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突撃、隣の魔王城! みたいな。

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 長いメンテナンス時間が終わり、いよいよ最後の国となる魔王領が解放された。まあ、長いメンテナンス時間と言っても、仕事から帰ってきて細々としたいつもの家事を済ませた時にはメンテナンスも終わっていたので、待ち時間はゼロだったのだが。早速ログインして、フォルカウスの北門から魔王領に向かって出発する。今日の予定だが、まず魔王領に入るまでは他の人達と一緒に徒歩で移動する。そして魔王領の国境で入国審査が終わって魔王領に入ったら、即座にアクアには本来の大きさに戻ってもらい、魔王城に直行する。今回はあまり目立ちたくないなどと言っている場合ではないので、出来る限り急ぐ。

 フォルカウスの街から魔王領の国境までは、徒歩にして大体二十分ほど。アップデート初日のお約束で、大勢の人が魔王領に向かう為にモンスター達も近寄ってこない。まあ襲い掛かってきても、数の暴力で瞬殺されることは間違いない。モンスター側もそうなると分かっているのだろうな。妖精国実装のころはモンスターも人数などお構いなしに襲い掛かってきたもんだが、AIの強化があれから何度も入っているからな。モンスター側の思考もバージョンアップが入っていると考えるのが自然か。

 まあ、魔王領の国境に来るまではこれと言った問題は無し。そして入国も問題なし。ただ、入国時にレンタルされた例の耐寒ペンダントに対して何らかのチェックが入っていたようだが……まあ、悪事を働くわけでもなし、気にする必要はないか。入国許可を得ていよいよ魔王領に足を踏み入れた自分だが、その直後にぶるりと身を震わせた。寒い。国境をまたぐ前と跨いだ後の距離は、直線にして一キロはない。にも拘らず、確実に体感温度が大きく下がっている……と感じていた所で、耐寒ペンダントが淡い光を放ち始めた。その光が発せられると、寒さは一気に消え去った。

(どうやら、ペンダントは問題なくその効果を発揮してくれたようだ。さて、肝心のMP消費量はどんなものか)

 ちらりとMPバーに視線を送るが、減少速度は非常にゆっくり……というかほぼ減っていない。実際は間違いなく減ってはいるのだが、自然回復量で十分賄えるぐらいの減少速度だ。これならMPを極端に浪費しない限りは、ポーションなどを使わなくても大丈夫そうだ。さて、肝心な事も分かったし急ぐとするか。

「アクア、お願い」「ぴゅい」

 ちび状態の時の定位置である頭上から飛び降りたアクアは、その体躯を本来の大きさに戻す。当然その状況は周囲の人にももろに見えているので、あちこちから「あれ、ピカーシャじゃん!?」とか「なんでここに居るん!?」とか「妖精国のシンボルがなぜこんな場所まで出向いてきたのだ!?」とかの声が聞こえて来る。しかし、今はその言葉に付き合うつもりも無いので全部無視してアクアの背中に乗る。目的地は魔王城、実装初日だが一気に乗り込ませて頂こう。

「アクア、GO!」「ぴゅいいいい!!」

 自分の声にアクアも久々に高い声を上げて空へと飛び立つ。周囲から聞こえていたざわめきもあっという間に聞こえなくなった。聞こえるのは風の音と、ルエットの声だけだ。

「やっと託された依頼をこなせるわね。以前戦った赤鯨の様な化け物がまた生み出されちゃ被害がシャレにならないし、急ぎましょう」

 ルエットも休息を終えて、また指輪から実体化できるようになった。今は省エネのチビ状態で出ているが。それと、完全にフェアリークィーンとは別物になったようで、その姿もクィーンの様なドレス姿からは完全に脱却。赤鯨戦で見せた鎧姿となっている。そこまで姿を変えるきっかけとなったのは、名前を付けた事なんだろうか。

「とにかく、これ以上放置しておけばルエットの言う通りとんでもないバケモノが生み出されてしまうかもしれない。アクア、雪の中辛いかもしれないが頼むぞ!」「ぴゅい!」

 アクアが全力で飛んでくれたおかげで、国境から魔王城の前に到着するまでに三十分かからずに済んだ。だが、その魔王城前では大勢の魔族の兵士が厳戒態勢で待ち受けていた……無理もないか、突如国境を越えたと思ったら、魔王城方面に全力で飛んで行ったんだ。魔王様によからぬことをしに来たと国境に居た魔族の人たちに予想を立てられても文句は言えないな。そして国境の魔族の方が、魔王城の方に緊急連絡を入れたんだろう。

 ひとまず、アクアから降りるか。アクアにはある程度魔王城から離れた場所に降りて貰い、また小さくなって貰って頭の上に。そしてゆっくりと魔王城に向かって歩を進める。走り寄ったりしたら要らぬ刺激を与えてしまう。

「そこで止まれ! 貴殿は今日、魔王領に入国したものだな? ここは魔王様がおわす城、観光目的で来る場所ではない! 用事がないのであれば早々に立ち去られよ!」

 魔王城の前で待ち受けて今魔族の人の中から、一人の女性魔族が進み出て来てこちらにそう警告を飛ばしてきた。その警告には、かなりの威圧する意思が込められている。しかし、今回は引く訳には行かない。

