Ashpunk Blues−灰燼世界のマシンシティ−

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5章:【緋色の男】

第58話:「届かない音色」

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――五年前。七番街・ラボ周辺。

 エリオット博士をラボへ送り届けた直後、クレイヴはドアを開けかけた手を止め、ちらりと助手席に視線をやった。

「……あんたは狙われてる、注意した方がいい。
 ……嫌な予感がするんだ」

 博士は黙って頷き、白衣のポケットから小型の座標モジュールを取り出す。旧式ながら、通信遮断区域でも使える軍用チャンネル対応のガジェットだ。

「私はこれから、研究データの一部を持ち出し、リヴィアと“隠しラボ”で合流する。
 ……君にも座標を送っておこう」

 差し出されたガジェットを、クレイヴは無言で受け取り、懐にしまい込む。

「……気をつけろよ」

「もちろんだ。――だが君も、急いで帰るんだ。
 奥さんが待っているんだろ」

「……ああ、分かってる」

 短く答えると、クレイヴはアクセルを強く踏み込んだ。


 * * *

――七番街・クレイヴ宅周辺。

 自宅が近づくにつれ、嫌な予感が現実になっていく。

 街区一帯には、黒煙が濛々と立ちこめていた。爆風で吹き飛ばされた建材が路地に散乱し、焦げた空気が胸の奥まで焼きつくように広がっていた。

 クレイヴは車を乗り捨て、荒れた地面を蹴って駆け出す。

「……エリスッ!!」

 胸を締めつける不安を振り払うように、自宅の扉を力任せに蹴り開けた。

 ――崩れかけた室内に立っていたのは、エリス。そしてゼノだった。

 ゼノは左手でエリスの首を押さえ、右手には冷たく光る白刃を握っている。

「……やぁ、遅かったじゃないか」

 どこか壊れたような笑みを浮かべ、ゼノは穏やかに囁いた。その声音には、かつての彼の面影はなかった。

「てめぇ……何してやがる……」

 クレイヴが唸るように呟いた、その直後。

「逃げてっ!!」

 エリスの叫びとともに、刃が閃いた。

 ゼノの刀が背中を切り裂く。
 エリスの身体が、クレイヴの目の前で崩れ落ちた。

「――ッ!!」

 地面を這うようにして彼女に駆け寄り、その身体を抱きとめる。

「しっかりしろ……おい!」

 血の気を失っていく彼女の唇が、かすかに動いた。

「……ごめんね」

 弱々しく、けれど確かに微笑むその手には、血に濡れた小さな銀のオルゴールが握られていた。

 それは、ふたりで選んだ“子どものための贈り物”だった。

「本当は……あなたと……この子と……
 この音を聴きながら……未来を……
 生きたかった……のに……」

 彼女はそっと、自らの腹に手を添えた。

 そしてその囁きは、風に溶けるように――静かに、消えた。

 世界が、一瞬だけ、音を失った。

 クレイヴは何も言えず、ただその場に膝をつき、肩を震わせた。

 ――やがて、魂を裂くような叫びが、壊れた家屋に響いた。

 数秒後。
 彼は静かに、立ち上がる。

 その瞳に宿るのは、悲しみでも絶望でもない。
 ――燃え上がる、純粋な怒りだった。

 右腕に仕込まれた“イグニスギア”が、低く唸り始める。機構の隙間からにじむ紅蓮の光が、義手の指先に炎を噴き上げさせる。

 背後に揺らめく焔のなかで、クレイヴは胸ポケットにそっとオルゴールをしまった。
 それは、彼女と子ども――決して失いたくない“未来”の象徴だった。

「いいじゃないか……その顔だよ……」

 ゼノが、狂気に歪んだ笑みを浮かべる。

「もっと“私”と遊ぼう、クレイヴ」

「お前と話す気はねぇ……いくぞ」

 その一言を合図に、クレイヴが地を蹴る。

 ――金属の閃きと火炎の衝撃が、正面から激突する。

 ゼノの刀がしなるたびに、“イグニスギア”が火花と熱を巻き上げて受け止める。
 斬撃と火線が交錯し、破壊された室内に激しい衝突音が響き渡った。

 一度、二度――
 火と刃が、互いの殺意を確かめ合うようにぶつかり合う。

 怒りと哀しみを抱えた、声にならない叫びが――
 金属音のなかに、確かに木霊こだましていた。




――See you in the ashes...
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