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さあ頑張ろうと思ったら……

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 修理も終えて、ツヴァイ達を見送った後に昨日とほぼ同じメンバーで再び森の中に入る。何事も無く森の前に到着していざ突入とばかりに足を踏み入れた瞬間、背中に冷たい物が走る。この感覚は……今までの経験から、何か途轍もない危険要素がそう遠くないところに存在しているパターンか!?

「全員ストップ! 少し周囲の様子を見たい!」

 大慌てで声を張り上げ、PTメンバー全員の足を止める。当然PTメンバー全員の視線は自分に集中するが、その視線には疑問はあっても疑いの視線は含まれていない。

「どうしました? まさか何か……危険な反応が?」

 カザミネの言葉に頷くことで肯定の意思を示す。ケンタウロスのお二人にも今までの経験を話したうえで、昨日の森とは明らかに様子が違う事を伝える。

「経験者が言う事だ、その意見を尊重しよう。そうするとどうする? 別のPTのように今日の鍛錬は控えて街に繰り出すか。それとも慎重に進み、奥地には踏み込まぬようにするかと言ったことになるのか? 私はどちらでも一向に構わないが。訓練は必要だが、極度の無謀な行動で死んでしまっては意味がないからな、引く事もまた勇気だ」

 シェルフィルさんの意見が飛んでくるが、じぶんはうーん、と唸る事しかできない。今までの経験上、こういった感覚に襲われた時は何らかのとびっきり危険な事が待っていた。今回に限って過剰反応しただけという楽観視はできない。ましてやケンタウロスさん達を死なせてしまったら、完全消滅させてしまう事になるのだから尚更だ。

「でも、今までアース君やノーラがそう言う感覚を覚えたときって、ものすごく危険な事が待ち受けていたんだよね。ボクもシェルフィルさんと同じでこのまま引き返しても文句は言わないよ」

 ロナも意見を出してきた。盗賊系の技能を持つノーラと同行した時の経験もあって、慎重な意見を出してきたな。その後色々な意見が出て来るが、どうにも纏まらない。ある程度の危険は織り込み済みという意見も最もだ。冒険に危険がないはずがない……とは言え、この感覚は無視できない。それならば、こうするか。

「じゃあ、少し自分一人で先行していいだろうか? ある程度周囲を偵察してみてみれば、異常を感じた理由が分かるかもしれない。盗賊の技能があるから、単独でも偵察行為に徹すればそうそう問題はない」

 このまま話していても埒が明かないし、感覚は現在進行形で継続している。何かがあるのは間違いないが、その何かの正体が分からない。即死罠なのか、レイドボスクラスのモンスターが出張ってきているのか、この森そのものが何らかの理由で敵に回るのか。そういった何に対しての警告なのかが分からない。その内容が分かれば、進むか引くかの判断がしやすくなるだろう。

「そうですわね……このまま話し合いを続けてもしょうがありません。アース様、申し訳ありませんがお願いできますでしょうか?」

 自分の提案に、昨日とは違ってミリーと入れ替わりでこちらのPTに入っているエリザが乗ってきた。実はエリザもツヴァイと一緒に居たかったらしいが、じゃんけんでミリーに負けてこっちのPTに入っていた。まあその辺はご愁傷様としか言いようがないが。そして他のPTメンバーもエリザの発言に同調して、自分が単独で先行し探ってくることになった。

「では、頼みます。私達は自分達の妖精と協力してここに止まり、不意打ちを受けないように警戒状態を維持します」

 カザミネの言葉に「了解、ちょっと行ってくる」と返答を返して一人、森の奥に足を踏み入れた。そうして獣道を歩くことしばし……それらしいものにはまだ出会っていない。

(気のせい……じゃないんだよな。まだ感覚は消えていないどころか強まっている気すらする)

 とにかく原因を見つけ出さないとと出来るだけ音を立てずにさらに歩き続けること数分後……それは居た。外見は鹿だが、角を含めない純粋な大きさだけで自分の身長の二倍以上。体は盛り上がった筋肉で筋骨隆々と言った姿。

 それだけではなく、一対の角の間に雷が帯電している様子が伺えた。毛皮も一般的な鹿の茶色系ではなく金色である。感覚もあれが怖ろしい存在であると訴えかけてきているので、ほぼ間違いないだろう。だが、その鹿の恐ろしさはそれだけではなく……

(──まさか、これだけ距離が離れているのにこっちの存在に気がついている? こっちは百里眼の範囲ぎりぎりから見ているのに。だが、あいつの目は間違いなくはっきりと自分を捕えている。こんな大物がこの森に居るなんて)

