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痛風の洞窟前

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 さらに翌日。ようやく痛風の洞窟に再チャレンジするための準備が整った。その前に道具屋のおっちゃんがまだ自分の事を『貴方様』と呼ぶのを全力で辞めさせた。別段身分が高いって訳でもないのにそんな言い方をされ続けたら気味が悪いと言うか、落ち着かないという心境になってしまうと言えばご理解いただけるだろうか? とにかく必要な道具などを整えていざ出陣! とばかりに気合を入れて街を出て洞窟へ。そうして洞窟についたまでは良かったんだが、この日は非常に珍しい事に洞窟の入り口前に先客が居たのである。

(あの外見からして獣人さん達か。まあ、ここに人がいるという事自体が珍しいんだがな)

 何せとっても寒いという一点だけ見ても、人の気配を遠ざけているからな。それに、モンスターの氷の結晶は厄介な相手だ。掲示板でもここの洞窟の話が上がっていたが、やはり『寒い、モンスターが厄介、お宝がない』の三重苦で人気がない。もちろんだからこそ戦いがいがあるという人ももちろん居るには居るが……それもごく一部だ。無理にこの痛風の洞窟に挑まなくてもスキルのレベルを上げる事が出来る以上、人気が出る理由がないという状態であったりする。宝箱なども見つからないらしいし。

「あれ? こんな所に私達以外にも訪れる人がいるなんて珍しいね~?」

 向こうの獣人さん……犬、リス、狸の獣人さんが(ちなみに見分けは尻尾で行った、こちらに背を向けていたので)こちらに気がついたようだ。声をかけてきたのはリスの獣人さんだ。因みに三人とも女性のようである。とりあえず自分は軽い会釈をする。危害を加えるつもりはないという事を匂わせるために、武器等を構えたりしない。『李下に冠を正さず』ということわざにもある通り、この世界では疑われるような行為を取るべきではないのだ。ここも他のMMOとは違うリアルな一面だろう。

「こちらとしても驚いた。この洞窟はいい修練の場所になるが、とてつもなく寒いからあまり人が寄り付かないと知っているだけに」

 ある程度近づいてから、獣人の女性三人に声をかける。声をかけた事と戦闘の意思を見せない自分の様子を見て、向こうも警戒のレベルを落としたようだ。街の中でならともかく、外で出会えば当然の行動ではある。噂ではあるが、こちらの世界の人と戦っているプレイヤーがいるらしいなんてうわさをツヴァイ達からのメールで教えてもらったこともある。プレイヤー同士の無差別PVP……つまりプレイヤーキラーはないが、この世界の住人とならそのルールの範囲外である。だからプレイヤーを襲えない分こっちの世界の人に刃を……なんてうわさが立つのかも知れない。

 だが、自分だって今までの冒険の中でこちらの世界の人と戦ってきた回数はかなり多い。この前の妖精国で襲ってきた盗賊連中とかがいい例だ。だからこそ街の外で初対面の人に出会ったら警戒するのが当たり前なのだ。近寄ってきた人が悪意を持っていないという証明は誰もしてくれないのだから。あるいみPKなんかよりも厄介かも知れない。

「その口調からすると、あんたもすでに何回かここに入った事があるって見ていいかい? あたしらも何回かここで修練を積んでるんだけどね。今日は男連中が『寒いのやだ』とか気合いが抜ける様な事を言ってきたからあたしらだけで来たんだが」

 と言ってきた犬の獣人さんにちょっと話を聞くと、男性獣人三人とここに居る女性獣人三人の六人でパーティを組んでいるらしい。が、先程のお言葉通り男性陣が寒い所での訓練を見合わせたいと言い出したらしい。で、ちょっとした言い合いの後に「じゃあ今日はあたしらだけで行く!」と勢いで宣言してしまったらしく、引っ込みがつかなくなってここまで来てしまったらしい。

「いや、まってや。うちは止めたで? さすがに戦力が半減しておる状況で戦うのはまずいてゆうたやないか? なのにうちの言葉をほっとんど聞いてくれんかったやないか。だからこうして洞窟の前で立ち往生しとるんやろ……」

 犬の獣人さんの説明に突っ込みを入れてきたのは狸の獣人さん。ああ、なるほど。逆にここで止まっているのはこの狸の獣人さんのお蔭なのかもな。普段六人で行動してるってのに、人数が半減している状況でダンジョンに挑むというのはかなりリスクが大きい。前衛と後衛がそろっていたとしても、支援の厚さや前衛の前線維持能力のどちらも大きく下がっているからな。これは人数が半分になったから半減と簡単に考えていい問題ではない。

「話をざっと聞いただけだが、街に戻った方が良いんじゃないか? 今まで常時六人でやってきたのに、それが突然半分になってしまった今の状況では何が原因で一気に崩れるか分からないだろうに。修練は大事だが、それで死んでしまったら何にもならないだろう? ましてや、貴女一人だけではなくそこの二人を巻き込むことになるんだぞ」

