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闘技場その3

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 闘技場の武舞台に上がる前に、自分は指輪をなでながらクィーンの分身体に一つお願いをしていた。「この戦いにはよほどのことがない限り手を出さないでくれ」と。

【分かっております、一対一の真剣勝負に水を差すような無粋な真似は致しません。相手が明らかに無粋な真似をしてきた場合はその限りはありませんけど】

 と、分身体からの了承を素直に得る事が出来た。後は武舞台の上で自分自身が精一杯の戦いをするだけで良いという事になる。案内されて武舞台の上に上がった自分を待っていたのは、レフリー役のガーゴイル(念のために言っておくが、門番に居たあの漫才コンビの二人とは別人)と、ワーウルフの姿をした氷のモンスターさんだった。

「あーあー、テステス。よっし、今日ここに居る連中は幸運だ! これから外の世界からわざわざこんな僻地にやってきた一人の戦士と、初めてこの武舞台の上に上がった新米の戦士との一騎打ちが見られるぜ!」

 レフリー役のガーゴイルさんが、突如スピーカーを持ち出して闘技場全体にそんな声を届け始めた。そしてその声を聴いた闘技場に居るお客さんはおおー、と盛り上がりを見せる。

「二人の詳しい事はこれから直接戦う姿を見て貰えばわかるよな? ごちゃごちゃとした前振りをすると、俺が会場に居る皆に袋にされちまうからやらないぜ!」

 このガーゴイルさんの言葉にあちこちから「その通りだー」とか、笑い声があちこちから聞こえてくる。

「さあて、お二人さん。そろそろ準備はいいかい? 始めるぜ~?」

 その確認する言葉を聞いた自分は弓を左手に持ち戦闘態勢を取る。ワーウルフさんもゆっくりと構えを取る。武器を持たない純粋な格闘家という感じがするので、以下に距離を取れるかが肝心だな。ある程度の飛び道具も使いこなす可能性ももしかしたらあるのかもしれないが、基本的には距離を取って弓での射撃攻撃が一番無難な戦術だろう。

「では、無制限一本勝負、始め!」

 ガーゴイルさんの開始を告げる大声を聞いた直後、一直線に自分に向かって距離を詰めて来るワーウルフさん。なので自分もワーウルフさんに向かって数歩走って……《大跳躍》を発動して前方に向かって大きくジャンプ。これで突っ込んできたワーウルフさんの頭上を飛び越えた。

 が、弓も蹴りもスネークソードによる攻撃も角度的に有効とは思えなかったので久々に使う風魔法の《ウィンドニードル》をワーウルフさんの後頭部にぶつける。初歩魔法の上に自分は魔法専門の戦闘者じゃないので大したダメージは出ないが、まずは軽いジャブをお見舞いしたと言った所か。

「ちっ、やっぱりそう簡単に行きゃしないか」

 ここでワーウルフさんがそうつぶやく。独り言のような小声ではあったのだが聞こえてしまった物はしょうがない。地面に着地した自分とこちらに向き直ったワーウルフさんはまた睨みあいに状態に入る。

 が、こうしていても始まらないので、今度はこちらから攻めてみる事にする。矢を番え、八割ほどの力で弓を引いてワーウルフさん目がけてアーツを使っていない普通の一矢を放つ。この矢をワーウルフさんは体を半身ほどずらしてあっさりと回避。なるほど、何の工夫も無い正面からの攻撃はまず当たらない、か。

 矢を回避したワーウルフさんは再びこちらに向かって距離を詰めて来る。が、先程とは違ってやや遅い。おそらく頭上を越えられてもすぐに停止できる速度で迫ってきているのだろう。

 そうなると先程のように頭上を飛び越えようとすれば、自分が着地する瞬間を狙い撃ちにされるだろう。それはさすがに御免こうむる……氷でできた拳でぶん殴られたらドラゴンスケイルメイルを着ていてもそれなりに痛そうだからなぁ。なので自分は矢を再び弓に番えながら左斜め前にステップする。

「あぶねっ」

 ワーウルフさんはそんな自分の行動に素早く対応し、右手で裏拳を自分の頭部目がけて振るってきた。チッ、とこすられた音が耳に入ってきたので、本当にギリギリで回避したという事になるんだろう。だがまあ何とか回避したことに変わりはないので、出来るだけ早く向きをワーウルフさんの方に向けて矢を放った。

 しかしこの矢もワーウルフさんが左手で弾き飛ばした。まあ弦の引きが甘かったし仕方がないか……が、ワーウルフさんの方も何とか弾いた様子で、そこから再びこちらに向けて前進を再開するという事はなかった。再び自分が距離を取った事で戦闘開始した時と同じぐらいの間合いになる。

