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赤鯨討伐開始

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 そして翌日。ニテララさんの手によって新しく生まれ変わった槍を持つ人魚さん四十名。そしてプレイヤー百二十名による赤鯨討伐がいよいよ開始された。当初の予定と異なり、武器を得て戦士として戦える人魚さんが四十名も増加したおかげで、こちらの戦力はかなり増強された。その一方で、まだ自分がひそかに支援要請を出したヒーローの六人は姿を現さない。こちらに向かったとのメールは貰っているのだが……一応ゴウさんには、ヒーローズが後から来る可能性がある事を伝えておいた。──ヒーローで通じるあたり、やっぱり有名人なんだな。

 今は、すでに人魚の里から出陣して赤鯨がやってくる方向を向いて陣を構えている。赤鯨のやって来る速度などは、人魚さん達による偵察部隊が情報を飛ばしてくれているので間違いはない。叩きの火ぶたが切られるまで、あと五分あるかないかという緊張感が高まって来る状況下である。そのプレッシャーがちょっと胃に来る。何度経験しても、こういう大物と対峙する前の張りつめた空気と言う物には慣れる事が出来ない。

(緊張しすぎじゃない? 大丈夫なの?)

 ──ルエットか。

(こればっかりは、どうにも。それに、負けても出直せばいいという訳には行かない背水の陣でもあるから気楽に構えようという訳にもいかないという状況がな)

 せめて緊張をほぐすべく、口にの中に少量の食べ物を入れてゆっくりと噛む。ガムがあれば一番なんだがな……心拍数が高まりすぎた時には、こうやって何かを噛むと言う方法は有効だ。噛む事により、落ち着きを取り戻して心拍数を下げるのだ。大リーグのプロ野球選手でも、ガムを噛んで落ち着くという手段を取る人は時々いる。

(気持ちは分からなくもないけどね。それでも最初の時に比べれば人数は増えたし、ある程度の情報も手に入ってる。後は全力を尽くす、それだけね。周りに居る人達の中にも、切り札の一枚二枚持っている人は多数いるはずだし。自分一人で背負い込む必要はないのよ? 前の時みたいにね)

 前の時というのはいつのころを指すのかが分からんが……こいつは長い付き合いだから、いろいろな戦いの記憶を収めているはず。そうなるといくつか思い出す事もある……そう、苦い思い出や助ける事が出来なかった悔しい記憶を。

 そんな記憶がよみがえってきていた自分だが、ここで「来るぞー!」の声で回想を中断する。〈百里眼〉を、赤鯨がやって来ると予測されている方向に向けて発動すると……確かに三匹、赤黒いデカい鯨がやってきている。

「全員配置について下さい! 投網班だけは隠れて投げる機会を逃さぬように! 投網で奴の尾をある程度封じる事に成功したことを確認したら、打ち合わせ通りに分断作戦を実行します! 赤鯨が三匹固まっている状況は好ましくありません! 必ずある程度引きはがしてから戦闘に入ってください!」

 ゴウさんの指示も飛ぶ。今回の作戦は、赤鯨一匹に対して五十人少々のチームで討伐する。複数の赤鯨を同時に相手どると、水流をかき乱される技を交互に打たれるだけで反撃できるチャンスがほぼ無いだろうという観点から分断作戦を取ることになった。最初は百人で一匹を相手にしたのだから、一人に対する負担は大きくなっているが……その分赤鯨のやって来る行動内容や、効果のある攻撃方法が分かっているのだから何とかカバーするしかない。

 そしてとうとう皆の前に姿を現す三匹の赤鯨。前回戦った奴は左の奴かな? 他の二匹と違って、やや傷ついている。全快はしていないのかも知れない。武器を構えるプレイヤー&人魚さん。その行動に呼応して「buururu……」と低いうなり声を上げる赤鯨。そこから一瞬のにらみ合い? を挟んで、いよいよ人魚の里が護られるか否かの戦いが幕を開けた。

 まずは機動力の高い人魚さん達が、その足を生かして強襲を掛ける。一方で赤鯨達は人魚さんをあまり気にしていない様子。前に戦った時に人魚さんの持つトライデントが一切突き刺さる事がなかった為だろうか? 無駄な事をよくもまあやるもんだ、というような感じで……赤鯨達の視線? は今だプレイヤー側に向けられている。そしてその舐めた行動が仇となった。

「アタシ達を、侮るな! 借りは返させてもらうよ!」

 そんなアリーンさんの声と共に、人魚さんの戦士達が赤鯨目がけて蒼く輝くトライデントを突き出す。〈百厘眼〉のお蔭で、その突き出されたトライデントが赤鯨の皮膚を貫き、深々と突き刺さる様子をはっきりと確認できた。やはり、新しい力を手に入れたあの蒼海鋼で出来たトライデントは赤鯨に通用する。複数個所を貫かれた赤鯨達は、一斉に悲鳴を上げて人魚さん達を睨む。そしてその注意がプレイヤーから人魚さん達に向いた瞬間、ゴウさんの左手が高く上がる。

「今です!」

 どこぞの三国志軍師が言いそうな言葉と共にゴウさんの上げられた左手が勢いよく下ろされ、隠れながら後ろに回っていた投網班が、鋼鉄で出来た投網を赤鯨の尾掛けて投げつけた。複数投げられたその投網は、何とか三匹の赤鯨の尾に引っかかった。命中率はあまり良くなかったようだが、一つもかからない赤鯨がいるという事態だけは避けられた。

