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事前会議

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 翌日のログイン。自分はこの人魚の里に来る時に、頭に引っ付く事で同行してたアクアの背中で目を覚ます。てっきりアクアは自分があの川の中に飛び込んだときに個別行動を取ると思ったのだが、実際は自分の頭の上にずーっと居たらしい。情報収集とかに気を取られていた自分は全く気がつかなかった。気がついたのはログアウトする為に横になろうとした瞬間である。

「ぴい?」

 起きた? とばかりにアクアが小さく一鳴き。そのアクアを軽く撫でてから、人魚の里にいくつかある空気のある個室を後にする。今回ここまで来たはいいが、アクアは戦闘面ではお休みだ。何せ丸呑みされてしまったら即死すると言う特徴を持つ相手だけに、うかつに同行させる訳にもいかない。自分は、ログイン時に届いていたメールの内容に従い、今回の戦いをどうするかを決める為に会議場として使われている部屋に向かった。

 そうして人が集まり、始まったその会議にていくつかの事が決定された。まずは、前日に人魚さん達に質問をしたプレイヤーであるゴウさんが、今回の一件で参謀役を務める事になった。ギルド同士の模擬戦でもそう言った役割をこなす事が多いらしく、その能力は高いらしい。今回の戦いは大規模レイド戦として考えるという事なので、指示を出す人が絶対に必要なのだ。

「それでは、よろしくお願いします。戦闘中に納得がいかない指示が飛ぶかもしれませんが、今回だけは従って頂くようにお願いします。敗北してしまえば、この人魚の里が永遠に消滅してしまうと言う悲惨な結末しか待っていないという事も、肝に銘じていてください」

 ゴウさんの言葉に皆が頷く。そうだな、今回は負けが許されない崖っぷちの戦いと考えておく方が良いだろう。

「では、私が音頭を取る形で今回の会議を行わせていただきます。まず、偵察をお願いしておいたマーマンの方や人魚の方が戻ってきています。彼や彼女に、今回討伐すべき赤鯨がどうしているかの報告をお願いしようと思います」

 ゴウさんの言葉を受けて、会議の場に上がってきたのはマーマンの男性と人魚さんが一人づつ。先に報告を始めたのはマーマンの方だった。

「偵察してきた事の内容を発表させてもらう。少々胸糞悪い事も含まれているが、それも理解したうえでお願いする。私とこちらの人魚のペアで、連中に見つからないギリギリの距離まで接近し、偵察していたが……奴らはますます横暴に、かつ暴れ方がひどくなっている。目に入った魚たちは次々と丸呑みし、空腹が癒えてもそこからさらに口から放つ水魔法にて惨殺を繰り返す始末だ。お蔭で奴が通った後は、無数の死体と血が漂う光景ばかりが繰り広げられた」

 ──胸糞悪い、という前置きをする訳だ。それにしても色々とおかしい。普通空腹が満たされれば、それ以上命を奪わないってのが野生のおきてではないのか? 自衛のためになら解るが、報告内容からはそんな感じは一切しない。本当に虐殺しているんだろう。

「さらに、同族と思われる鯨の群れたちにもお構いなしとばかりに襲い掛かっていた。鯨たちも負けじと応戦していたが……最終的には鯨達が数匹の生き残りを残して死滅。その光景の中で、赤鯨の三匹は……我々の言葉で表現をするのであれば、『げらげらげら』と言った感じの笑い声をあげていた。明らかに命を繋ぐための殺生ではなく、殺しを楽しんでいるとしか考えられなかった。戦っていた鯨達も水魔法やら体当たりと言った手段で赤鯨に攻撃を仕掛けてはいたが……魔法の方は全くと言って良いほど通じていなかった。間違いなく、水魔法はあいつらに通用しない」

 これは人魚さんの報告。こりゃ予想以上のペースで海に生きる生物ががた減りしているな。早めに何とかしないと……

「という報告を先に受けて、私の伝手て泳げる戦士をさらに募集しました。とにかく、固くてでかい鯨が相手である以上、一定以上の戦える人員を増やして休ませずに削り取ると言う手段を取るしかありません。また今回の戦闘時においては空気の補給を受けると言う意味でも、一つのPTに二人の人魚さんと同行してもらう事になります。撤退するにしろ攻めるにしろ、水中戦という状況の為、人魚さんとの連携は必須ですから」

