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VS赤鯨その3

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「何で弓なんか取り出してるんだ? 水中じゃ意味がないだろう?」

 PTメンバーにそう言われるが、ここはあえて無視をする。結果を見せれば納得してもらえるだろう。重撲の矢を番えた蒼虎の弓も、自分が戦意を高めたと判断したようだ。いくつかの場所がスライドし、蒼い虎のような模様が浮かび上がる。狙いは……動きの鈍い刃の一つ。もう少し右に……少し左。後はタイミングを計って……

「砕け」

 放たれた矢は水の妨害など受け付けず、勢いよく虎のオーラを纏って飛んでゆく。そして自分が狙っていた刃に命中。この一矢で刃を砕くことは出来なかったが、更に動きが鈍ってヒビも入る。そしてそれを前衛の人が見逃すはずもなかった。

「もらったああ!!」

 振り抜かれる槍によって刃は貫かれ、ヒビが走って砕け散る。再び上がる赤鯨の悲鳴。良く見ると、赤鯨の目には涙が浮かんでいる。そのこぼれる涙まで赤いと言うのが不気味だな……血涙とはまた別物なのだろうが。まあ、それはどうでもいい。とにかくこの弓の試し撃ちと赤鯨に対してダメージを与える事には成功した。

「さっきの攻撃をやった後衛の人、他の刃にもやってくれ! すげー狙い易くなったぞ!」

 リクエストされたのであれば、応えなきゃいけないな。再び蒼虎の弓に重撲の矢を番えて放つ。百発百中とはいかないが、それでも八割は命中させられる。刃の動きはどんどん鈍くなってきているし、赤鯨の方はダメージに耐えるのがいっぱいいっぱいらしくて、水魔法すらほとんど飛んでこなくなった。なので刃の破壊はサクサク進むようになった。しかし、レイドボスの攻撃としてはぬるいよな? これはまだ何かしらの隠し玉があると見ておくべきだ。

「さっき呼び出した存在は何なのかとか、何でその弓、水中でも使えるんだとか、色々と話を聞きたいが……質問は後回しだな。この調子で押し切っちまおう」

 ルエットや弓の事を聞きたそうにしているPTメンバーだが、今はとにかく目の前のボスを倒すべきと割り切ったようで質問は飛んでこない。そのまま戦うこと数分、最後の刃が砕かれる。さて、次は何を仕掛けて来る? 赤い涙を流し続ける赤鯨であったが、ここで悲鳴とは違う声で大きく一鳴き。当然その行動を見て、プレイヤーは全員身構えて……居たのだが、近接戦闘を行っていたプレイヤーや人魚さんが突如ブッ飛ばされた。

「何が起こった!? 全員警戒するんだ!」「おい、大丈夫か!?」「ああ、吹き飛ばされたがダメージは無い! それよりも奴から目を離すな!」「何あれ……流していた赤い涙が……繋がって行く?」

 色々な言葉が交錯する中、赤鯨はその体の表面に赤黒いオーラを濃密に纏い、先程から流していた赤い涙を一本の鞭のようにつなげて動かし始める。当然両目から赤い涙を流していたので、その赤い鞭? は二本ある。そして、その鞭がこちらに対して振るわれた。

「アブねえっ!」「いったん距離を取れ! タンカー部隊は注意を引いてくれ!」「岩を盾にするんだ! 今はむやみに突っ込むな!」

 慌てて前衛部隊は岩陰に身を隠し、鞭の攻撃から逃れる。そしてタンカー部隊に注意を引いてもらう……はずが、ボスがタンカー部隊に対して攻撃を開始せず、前衛を担当していたプレイヤーや人魚さんに狙いを定めて鞭を振るい続けている。鞭の攻撃によって岩が徐々に砕かれてきており、あのままでは攻撃を食らってしまいそうだ。ルエットも分が悪いと見て、いったんこっちまで引き上げてきた。

「タンカー部隊、早く注意を引いてくれ!」

 前衛担当者から、そんな悲鳴交じりの大声が聞こえてくるが……タンカー部隊は先程からアーツを何度も発動している。まさか、これは……

「ダメだ、何度挑発アーツを仕掛けてもこっちに反応しない!」「手持ちの挑発系アーツをすべて試したがピクリとも反応しねーぞっ!?」

 ついに、挑発系アーツで相手をひきつけて耐える事で、他の攻撃力が高いプレイヤーにチャンスを作ると言う戦法が赤鯨に対して通じなくなったという事か。そんな混乱のさなか、赤鯨の鞭によって身を隠していた岩を砕かれ、前衛の二人がからめとられてしまった。体と足を搦め取られて引きずられるプレイヤーと人魚さん。まさか……

「だめ、この鞭の拘束が解けない!」「この野郎、離しやがれっ!」

 拘束されてしまった二人は必死で抵抗しているのだが、一向にほどける様子がない。慌てて他の近接戦闘が出来る人たちが追いかけて、鞭に攻撃を仕掛けているが解けない様だ。もちろん赤鯨の目に接近して鞭の根元付近を攻撃しようとしている人も居るが、再び再開された水魔法によって妨害されて近寄る事が出来ないでいる。後衛は前衛が攻撃対象の近くに大勢いる為に、射線が通らないので攻撃の仕掛けようがない。

 それに、プレイヤー同士なら攻撃を加えてもダメージが通らないが、こっちの世界の住人である人魚さんにそのルールは適用されないことから、フレンドリーファイアを恐れて魔法が打てない。ルエットの得物や魔法も馬鹿でかいのが災いして、この状況に対応できない!

