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冷風という壁

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「それにしてもモンスターが出てこないな。アース、モンスターが壁とかに擬態しているってことは無いのか?」

 痛風の洞窟に入ってしばし、モンスターが出てこない事を疑問に思ったツヴァイからそんな言葉が飛び出す。ああ、普通はこれだけ歩いていればモンスターがそれなりに出て来る物だから、そんな疑問が出るのは当然だな。

「ああ、今はまだ出てこない。この洞窟はモンスターと戦う前に乗り越えなきゃならない難所があって、その先にモンスターはいるんだよ」

 と教えておく。そう、あの冷風の中を突破しないとモンスターと戦う資格すら与えられないという場所なのだからな。一応念のために何度か周囲を調査し、あの冷風の中を無理やり通過しなくてもモンスターと戦う事が出来るルートが隠されている可能性を探った。

 しかし、そう言ったショートカットルートや隠し通路と言ったものはこの洞窟で自分が行動できる範囲の中には一切なく、あの冷風の中を突っ切るのが唯一の道であると判明している。あの冷風さえなんとかスルー出来ればかなり楽なんだがな。

「難所……ですか~? アースさんがそう言うと、かなり不安なんですけど……」

 ミリーが嫌そうな表情を隠さずに言う。まあ、その予想は残念な事に大当たりなんですけどね。

「見えてきた、アレだ。あれの中を突っ切らないといけない」

 案内役を兼ねているため、先頭に立っている自分がそう言って前方を指さすと、ブルーカラーのメンバー全員の表情が一気に凍った。無理もない、ただこうやって歩いているだけでも寒いのに、それ以上の冷気をまき散らして吹いている風を見ればげえっと思うのが普通だ。

「何だよあれ!? 見た目からして寒いってレベルじゃ済みそうにないだろ!!」「ちょ、ちょっと本気ですか!? あの風の中に突っ込むんですか!?」「じょ、冗談でしょ!? 冗談て言ってよ! アース君!」

 などなど、半分悲鳴に近いような声がいくつも上がる。それもまあ無理もない話ではある。ある程度慣れてきた自分でも、この冷風の中に突っ込むときは気合を入れないとキツイし。

「残念ながら冗談でもジョークでもない。あの冷風の中を突っ切って先に進まないとこの洞窟は奥にいけないしモンスターとも戦えない。そして、あの冷風から少しでも身を護る為に外套が必須なんだよ。だから道具屋のおっちゃんはみんなに外套を無理やり買わせたんだ」

 この自分の言葉に、げんなりとした表情を浮かべるブルーカラーのメンバー。特に女性陣はひどい顔をしている。綺麗な顔が台無しである。

「だから、引き返すのなら今のうちだね。これは無理強いはできない。もし引き返すなら、今回道具屋で買った道具は、買った時と同じ値段で自分が引き取るよ。自分はまだまだこの洞窟で修練を続けるつもりだから」

 ここでちょっと待ってくれ、とツヴァイが自分に声をかける。そうしてギルドメンバーで相談を始めた様である。

「あれこれ言ってもしょうがないから、一つだけだ。進むか戻るか、どっちにするんだ?」

 このツヴァイの言葉に、あれこれ意見が出る。完全に予想に範疇外だったことで、進む意見と戻る意見が交互に出ているようである。うーむ、これは時間がかかるか? そう思っていたのだが、ツヴァイ達の話し合いは2分もかからずに終わった。その結論は──

「アース、すまん! 一度この冷風の中を突っ切る姿を見せてくれ!」

 ツヴァイが両手を合わせつつ頭を下げて、こう切り出してきた。ふむ、百聞は一見に如かずとはよくいう事だし……実際に自分が突っ切る行動を実演した方が早いな。

「了解、じゃあ今から自分はこの冷風の中を突っ切る。大体この冷風が吹いている距離は直線にして三十から四十メートルと言った所。だが、普段ならその何でもない距離が長く感じるという頃は理解してもらえると思う」

 この自分の言葉に、コクコクと一斉に頷くブルーカラーのメンバー全員。

「で、この冷風に突っ込むときは必ずこうやって温度を上げる道具であるこの筒を手に持った状態で入る。この冷風の中を突っ切って向こう側に到着した直後に握りつぶして、体をすぐに温める事が出来るようにするためってのは分かってもらえるよね?」