 マーマンさんや人魚さんの報告が終わった所に、ゴウさんからの報告。確かに、二十人とあとからやってくる人を加えてもそんな報告にある化け物相手では厳しい物がある。とにかく数を増やし、削る為の手数を増やさないとどうしようもないだろう。策と言う物は、ある程度の戦力があってこそ生きる物だしな。どんな有能な軍師であっても、何の戦力も無ければ勝利につながる青写真を描くことはできない。

「募集を掛けたという事だが、大体赤鯨を討伐するために集まる人数は、何人ぐらいになりそうなんだ?」

 そんなゴウさんに質問が飛ぶ。そうだな、大雑把でいいから参加する人数は知っておきたいな。

「そうですね、最終的に大体百二十人前後になりそうです。呼びかけに答えてくださった方が結構いらっしゃいましたので。これで当初は一匹に割ける人数が二十人前後の見積もりだったのですが、その倍にまで増えました。また、エンチャントが出来る魔法職の人もそれなりに参戦してくれそうですので、勝率は最初の予想より上がっています」

 百二十人前後か、本当に大規模戦闘となりそうだ。

「ちょっと質問良いか? その百二十人が揃うまでどれぐらいかかりそうなんだ? 今回はこちらから特定の場所で待ち構えているレイドボスを倒しに行くって形じゃない。防衛すると言うパターンだ。だから、赤鯨が突如こっちにやって来ちまったらかなりやべえ。現状では、まだ二十人しかいねえんだぜ? だからこそ一刻も早く戦力を集結させねえと」

 そんな質問がゴウさんに飛ぶ。これはもっともな話だな、今回は攻めるんじゃなくて、この人魚の里を護りつつ赤鯨を倒さなければならないんだ。最終的二百二十人になるとはいえ、人魚さんやマーマンさん達が赤鯨に食われて死滅し、この人魚の里も完全崩壊した後に揃っても遅すぎる。

「人数ですが、あと一時間もすれば八十人がこの人魚の里に到着する予定になっています。これで先行した我々を含めて百名。百名いれば、最悪強襲されても抵抗はできるでしょう。残り二十名は、補給物資をかき集めた後に来るので、もう少しかかりそうですが……物資の枯渇は詰む事になる展開を迎えてしまう第一歩なので、これもおろそかにできません。なので、まずは百人で動くと考えてください。そして赤鯨と何度か追い払う目的を兼ねた戦いを行う事でより詳しい敵のデータを集め……討伐する形になります」

 現時点で分かっている赤鯨のデータは、やたらと装甲が固い事と、魔法抵抗力がある上に水魔法が完全に効かないと言うこと。そして丸呑みされたらおしまいと言った所か。そして肝心な事は、まだここに居るプレイヤーは赤鯨を直接見ていないという事があげられる。大きさやどのような動きをして来るのかなどの情報はやはり一度見てみないと、何とも言えないか。

「ゴウさん、今赤鯨はどの辺に居るのかとかは代々で良いから予測がたっているのか? もしかしたら、奴らが今ここを目指している可能性だってあるぜ?」

 また別のプレイヤーから声が上がる。そう言った情報も大事だな、相手の位置がわからないと突如この人魚の里に強襲された! なんて事になるんだし。

「それは、人魚さんとマーマンさんの全面協力によって位地は特定できています。その分、赤鯨による惨殺現場を見せ続ける事になってしまっているのが心苦しいのですが……こればかりは仕方ありません。やってもらわなければ、こちらがやられてしまいます」

 こういう時、今の世界における監視衛星とかの恐ろしさを理解するな。移動せずに状況が分かるってのがどれだけとんでもないか……情報は力である。その情報を、全く動くことなく見る事が出来ると言うのは凶悪の一言だ。そしてそれをいかに誤魔化すかの技術開発が始まり、またそれを暴くために技術が進歩して……考えるのを止めよう。今は関係ない。

「そうなると、今こっちが出来るのはいつでも戦闘に入れるように準備しておくことと、不測の事態に対応するための覚悟って所?」

 この言葉に、ゴウさんも「そんなところですね、幸い今の所赤鯨はこの人魚の里とはまったく違う方向に進んでいる様です。犠牲となっている海の皆さんには申し訳ないですが……それは我々が仇を取るという事で納得してもらうしかありません」との返答。とにかく、あと一時間まって、更なる人員の合流が行われないとどうしようもない、か。
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