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VS赤鯨その2

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「おい、ぼさっとするな! 一か所に固まってたらさっきの攻撃で薙ぎ払われて即座に全滅だ! 適度に散開して攻撃を始めろ! ここで負けたら取り返しがつかねえんだぞ!?」

 その誰かの声に、皆がの意識が戻ってくる。そして戻ってくれば行動は早かった。即座にPT単位で散開し、適度な間合いを取る。

「それから、持続時間が長くて水中行動に問題がない変身持ちはさっさと変身しろ! 持続時間が短くて一発性の高い変身はやばくなるまで温存だ!」

 誰の声かは分からないが、行っている事は正しいので皆が従う。これによりプレイヤーの半数が変身形態をとった。大半がヒューマンビーストだったが、女性プレイヤーの何人かが人魚に変身していた。おそらく女性限定で、人魚さんと親しくしていると教えて貰えるんだろう。

「準備が整ったら攻めろ攻めろ攻めろ! 攻勢が途切れたら、こっちの負けになっちまうぞ!」

 その言葉と、プレイヤー&人魚さんが攻撃を始めたのはほぼ同時。プレイヤーの魔法が飛び、人魚さん達が距離を詰め、赤鯨も水魔法を飛ばしてくる。赤鯨は更に噛みつきやさっきのバリスタを壊した時と同じようなウォーターカッターをブレスの様に吐き出したりして攻撃してくるため、真正面に立つのは主にタンカー役。そしてそのタンカー役でもまともにウォーターカッターを食らうと一発消滅は免れない可能性がある為、タンカー役は盾で受け止めるのではなく受け流す事に専念している。

 一方で自分のPTは、PTを支援してくれている人魚さんの力を借りて側面に回り、攻撃を仕掛けると言う数日前と同じ動きを取っている。元々そう言う風に動いてくれという指示であったし、接近戦は人魚に変身したプレイヤー&人魚さんが担当してくれているので、機動力に劣る自分達が言っても邪魔になるだけだ。数日前に蒼海鋼によって融合し、強化された靴によって水中移動が楽になった自分だが、それでも前の前でめまぐるしく動き回る前衛の機動力には追いつけない。それに加えて、タンカー役が引きつけきれない水魔法の余波が飛んでくるので、それを自力で回避しなければいけない事がさらに難易度を上げる。

「こいつ、この前の奴よりも魔法の効きが悪いぞ」

 戦闘が始まって数分後、きわどい状況が続いていた最中にPTメンバーの魔法使いがそう漏らす。

「やっぱりそんな気がするよな。この前の赤鯨に一回の魔法で与えられるダメージが百だとすると、こいつには七十前後ぐらいしか効いていないような気がするぜ」

 む、結構具体的な数字が上がってきたな。自分は惑で攻撃を仕掛けているのだが、そこまで高い抵抗を受けているような感じはしない。しかし、そうなるとむやみに攻撃しすぎるとターゲットがこちらに向いてしまう可能性がある、か。そうならないように多少攻撃を仕掛ける回数を減らしてバランスを取る必要があるか?

「それでもガンガン魔法を打ち込むしかないだろう。近距離戦何て俺達にはできねえんだし、少しでもダメージを稼いで出来る限り早く倒さないとタンカー達が耐えられねえぞ。現に、あれだけ受け流しに徹しているってのに、回復魔法が追い付かずにタンカー連中のポーションを口に運んだり体に振りかける回数が徐々に増えてきている。あいつらが倒れたら、そのまま蹂躙されちまう……とにかく今できる事を全力でやるしかねえよ!」

 もっともだ。割り振られた役割を全力でやるのがレイドボスとの戦いで重要な事だ。しかし、先程のPTプレイヤーが指摘した通りタンカー役の負担かかなり重い。ヒーラー役のプレイヤーや人魚さんも必死に回復魔法をかけているが、表情から察するに回復が追い付いていない。赤鯨は水魔法をまるでショットガンの様にばら撒いてくるので回避はかなり難しいし、盾のアーツを発動するタイミングもかなり難しい。それに加えて時々即死級の威力を持つウォーターカッターを吐き出してくるのだから気の休まる時がないだろう。