「私は冒険者をやっているアースと申します! 今日ここに姿を現した理由ですが、一つのお願いと、一つの依頼を達成するために魔王様へ謁見を願うためにやってまいりました。争う意思はございません! どうかお聞き届けを!」

 と、フードを被って顔を隠しながら進み出てきた女性魔族に言葉を返す。さて、何としても魔王様と対面できないと話が進まないのだが……どうやって目の前の女性魔族を説得しようかと考えていたのだが、ここから話は意外な方向に転がった。

「え? アース? ──ひとつ確認します。貴方は以前にゲヘナクロスとの戦いに参戦しましたか? もし参戦していたと言うのであれば、その時、移動のために使った馬車の中に居た人族以外の種族を答えなさい」

 へ? また懐かしい話を……えーっと、確かそれは妖精国に入った直後だったか? 確かに馬車に揺られて南の街に向かった。その時に自分以外の種族の人と一緒になって、雑談を交わしたっけな。確か……そうそう、確か自分が義勇兵になった理由でも話そうと話を振ったんだっけな。

「えーっと、あの時の義勇兵になった理由を聞いたのは……龍族の人、獣人連合の人……ウサギ耳の人だったかな? そして魔族の女性だったと記憶しています。そうそう、そこで魔族の女性の方に魔王様に会ってみたいと考えていた事を見抜かれたりもしましたね。その時に獣人連合の方からは呆れられていたと記憶しています」

 記憶があいまいになってきている所もあるが、あの時聞いた内容は何とかまだ覚えていた。特に魔王様に会いたいなら~と発言した女性魔族の方のお蔭だ。だが、その女性魔族の名前はすぽーんと忘れてしまっているのだが。

「──そう、本当に来てしまったのね。大した行動力と言えばいいのか、頭のネジが飛んでいると言えばいいのか。とは言え、全く見知らぬ人物という訳では無いわね……」

 先程までの威圧感は消えうせ、思案するような表情を見せる女性魔族。まさか、な。そんな事を考えていると、その女性魔族はフードを脱ぐ。その顔には見覚えが……あるようなないような。

「一応確認したいので、貴方もそのフードを取ってもらえるかしら。私の記憶と一致する人物かも知れないし」

 ここで変に逆らう意味も無いので、ドラゴンスケイルヘルムを先に解除してからフードを脱ぐ。曝された自分の顔を、じっくりと確認するように見つめる魔族の女性。こうじろじろ見られると、恥ずかしいんですがね。

「間違いないわね。あの時同じ馬車で揺られて共に戦場に向かった戦友との再会か……何とも妙な形になった物ね。お互いあの戦場を生き抜いた事を喜ぶべきなのかしら?」

 まだ記憶はあやふやだが、女性魔族に顔を知られている中で思い当たるのはあの時一緒の馬車に揺られたあの人しかいないな。そうか、彼女もあの戦場を生き延びた一人だったのか。ここまで来ると、あの時の馬車で交わした言葉も鮮明に思いだされて来る。そうだ、この魔族の女性は魔王様にゲヘナクロスの殲滅を命じられていたと言っていた。そしてフードを被っている理由を、角などに怯えられるからと言っていたはずだ。そして目の前に居る魔族の女性の角と、あの時見た角の形の記憶が完全に一致した。

「貴女もあの戦場を生き延びられていたんですね……本当にお久しぶりです。あの戦いは辛い事が多くありました。できる事なら思い出話に花を咲かせたい所ではございますが、今回はどうしても魔王様に直接、出来る限り早くお会いせねばならない用事があるのです。何とかならないでしょうか?」

 この自分の言葉に、悩む表情を浮かべる魔族の女性。名前は聞いたような気がするんだが、まだ思い出せない。

「どうしてもお会いしたいと言うのであれば、時間をかけて身辺調査を受けた上で……と言うのが普通ですが。どうしても早急に魔王様に合わなければいけないと言う重要な用事があるとアースは言うのですね?」

 念押しして来たその言葉に、自分はゆっくりとではあるがしっかりと頷く。アクアが自分の頭上から落とされまいとして、爪を頭に立ててきたので少し痛かった。

「ならば、魔王様の配下である四天王の皆様にお会いして、全員の許可を頂くほかありません。四天王の皆様一人一人が出される試験のような物をすべてパスすることが出来れば、魔王様に謁見できる最短の道となります。しかし、挑戦できるのは一度だけになります。そしてその試験の結果によっては生きて魔王城を出ることは出来ないでしょう。それでも構いませんか?」

 居るのか、四天王。ある意味お約束と言えばお約束ではあるのだが。とは言え、どんな条件であっても断ると言う選択肢はない。時間をかければかけるだけ、状況は悪化することは目に見えている。赤鯨を最後には存在を確認できない赤いオーラを纏ったモンスター。しかし、それは裏返せば赤鯨以上の強さを持つモンスターを生むために、魔王領のどこかにある暴走状態? の魔力が力を蓄えている真っ最中であると推測できる。

「構いません。その試験、受けさせていただきます」

 こうして自分は、魔王城の中に足を踏み入れる事になったのである。さて、四天王とはどのような方々なのやら。事前にダークエルフの守護者? からは絶対に争ってはいけないと念押しされているから、戦うと言う選択肢は初めからない事だけははっきりしているが……どう立ち回った物だかな。
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予定から大幅に遅れましたが、ようやく最後の国である魔王領です。
そして初日だと言うのに、一気に魔王城に突っ込むアース。
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