「分断作戦を開始します! 挑発系スキルもちの人と、足となる人魚さんのペアは迅速に動いて下さい! ここを失敗すると一気に不利になります!」

 そのゴウさんの言葉に従い、挑発スキルもちのタンカーさんを抱えて出撃していく人魚さんのペア複数。彼らが挑発スキルで赤鯨をバラバラに分断し、一体VS複数の図式に持ち込むのである。もちろんボス級の敵が相手なので通用しなかった場合は他の手段も考えられていたが、今回は挑発アーツが効いてくれたのだろう。雄叫びのような声を出して、三匹はばらばらの方向に泳ぎだす。が、鋼鉄の投網によってその速度はかなり遅い。上手く投網が尾の動きを制限してくれている。

「挑発による分断、投網による速度低下作戦は成功しています! これにより第一次作戦は成功したと見なし、予定通りに第二次作戦である赤鯨各個撃破へと移ります! 人魚の皆さんの力を借りて、予定地である各予定地に急行し、赤鯨を倒してください! 倒した後は回復したのちに倒せていない個所への援軍へ向かうようお願いします! 各自行動開始!」

 挑発しているプレイヤーは、人魚さんの力を借りてやや遠回りしてくる事になっている。その遠回りして時間を稼いでいるうちに、指定された戦闘予定地へと皆が動く。その戦闘予定地は、ある程度身を隠せる岩などがあり、吸い込み攻撃を行われたとしてもしがみ付けるようになっている。この戦闘予定地は、ゴウさんや人魚さんが捜しあててこの日のためにある程度整地まで行っておいたらしい。場所の発表が戦闘開始三十分前とぎりぎりだったのは、その調整に時間がかかったのだろう。

 人魚さんの助けを借りて戦闘予定地に到着する。自分は右側に居た赤鯨の担当組に編入されている。まあ、どこに配置されようと大差はないんだけどね……各自、挑発しながら引っ張っているタンカーさんが稼いでいる時間を利用して戦闘準備を行っている。さらに、後から来た生産に重きを置いている人達は、簡易の水中用バリスタらしきものを組み立てている。細かい理屈は分からないのだが、銛を撃ちだす水中銃のような仕組みらしい。ただ、どうしても小型化が出来ないらしく、攻城兵器さながらのサイズになってしまったらしいが。

 やがて「そろそろこっちから来るぞー! 構えろー!!」という声が。全員が指定された方向を向き、武器を構えてから二十秒後ぐらいに挑発していたタンカーの人と、背負って泳いでいた人魚さんが姿を見せる。背負っていた人魚さんはかなりヘロヘロになっており、タンカープレイヤーをパージするかのように背負っている状態から外して地面に降り立つ。荒い息を吐いている所から、かなり限界に近い所まで力を振り絞っておよぎぎったんだろう。そして、その数秒後に赤鯨がその姿を現した。ここまでは作戦通り、後は倒すだけだ。

「行くぞおらー! 絶対に射線上に立つなよー!」

 すでにでかい銛の様な矢を番えた水中版バリスタモドキが早速発射される。組み立てるとその場から動かせないので、いきなりぶっ放したようだ。どうせ最後まで運用出来るわけがないと割り切り、さっさと重い一発を入れる使い方だ。それに戦いが進めば一体のでか物の周囲に大勢の人が集まる事で射線が取れない可能性も高い。その時にいちいち射線上から~なんて叫んでいたら赤鯨に察知されてしまう。だからこそ、水中バリスタモドキは初手の一発に使われた。

 その銛の様なデカい矢は、水中だと言うのに勢いよく飛んで赤鯨のうねの部分に命中する。しかし、赤鯨を大きくのけぞらせた事とは裏腹に、多少矢の先が突き刺さった程度しか貫けていない。先ほどの人魚さん達の新しいトライデントによる攻撃よりも刺さりが甘い。矢の材料が何を使っているのか、見た目からは予測できないが……こんな所にこんな手間をかけてまで持ってきたのだから、安物の金属ではないはず。それでもあれぐらいの効果しか出ないのか? 

「一発で駄目なら十発ぶちこむだけよ! 次行くぜぇ!」

 再び打ち出される銛のような矢。しかし次の矢も佐多理はするが不覚は突き刺さらない──と思いきや、突如爆発を巻き起こして赤鯨の一部が水泡で包まれる。なんか、こういう弾が現実にもあったな。それをこのワンモア世界で再現したのか? 矢がでかいから、仕込めた爆発物の威力も半端じゃない。衝撃で踏ん張らないと転びそうになったぞ。

「テメーの体が頑丈だって事前情報は入ってるんだぜぇ! それでも突き刺去った所に、矢の後ろから爆発でさらに押し込んでやりゃさすがに効くだろぅ?」

 なるほど、爆発はダメージを取るためってのはあくまで二次的な効果で、一番の狙いは僅かでも刺さった矢の先をさらに押し込むためか! それは効きそうだな。が、そんな強力な武器を放置する敵など居ないわけで……

「バリスタから離れろ! 狙われてるぞ!」

 そんな叫び声が聞こえた直後、水圧を上げてウォーターカッターの様にしてバリスタモドキに赤鯨が攻撃を加えた。この攻撃でバリスタはあっけなく壊れ、バリスタを動かしていた三名のうち二人が体を真っ二つにされてリタイアという結末に。

「馬鹿がっ! ちっとばっかり自分の作品が相手に通じたからって浮かれやがって! 他の奴らも気を引締めろっ! 油断したら一瞬であんな死に方をする事になっちまうぞ!」

 赤鯨討伐右側担当班、残り五十一名。
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いきなり二名脱落。
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