 もしかしたらPTメンバーの中に情報を持っている人がいるかもしれないので、これ以上の接近は行わずPTチャットで鹿の特徴を全部伝えた上で心当たりはないか? と投げかけてみた。この自分からの情報で鹿の正体に当たりをつけたのはシャルフィルさんだった。

【直接見たわけではないが、アース殿の情報から考えるとこの森に生息している三王の一匹、ジャッジメント・ディアーキングではないかと予想する。基本的には威圧してくるだけで、この森に居る他の二種、これはイノシシの王と蟻の女王だな、この二種に比べればかなり温厚であるとされている。だが、普段は森の最奥に居るとされ、普段は表に出て来る存在ではないはずなのだが……】

 もし目の前のデカい鹿が本当にシェルフィルさんの言う鹿の王だとしたら、なんでこんな所に居るんだろうか? ここはまだまだ森の奥とは言えない浅い場所だぞ? さらに様子を伺うが、お供らしき存在も見受けられない。

【シェルフィル様、その王や女王たちはこの森の中で積極的に争う間柄なのですか?】

 と、これはエリザからの質問。この質問にもすぐさまシェルフィルさんの返答が返される。

【ちょっとしたぶつかり合いが無いとは言えないが、基本的にはあまり干渉しないはずだ。私はこの森には何度も来ているが、今回のようにごく稀にではあるが王が表に出てきた事もある……な。他の仲間も以前にイノシシの王と思われる奴と遭遇したことがあったらしい。だが、その時はすぐさま逃げの一手を取った事で攻撃される事も無くやり過ごしたと言っていたはずだ。アース殿、貴殿もその鹿に攻撃は仕掛けない方が良い。どんなことになるか分からぬからな】

 確かに、ちょっかいを掛けたらまずそうだから手を出さない方が良いだろう。自分一人がやられるのならいいが、被害がPTメンバーにまで及んでしまったらとんでもない事になる。

【しかし、なんでそんな大物が表に出てきているんだ? 鹿達に何らかの問題が発生しているのか? 昨日森の中に入った仲間とも話をしたが、乱獲などをしたという事は聞いていないぞ?】

 リフールさんの言葉に、う~ん。と言った声がPTチャットに流れる。正体は予想できたが、なぜそんな存在がこんな場所に居るのかという謎は解けない。とはいえ、今日は森の中を歩き回るにはリスクがありすぎるか……そのことが分かっただけでも良しとするか。

【とりあえず、今日は森をうろつかない方が無難そうだと思うがどうだろうか? 今日は引き上げて、戦闘訓練をでもしていた方が良いかもしれないな。どうだろう?】

 この自分の意見に反対する言葉はなかった。無謀な行動はすべきではない。別に戦争をしている訳ではないのだから、あまりにもリスクがありすぎる冒険は命を縮めるだけ。そう言う意見が切れ言うにまとまったという事になるな。

【じゃ、これからそちらに引き上げる。そちらには何かあった?】

 引き上げる意思を伝えるついでにPTの様子も聞いておいたが、PTチャットからは【特に異常なし、モンスターに襲われる事も無かったですわ】とエリザからの言葉。それならば問題はないか。

 ならばあとは自分がドジを踏まないように注意しながらPTに合流して、そのあとすぐに森を出て行けばいいだけだ。この場を立ち去る前にちらりと鹿の王? にもう一度視線を送るが、向こうの視線は全くぶれずにこちらを見ていた。

(万が一戦うにしても、不意打ちは難しいか。それにあの角の間にたまっている雷がかなりの威力を秘めている可能性が高い。そして雷はレイジやリフールさんを始めとした前衛が纏う防御力が高い金属系鎧の天敵だ。感電によるスタンで動けなくなってしまったら、後衛を護る事が出来なくなるし、自分自身も危機に陥るからな)

 そんな事を考えつつ離脱。向こうも引く相手に戦いを吹っ掛けるつもりはないようで攻撃をされることは無かった。その後は問題なくPTメンバーの待機している場所まで帰還し、無事に全員そろって森を出た。こちらに向けられていた威圧? も森を出れば消失し、ホッと一息つく事が出来た。

「やれやれ、今日はついてないですね。とはいえ、度が過ぎる無茶をしてはいけませんし……この余った体力は、ハーピーさん達の家の前で行うPvPで使う事にしましょうか」

 このカザミネの言葉通り、この日はログアウトするまでハーピーの家前でPvPを行った。もちろんリフールさんやシェルフィルさんとも戦ってみたが、やはりアイテム無しでの真っ向勝負は分が悪く、自分の勝利率は二割も無かっただろう。まあ、魔剣や強化した《ソニックハウンドアロー》を温存したせいでもあるが……強化したそれらの具合を確かめるのは明日に持ち越しだな。
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出ばなをくじかれる事もあるという事で。
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