「このまま食われてお終いかよ!?」「冗談じゃないわよ!」

 そして引きずられた二人は、赤鯨の目の前に連れ去られ……ゆっくりと開く赤鯨の口。そうか、奴はまた学習したんだ。ただの吸い込みでは岩に張り付かれることで凌がれてしまう。そして刃を出しても対応される。ならば防御力を高めて耐え、鞭というか触手というか……とにかくそういった物で捕えて一人一人確実にゆっくりと食らっていけば良い、と。もし捕まえていない者が助けに来ても、岩の無い水中であれば一気に飲み込めるから問題も無し、か。

 そして徐々に吸い込みを始める赤鯨。救出したいのはやまやまだが、ここで一緒に飲み込まれてしまえばそのまま終了となると判断されて誰もが止む無く岩場にしがみ付く。捕まっている二人もその事情を察したのか、悔しそうな表情を浮かべるがこちらを罵るような言動は無かった。吸い込みが強くなると同時に、赤鯨は二人の鞭による拘束を緩めていると思われる。

 だが、それをそのまま赤鯨の思い通りに実行させるつもりは、自分にはなかった。アイテムボックスから、ずっと昔に作り出して使い道を見つけられずに放置していたビンを三つほど取り出して赤鯨に向かって軽く投げる。吸い込み行動を行っていた赤鯨は、拘束がまだ完全に解けていない二人よりも先に、その小さなビンを呑み込んだ。さて、スリー、ツー、ワン……fire。

 グボゴブゴバァ!! 「higyaaaaa!?」

 赤鯨の口の奥から大量の泡が吐き出され、痛みにもだえ苦しむ赤鯨。その痛みによって拘束がさらに緩んだようで、拘束されていた二人が脱出……というより口の中から出てきた衝撃によって吹き飛ばされ、そのまま海の向こうに投げ出されるような形で飛ばされてゆく。死にはしないだろうが、ここに戻って来るには少々時間がかかるかもしれない。

「──さっきからいろいろ突っ込み所が多かったが、とりあえずボスを倒すまでは置いておこうと思ってた。思ってたんだが……さっき、一体何を投げた!?」

 ああ、やっぱり聞かれたか。まあ無理もない、特大の爆発が赤鯨の中で発生したからなあ。爆発した瞬間、ボコッと赤鯨が膨れ上がったし。その痛みのせいか、赤鯨は口をぱっくり開けたまま発音しずらい音を出している。無理やり人間に当てはめるなら「こー……かっかっかっ……けこかかっ……」というような感じ。当然その音に意味など全くないはずだ。とは言え赤鯨が口を開けている以上、この行動が演技であり、近寄ればそこを狙って吸い込み攻撃を仕掛けて来る可能性もあるために、お互い手出しができない状況が出来上がっている。

「さっき投げたのは、コレだ」

 その状況を確認してから、自分は先程投げた危険物をPTメンバーの前に提示した。そのアイテムの名前は『ヘルマインオイル』。これは、ずーっと前に強化オイルを作り出す時にできた副産物で、威力がありすぎる、爆発範囲が広すぎると言う点から自爆する確率が非常に高いという、扱いにくい危険物だった。その為、今の今まで使い道を見いだせず、アイテムボックスの隅っこに冬眠させていた一品である。

 が、今回のボスである赤鯨は吸い込み能力を持っている事を知り、吸い込ませるのであれば周囲に被害を及ぼす可能性はないんじゃないか? と考えて、密かにある程度量産していたのである。レシピを捨ててなくて本当に良かった。

「えっぐい……」「ひでえ……流石にひでえ」「体内で爆発を食らうとかシャレになってない……」「なんか、ボスに同情したくなってきた気がする」「小型版は作るなよ、売るなよ! 絶対だぞ!?」「さすがマスター。容赦ない時はとことん容赦ないですね」

 酷い言われようである。特にルエット、後でゆっくりお話ししようか。しかしなぁ、飲み込み癖のあるボスに爆発物を食わせて体内から倒すって方法は結構多いと思うんだけど? まー、自分で食らいたくない攻撃方法である事もまた事実だけど。それに、小型版を作るって発想はなかったな。今度作ってみようか? 患部に届いてすぐ逝ける、みたいな感じで。

 そんな会話をしていると、突如風船に空気を入れ過ぎて割れた時のような音が周囲に響いた。何事だ!? と思ってPTメンバーと一緒に赤鯨の方を見てみると、そこには大きさが四分の一にまで小さく縮んだ赤鯨がいた。そして体が大きく縮んだチビ赤鯨は、回れ右をしてから遠ざかる様に泳ぎ始めた。これって、つまり……

「逃がすなああああ! 息の根をきっちり止めろおおおおお!!!」

 やっぱり逃げるのか! しかも大きさが縮んだことで尾を封じていた投網が外れてしまっていた。そのため本来のスピードを出せるようになった赤鯨はぐんぐんと速度を上げて、必死で追いかけるこちら側を引きはがしてゆく。人魚さん達も必死で追うが、ゆっくりと距離が空いて来ている事を〈百里眼〉ではっきりと感じている。このままでは逃げきられるぞ!?

「マスター、細かい説明はあとでするから、惑ちゃんを矢のようにして撃って!」

 と、ここでルエットの提案が。そんなことやった事ないぞ?

「惑ちゃんの許可は貰ってるから、早く! 逃げられたらまたさっきのような戦いをやらなくちゃいけなくなる!」

 確かにこのまま追いかけても、追いつける可能性は低い。そしてどこかに隠れられたら探し出すことが難しくなる。ならば、何かしらの案があると思われるルエットの意見に乗っかるべきか。惑を引き抜くと、惑いはその姿を剣から一本の矢に変える。その矢へと姿を変えた惑を番えて、狙いを赤鯨に定めて……放った。
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ヘルマインオイル、最初の方に出てきたのに出番がここまでずれ込んだ。
覚えている人はほぼ皆無だろうなぁ。
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