「ここまで来た実力は、確かにあるってことか……が、そろそろもっとお互いに力を出していこうぜ? まさかさっきの魔法や矢による攻撃が全力ってわけじゃないんだろ?」

 と、ワーウルフさんからそんな事を言われてしまった。まあ、お互いの動きを探り合う『準備運動タイム』をそろそろ終わりにしようぜって事なんだろう。

「こっちはけっこういっぱいいっぱいな所があるんだが……」

 まあここで「参りました!」と言えばルール的には終わるんだろうけど盛り下がるよな。まあ、そろそろこっちもギアを上げるか。程よく心の一部が熱くなってきたところだし。

「いっぱいいっぱいな所があるのはこっちも変わらないぜ? それでも、別の部分では余裕があるって事だろうが。このままじゃ見てる人たちも退屈しちまうからな、そっちが嫌でもこっちは仕掛けるぜ!」

 言うが早いか、ワーウルフさんの体からうっすらと黄色いもや……いうなればオーラか? そんなものが漂い始めた。──来る、な。

「うおおおっ!!」

 叫び声を上げて突っ込んでくるワーウルフさん。だが、今回は避けずにこちらも突っ込む。ただし《スライディングチャージ》で彼の足元に、だが。自分の仕掛けた《スライディングチャージ》をとっさに跳躍して回避したワーウルフさんだが、跳躍したという事は当然着地をしなければならず、着地をする時はどうしても隙が出来る。その隙を逃す理由はどこにもないな、なにせ『そろそろもっとお互いに力を出していこうぜ?』と言われちゃったんだからな。着地硬直は見逃さないよ。

「それじゃかっとべ、《ハイパワーフルシュート》!」

 久々に使う蹴り技アーツの一つである《ハイパワーフルシュート》によって宙に蹴り上げられたワーウルフさんを、自分は《大跳躍》と《フライ》のコンボで追いかける。このコンボも発動するのは久々な気がするな……まあそれは置いといて、大体同じ高度になった所で攻撃に入る。

 ガンガンガンっと蹴りを何回か入れてから地面に叩き付ける角度で放つ《エコーラッシュ》で〆。蹴りを食らっているワーウルフさんは空中という事もあって、踏ん張れないし回避行動もとれないので自分の攻撃は全て命中。

 だが、《エコーラッシュ》を食らって武舞台に墜落したワーウルフさんはその後すかさず立ち上がって自分を待ち受ける。ありゃ、あまりダメージが通っていないのか? それとも墜落はしたが受身をしっかりとって軽減したのか? が、まだ《フライ》の有効時間は残っている。

 弓に矢を番えて、《スコールアロー》を発動。弓に番えて放った矢は回避されたが、その後に来る追加効果である周辺一帯に雨のように降り注ぐ風の矢はさすがに回避しきれずに防御の態勢を取るワーウルフさん。その隙に自分は地面に着地した。

「蹴りに弓。この様子だとその腰にさしている剣も飾りじゃねえな? 初陣になんて厄介な相手を持ってきたんだよ!」

 なんてこちらにワーウルフさんは言ってくるけど、その声は嬉しそうだったりする。ああ、バトルジャンキーの素質があるんだな、このワーウルフさんにも。まあそうでなきゃ、こんな武舞台に立とうとはしないよな。純粋に見るのが楽しみな人は観戦席から眺めればいいんだから。

 まあドラマとかだと人質を取られたからだとか、奴隷だから戦う事を強要されてるとかの設定? があるけど、ここではそういった事も無いだろう。と、損かことを考えていたら、ワーウルフさんの纏っているオーラの質が変わったような気がする。

「じゃあこっちも行くぜ!」

 そういったワーウルフさんだが、その場から動かない。──と思ったのだが、その姿がわずかに揺らめいた事に気がついた。

(しまった、あれは幻影かっ! 本体うア!?)

 気がついたときには遅かった。ゴズッという音と共に自分は頭部に衝撃を受けてブッ飛ばされていた。ブッ飛ばされたんだと理解できたのは、武舞台をゴロゴロと転がっている自分の体を認識した時である。

(今のは……《トライアングルシュート》か!? 幻影を残して不意打ちの蹴り……自分が使ってきた技だが、こうやって使われると厄介すぎ……ってうおっ!?)

 転がりながらも何とかその勢いを利用して立ち上がったまではよかったが、立ち上がった瞬間自分の目に入ってきたものはワーウルフさんの氷の足だった。慌てて両腕についている盾を構えて防御する。

 当然アーツを使う余裕はなかったので、盾の防御力だけを頼みとした防御方法だ。何とかダメージを少なく抑える事には成功したのだが、衝撃は殺しきれずに自分の体が大きく崩される。そこに間髪入れずにワーウルフさんの拳が自分の顔面に迫ってきていた。

「うほあああっ!?」

 訳のわからない奇声を自分は上げながらも、何とかその拳を首を捻っていなす。グリン、と首をふることで、直撃を回避したのだ。それでも完全にダメージを殺せたわけではない上に、さらに体勢が崩れる。こんな好機をワーウルフさんが逃がす訳がないと今までの経験がほとんど本能のように腰に下げている惑に手を伸ばさせた。そしてもちろん──

「《惑わしの演舞》!」

 と、惑固有のカウンター技を発動していた。間に合うか!?
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