 ブルーカラーのメンバーがちゃんと話を聞いていることを確認してから、話を続ける。

「冷風の中では息を止めて走り抜ける事が肝心で、絶対に途中で立ち止ってはいけない。立ち止まったらその時点でアウト、冷風の中で凍死するだけだ。この冷風の中では、この筒も効果を発揮できない。という事で、伝えるべきことはこれで全部。これから実際にこの冷風の中に突っ込み、駆け抜けるのを見せるよ」

 フェンリルの頬当てのつけ具合をもう一度確認して息をゆっくりと吸った後に止めて、前方に向かって全力で駆け出す。《ウィンドブースター》で速度を上げればあっという間に駆け抜ける事が可能なのだが、それではブルーカラーメンバーへのお手本にならないので使用しない。

 横から槍を突き付けられているような痛みを堪えて走り抜け、冷風の中を突破したことを確認した直後に筒を握り潰す。握りつぶされた筒からは凍り付いて体をほぐす温もりがあふれ出し、体を癒してくれる。

〔これで、難所ではあるがちゃんと通過できる事は証明できたと思うがどうだろう?〕

 自分とブルーカラーの間に吹く風の音でこちらの声が聞こえにくい可能性が高いので、PTチャットでこちらの声を届ける。

〔お、おう。ちゃんと見たぜ。しかし、こんなことを一週間近くやってきてたって……相変わらずこっちの予想を斜め上に行くことをやってくれるな……〕

 などと、ツヴァイから少々ひどいご感想をいただいた。

〔そこは後で詳しく聞こうじゃないか。それはともかくとして、どうする? 通過できる事は見せたが、キツイ事に変わりはない。引き返しても良いと思うんだが……〕

 自分の言葉に、いや、俺達も行くとツヴァイは断言する。

〔こうやって目の前で実演までしてもらって、すごすご引き下がる様じゃ新しいものなんて見る事はできないからな! 冒険なんだし、こういうキツイ地形にも慣れていかねえと今後何もできなくなっちまう可能性が高いってこっちでも結論が出たぜ。今からそっちに行くから、アースはサポートを頼む! 冷風の中を駆け抜けたはいいが、筒を握りつぶすってところまで行けないメンバーが出る可能性も高いからな……〕

 このツヴァイの言葉を聞いた自分は、自分は冷風の近くで筒を手に持って待機することにした。冷風の中を駆け抜けただけで気が抜けてしまい、筒を握りつぶすことを忘れてしまう人がいる可能性がツヴァイの言葉の通りに十分ありうるからだ。

 そして、実際に筒を握りつぶすところまで行けなかった人が出てしまった。それは、レイジとエリザの二人である。動けない事を察した自分やツヴァイが代わりに筒を握りつぶして暖を取らせることで、二人の凍死は回避された。

「体全体が冷え込んでしまって、手が動かなかった……」「駆け抜けるだけで精一杯でしたわ……」

 と、レイジとエリザは頭を下げながらつぶやいていた。だが残念なことに、モンスターの居る場所に行くためにはあと一回冷風を突破しないといけないんだよねえ。これを告げた時のブルーカラーメンバーの表情は、うわぁという表情を浮かべていた。実際、うわぁという表現しかしようがない表情を浮かべたのだから仕方がない。

「そこを抜ければやっとモンスターがいる場所だから、頑張ってくれ」

 仕方がないという感じで前進を再開するブルーカラーメンバー。そうしてやってきた二回目の冷風だが、今回は自分が《ウィンドブースター》を使った状態でレイジとエリザの手を掴んで引っ張るという方法を取った。

 これにより冷風の中に居た時間がある程度短縮された二人は、自力で筒を握りつぶして暖を取ることに成功した。二人が筒を握りつぶした事で、近くに居た自分も十分な暖を取れたので、今回の自分は筒を握りつぶしていない。

「アース、すまん」「ありがとうございます、助かりますわ」

 二人からのお礼の言葉を受け取り、帰る時もこの方法で突っ切る事を伝えておく。そうしてなんとか二回目の冷風もやり過ごした自分とブルーカラーのメンバーは、ようやく氷の結晶が作る団体が生息? している場所にまでやってくる事が出来たのである。本当にこの洞窟は、モンスターと戦う事が出来るようになるまでがきつい……。
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