 話を聞いた自分は、狸の獣人さんの意見に同意して犬の獣人さんに考えを伝える。死んでしまったらそこまでだ。修練は強くなるためにやる事であって、命を縮めるためにやるものではない。

「ううっ、そ、うよね。やっぱりここは大人しく帰るべきなのよね……あたし一人だけが死ぬならともかく、戦友の二人を巻き込みたくはないし……」

 犬の獣人さんもその辺はある程度分かっていたんだろうが、戦友だけではなくちょっと話を聞いただけの自分にすらそう言われてしまったことが相当に堪えた様で、頭を抱えてうずくまる。まあ、生きてればやり直せるからそれぐらいの頭痛? は我慢していただくしかない。

「ほんまおおきに。猪突猛進な一面があるこの子が止まってくれてよかったわぁ。まあうちらの男性陣も、もうちーっと寒さを堪えてくれるぐらいの甲斐性が欲しい所というのも本音なんやけどな。ここはいい修練になるっちゅーのも間違いはあらへんし、全員が揃っていればうちかて入るのに反対する理由はあらへん」

 犬の獣人さんがうんうん唸り声を上げている横を通って自分に話しかけてくる狸の獣人さん。その言葉に自分は苦笑い。と言ってもフードで自分の顔そのものは見えていないだろうけど。

「命あっての物種ともいうからな。まあ、今日は引き上げて男性陣と話し合う方が良いんじゃないか?」

 自分のこの言葉に、狸の獣人さんも「うちもさんざんここに来るまでそう言ったんや。まあ、第三者のあんさんにもうちと同じことを言われてようやく認めたっちゅー所やろ」と苦笑気味に言う。まあそれでも、認めてくれたんなら良しとしよう。

「ところで、おにーさんはどうしてここに? 一人だよね?」

 と、ここでリスの獣人さんから質問が飛んでくる。それにしてもおにーさん、か。リアルじゃどうあがいても言って貰える言葉じゃあなくなったよなぁ~なんて事を一瞬考えてしまう。

「あ、ああ。自分も痛風の洞窟にて修練を行うためにやってきたんだ。そうしたら入口で皆さんと出会ったって訳。じゃあそろそろ洞窟の中に行くので失礼するよ」

 そう一言残して洞窟に入ろうとしたのだが、ここで「ちょっとまった!」の声が。その声を出したのは犬の獣人さんだ。

「あんた、あたし達には入るなって言っておいて自分は入るの? しかもあんたは一人ぼっちじゃない! それでこっちを止めてそっちは入るっていうんだから、相応の説明を求めるわ!」

 あ、やっぱり言われたか。まあそりゃそうだよな、さんざん三人では危ないとか言っておきながら自分はソロで入っていくってんだから、文句の一つも出るってもんだろう。

「まあそう言ってくるとは思ってたが……自分は最初っからソロ、つまり一人旅だからね。それに加えてこの痛風の洞窟にも一人で何回も入っている経験もあるから、そちらの置かれている状況とは別物という訳だ」

 そう、『普段は六人なのに今は三人』な獣人の皆さんと、『最初からソロで行動するのが基本』の自分では状況に違いがありすぎる。とはいえ、そんな言葉では納得してもらえないだろうなぁ。仕方がない、ここは一番手っ取り早い百聞は一見に如かず作戦で行きますか。

「まあ、そちらが納得いかないと言うのは分かる。だから一度こちらの戦いを見てもらうというのはどうだろうか? ここで論争しているよりも実際に戦いの様子を見た方が時間的な意味でも有意義だと思うのだが」

 この自分の言葉に乗ってきたのは意外な事にリスの獣人さん。

「ねえ、確かに……声からして男の人だと思うんだけど、彼の言葉に乗っかってみない? それに、たまには他の人がどう戦うのかを見ると言うのも良い経験になると思うの。そしてすぐ後ろに居れば、彼が危なくなったら私達が助けに入れるでしょ? ここでああでもないこうでもないって話し合ってるよりはずっといいと思う」

 それとは対照的に難色を示すのは狸の獣人さん。

「うちはあまり賛成しとうないなぁ。この洞窟は獣人連合の中でもかなりの難所やで? そこに一人で入るって発言する時点でアホ言うなや! と突っ込みたい気分や。うちとしてはさっさと街に戻りたいと言うのが本音っちゅーところや」

 そして最後となった犬の獣人さんは……

「──よし、あたしはついて行く方に票を投じるよ。確かにあたしたちは他の人達と共闘したりするという機会があまりなかった。それにこのままあたし達が街に帰ってもあんたはこの洞窟に入るんだろう?」

 この言葉に、自分は頷く。そりゃここに入るのが目的なんだしね。

「やっぱりね。そうなるとその後どうなったのかが非常に気になってイライラすると思うんだよ。だからそういう精神的な安定を図るという意味も込めて同行し、あんたの戦いを見せてもらう事にするよ」

 この犬の獣人差の発言に、狸の獣人さんは「やっぱりそう言うと思うたわ。しゃあないなぁ、つきおうたるわ」と諦め半分の声で発言する。こうして妙な同行者と一緒に痛風の洞窟の中へと入ることになった。
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