 ただ、尾に絡まった鋼鉄の投網のお蔭で、急速な加速と巨大な体を生かした突進行動をされていないからこそこうして持ちこたえる事が出来ているんだろうが……あの鋼鉄の投網を使う事を考えた人は本当に優秀だ。現状の攻撃に加えて、急加速による突進までされたら絶対にタンカーが攻撃に耐える事が出来なかった。そんな手段を使ったうえで苦戦しているんだから。タンカーの契約妖精が少しでも耐える為に前にウォール魔法を使って支援しているが……そのウォールも十秒持つか持たないかの状況だ。しかし、それでも貴重な時間を稼いでいることに違いはなく……何とか踏ん張っている形だ。

(ルエット、向こうの状況を詳しく知ることは可能か?)

 チラッと見ただけでもそれだけの状況かに置かれ、苦しい状態になっている事は明白。そしてあのタンカーチームが崩壊したら一気に旗色が悪くなる。それは何とか避けなければいけないので、ルエットにより詳しい状況を見れないか? と頼んでみる。

(──数人、あそこで粘っている人達の支援に向かったわ。それでおそらく回復が間に合うようになると思う。でも、それはあくまで現状からの予測ね……このまま赤鯨がゆっくりと体力を削られ続けてくれると思う? 私はそう思わない)

 そうか、他の人が支援に向かってくれているのであれば変にちょっかいを出さなくてもいいか。状況によってはルエットを呼び出して、あっちの支援に向かわせなきゃいけないと考えていた所だからな。とりあえず現状で粘れるのであれば、このまま攻撃を続行するればいいだけ──

「吸い込みが来るぞ! 何かにしっかりとしがみ付けー!」

 そんな大声が、自分の思考を停止させる。赤鯨の行動を見ると、確かに吸い込み行動をする全長が見えた。こいつはまずい。全員慌てて杖などを背中に背負ったりアイテムボックスに突っ込んだりして近場の岩にしがみつく。近接戦闘を行っていた人達も大急ぎで下りて来て、岩場にしがみ付いて行く。そして行われる赤鯨の吸い込み。周囲の水や海草などが次々と赤鯨の口の中に消えてゆく。数秒後、『ゴフゥ』という感じの声を出して吸い込みが終わる。吸い込みが来ると言う素早い警告のお蔭で、吸い込まれてしまった被害者はゼロ。

「攻撃を再開するぞ! 吸い込みの予兆が見えたら、誰でもいいからさっきみたいに大声で警告を飛ばせ! 勘違いでも責めない! 恐ろしいのは勘違いを恐れて被害を大きく出してしまう方だからな!」

 という声も聞こえる。吸い込まれたら即死なんだろうし、来る予兆を見つけたら遠慮なんかしないで警告を飛ばすべきだ。さっきの吸い込みだって、警告が遅れたら絶対に被害者が出ているはずだ。特に赤鯨に対して接近戦を仕掛けている前衛には、赤鯨の口付近なんて見えっこない。赤鯨の背中に張り付くという手段もあるかもしれないが、それは誘いで背中から突如でかい口がぱっくりと開くとかの可能性もある。赤鯨と一般的な鯨を同一な者として考えるのはまずい。ましてやこんなボス級の敵なんだから、厄介な技をあと一つや二つ隠し持っている可能性は十分あるだろ。油断はできない。

 さらに数分間、攻撃力をやや下げても支援を厚くしたことでタンカーチームは完全に持ち直した。事故による被弾で攻撃を仕掛けている前衛組がある程度負傷したが、これも魔法やポーションを利用することで即座に回復することで前線に復帰している。だが、やっぱりと言うかお約束というか……赤鯨もこのままでは倒せないとしびれを切らしたんだと思うが……いよいよ鯨らしくない行動を始めた。

