さんは思ったよりも落ち着いていて、俺も怯える事なくいられた。あの頃のようで懐かしく思えた。
「兄さん、さっき最後って言ってたけど、兄さんにはこれからも俺の兄さんでいてもらいたいよ。お互いすぐには無理かも知れないけど……」
「そうだね。いつかまた兄弟になれるといいね」
「兄さん……」
「さて、もう一仕事だ。俺はこれから如月家を壊す様な事をするけど、覚悟はいい?」
「何をする気なの?」
「父さんに連絡するんだ。母さんには俺の本音を言ったから、次は父さんに全部話す。今の俺にはこうする事でしか泉を自由にはしてやれない。俺は泉の側にいるとダメなんだ、泉から離れなきゃ。ごめんね」
「ダメだよ!そんな事したら兄さんが追い出されちゃうよ!」
「どうなっても俺は出て行くつもりだから気にしないでよ。また泉が帰って来なくなって俺も吹っ切れた所があるんだ。いつまでも手に入る事のないものに縋るのはやめようって。そんな事しても泉を傷付けるだけだからね。今の泉には心から笑顔になれる素敵な人がいるし、俺はこの先良い子をやめて一人で生きていくよ」
「ダメだ!兄さん、俺が出て行くから!兄さんはこれからもこの家にいてよっ!」
少し強く言うと兄さんはスマホを取り出して電話をかけ始めた。父さんにかけてるんだ。俺は止めようとして兄さんに近付いて手を伸ばす。
すると兄さんは俺の伸ばした腕を掴んでグイッと引き寄せて抱き締めた。体が拒否をしようとしたけど、俺はグッと堪えて兄さんに抱かれた。だって兄さんは震えていたから。
「ほらね、泉の側にいるとこうやって触れたくなっちゃうんだよ。押し倒してキスして犯したくなる。でももう嫌なんだ。こんな家も自分もうんざりなんだよ」
「兄さんっでもっ」
「これ以上止めるなら押し倒して泉が嫌がる事するよ。それでもいいの?」
「それは……ダメ……」
「それなら離れて、早く」
兄さんの声は本気だった。
俺は一度だけ兄さんをギュッと抱き締めてからそっと離れる。
そんな俺に兄さんはいつもの笑顔で言った。
「うん♪やっぱり泉は良い子だね♪」
「…………」
それから兄さんは父さんに電話で話をし始めた。やっぱりと思ったけど、父さんは今すぐに帰って来れないから、兄さんが後日改めて会って話すと言っているのが聞こえて来た。
俺はその間心配でずっと側にいたけど、兄さんの様子はいつもと変わらないように感じた。兄さんはどこまでも兄さんだった。
さっき母さんと言い合っていた兄さんは嘘だったのかと思えるぐらいに。
いや、あれが本当の兄さんなのかも知れない。
ずっと兄さんは本当の自分を押し殺して生きて来たから、今目の前にいる偽りの兄さんしか俺は知らずにいたのかも。
でもこう思うんだ。あんなに怖かった兄さんなのに、今は怖いとは思わない。兄さんが家を出て行くって知って、寂しいとさえ思う。
兄さんも俺が家を出るって言った時こんな気持ちだったのかな。
もっと早くにちゃんと話し合っていればお互いこんな気持ちにならなくて済んだのかな。
後悔ばかりの自分の人生に、俺は晃くんを思い出して心の闇を呼び起こす。
きっとこの闇は一生消えないだろう。いや、消しちゃダメなんだ。段々軽く小さくなる闇を晃くんの暖かい手のように優しく包んで愛してあげなきゃダメなんだ。
だってこの闇も「俺」なんだから。
自分を愛せないのに人から愛してもらおうとしていた俺はどんなけ間抜けだったんだろう。
これからは自分の事をちゃんと愛してあげよう。
この小さく震える心の闇ごと全部。
そうすれば晃くんにも何でも話せる気がするんだ。常に嫌われたらどうしようなんて考えなくても良くなる日が来るかも知れない。
そうすればきっと晃くん好みの俺になれる気がするんだ。
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