 まず、体に複数の刃を浮かび上がらせた。この時点で十分おかしいんだけど、さらにその刃は赤鯨の表面を滑るように動く……刃の長さは大雑把に見積もって五メートル程か? この刃のせいで、近接攻撃組が攻撃できる機会が大幅に減ってしまった。迂闊に近づいて攻撃すれば、刃で体が真っ二つだ。

 それだけではなく、水魔法の威力が跳ね上がったらしい。再びターゲットを引き受けているタンカー達が崩れ始め、慌てて支援を行う組が増える。そして、その支援をしている組に対して赤鯨は氷でできた魔法の槍を飛ばしてくる。それをタンカーがかばう事でダメージを負うという悪循環。

 奴は、完全に狙って来てる。こちらの陣形の持つ意味を理解して、挑発系スキルの切れ目に狙われたら困る急所をついて来ている。こちらが一回戦って赤鯨の攻撃方法を学んだように、こいつも戦いの中でこちらのやり方を学習したんだ。それに、徐々に挑発スキルの効果が落ちてきているのも感じた。不味いぞ。

(ルエット、このままでは持たない! 出番が少々早くなってしまうが、頼めるか?)

(──切り札を切ることになっちゃうか。もう少しアイツへのダメージが蓄積したところで一気に押し切りたかったけど、そうそう上手くはいかないわね。いいわ、ここは新しい力を得た私が出るわ!)

 新しい力、だって? ちょっと不安にもなったが、今はその言葉に頼らせてもらおう。それに、赤鯨だってあれだけ色々やり始めればかなりのエネルギーを使っているはず。ずっとあんな風に複数の刃を体の表面で動かしつつ高威力の水魔法を何時までも連射し続けることは出来ない──と思う。そのガス欠になった所を叩けば勝てる。この世界はどんな奴でも、使えるエネルギーには限りがある。ずっと前に戦った老ドラゴンのエメルも、風のドラゴンブレスを吐いた後は苦しそうにしていたからな。こいつらだけ例外ってのも多分あり得ない。

「新しく生まれ変わった私、今ここに登場!」

 考え事はぽわっという感じの音に中断させられた。そして自分の隣には、一言で言うと黒く光る重騎士の鎧を着たクィーンがいた。なにこれ、「くっ、殺せ」とか言えば一部の人が非常に喜びそうなんですが。そして手に持っている武器は……杖?

「唐突だけどもいざ乱入! 赤鯨よ、覚悟なさい!」

 大きな声で言うので、他のプレイヤーや人魚さん達の視線が一斉にこっちを向く。そりゃ、突然そんな声が聞こえてきたらびっくりするよねえ。そんな視線を受けても一切気にした様子も無く、ルエットは杖を構えて赤鯨に突撃する。早い、人魚さん達とほぼ変わらないスピードが出ている。

「そしてえ、これがあいさつ代わりの一発! どーんとプレゼントぅ!!」

 なんかあいつ、滅茶苦茶テンション上がってんなー。戦場の空気が色々と壊れた気がするけど。と、とにかくルエットは、杖を頭上に振りかぶり、なんだか球状の形にエネルギー……っぽいもの。──多分魔力かなにかなんだろう──を集めて、一本の刃の上から叩き付けた。ベキィ! という音と共に砕ける刃。直撃する魔力のメイスっぽいもの。今までの中で最大の悲鳴を上げる赤鯨。というか、赤鯨に打撃攻撃ってあんまり効かないはずなのに、あの悲鳴はなんだ?

「前衛攻撃班、遠距離攻撃班! 赤鯨の胴体の上で動いている刃を狙ってみろ! もしかするとそれは文字通りの諸刃の刃なのかもしれねーぞ! あとその乱入者は赤鯨と戦うようだから手を出すなよ!」

 なるほど、それはありうるかも。それにルエットの一撃で激しく動いていた刃の動きが大きく鈍った。今の状態なら狙えるかもしれない。自分は惑いを鞘に納めて重撲の矢と生まれ変わった伏虎の弓改め、蒼虎の弓を取り出した。
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今回の雨台風、非道にも程がある。
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