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切り札を切る時

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 姿を現したアイスジャガーキング変異体? の主な攻撃は、前足の爪による引っかき、牙による噛みつき、口からの咆哮と氷のブレス、背中に生やしたチェインアイスジャガーによる薙ぎ払いや噛みつき、目から熱線と思われるビームを放つと実に多彩。更にチェインアイスジャガーと本体は同時に攻撃してくるので、前衛を支援するためにも後衛はチェインアイスジャガーの動きを妨害しつつ、攻撃魔法や支援魔法をかけていくと言った形になっている。

 自分を始めとした弓使いの面子は、矢によるチェインアイスジャガーの妨害する事に集中した動きを行っていた。壊しても壊してもすぐに再生するが、さすがに一瞬で再生されると言う訳ではないので、前衛がアイスジャガーキング変異体? への攻撃と防御に専念できる。本体への攻撃は前衛の皆さんと魔法使いの人にお任せする形だが、役割分担なので問題ない。ちらりちらりと前衛の方も見ているが、レイジやカザミネはいつも通りと言った感じで安定した活躍を見せているようだ。

「この状態を維持しろ、確実に削れ! 完全に相手を滅するまで油断はするな!」

 指揮官からの激も飛ぶ。指揮官は主に支援魔法をメインに使い、全体を見渡しているようだ。まあ指揮官なのだから全体の状況を把握していて貰わないと困るので、無難な立ち位置と言えるだろう。前衛に立たせた上に指揮も完璧に行えとか、そんな無理難題を言うつもりはない。が、たまにそう言う人が居るんだよね。前衛に立て、指揮もしろ、そして負ければ文句を言う。だったらアンタが指揮をやってみればいいじゃないか? と言いたくなったことも数知れず。指揮ってのは難しいんだからね? どんな物事でも、成功失敗関係なく物事に対して挑戦した人間を、やらずに見ていただけの人間が避難できる筋は無いのだ。

 徐々にアイスジャガーキング変異体? の体は紅の染まり始め、前衛側にも少し疲れが見えたか? そんな状況でそれは起こった。突如前足から四本のチェインアイスジャガーを発生させたアイスジャガーキング変異体? が、前衛で戦っていた魔族の人を一本につき一人噛みつかせたまま上に持ち上げ、血? か何かををすすり始めたのだ。

「いかん、弓部隊は早くあのアイスジャガーの複合体を断ち切れ!」

 指揮官の言葉にしたかい、すぐさま多数の矢が前衛に立っていた魔族の人四人を捕まえていたチェインアイスジャガーに突き刺さって破壊。空中から投げ出された四人はそのまま雪の上へと背中から落ちた。もちろんその四人にすぐさま回復魔法が飛ぶが、四人はピクリともしない。まさか、死──

「指揮官、駄目です! 四人はかろうじて生きてはいますが回復魔法がほとんど効いていません! 前衛の人に頼んで後方へ運ばせてください! 魔法以外の治療が必要です!」

 この支援を重視した行動をしていた魔法使いさんの言葉を受け入れ、戦闘中ながらなんとか倒れたまま動かない四人は後方の魔法使いの前まで幾人もの手で運び込まれる。すぐさま治療が始まった様だが、距離があるし戦闘を中断できるわけも無いので何をしているのかまでははっきりとは分からない。

「駄目です、四人とも体力、意識共に戻りません! 肉体ではなく魂その物にダメージを受けた可能性があります!」

 やがて聞こえてきたそんな言葉とほぼ同時だっただろうか? アイスジャガーキング変異体の体に変化が現れたのは。体躯がさらに大きくなり、背中から生えているチェインアイスジャガーの数が三から五に増え、牙はより長くなり、威圧感が膨れ上がる。その直後に大きな口を開けてこちら側に咆哮というよりは衝撃波となったそれを叩きつけて来る。こいつ、人の命とか力とかを吸収するタイプか!

「前衛は少し距離を取れ! 後衛は前衛の支援を行え! あのアイスジャガーの複合体に噛みつかれるな!!」

 指揮官からの指揮に従い、全員が奮闘を始める。しかし、アイスジャガーキング変異体? の体が大きくなったことによって攻撃の範囲が伸びてしまい、退避もままならない。背中を向けて一目散に逃げるような動きをすれば、その瞬間背中を爪で切り裂かれるか、牙による噛みつき攻撃を受けるか。それをこの場に居る前衛の人達は理解していない訳がない。だがその為に距離を一気に開けると言う事も難しい。

 後衛ももちろん矢や魔法による前衛への支援を行い、少しでも前衛が引きやすいようにしている。だがこちらも悪い情報が手に入っていた。矢の刺さる力が明らかに落ちているのだ。大きくなる前は完全に矢が深くアイスジャガーキング変異体? の体に突き刺さっていたのに、今は鏃の半分ぐらいしか刺さっていない。魔法の方はというと、火だけではなく土も完全に通じなくなった。そして残った水と風の魔法もアイスジャガーキング変異体? の一定範囲内に入ると、こちらも急に失速するようになってきた。そのせいでアイスジャガーキング変異体に当たる魔法の数が確実に減っている。

(暴走魔力の残り香が、ここまで厄介な形になるとは! おそらくこのアイスジャガーキングと思われる存在は、体を乗っ取られただけなんだろう。しかし、暴走魔力と組み合わさった事でここまでおかしい事になるとは読めなかった。それでもここでこいつを倒しておかないと、また世界各地におかしい動きをする体が赤いモンスターが生まれ始めかねない。そうならないためにも、ここは変身の札を切るか。黄龍は駄目だ、変身時間も短いし、何より魔王変身の時のみ使える《デモンズ・ジャッジ》の様な一撃必殺の技も無い。やはり魔王だな……大勢の魔族の人の前では特に使いたくなかったんだけど、非常時ゆえに仕方ない。魔王様、ごめん)

 今はまだいいが、おそらくあと数人ほど食われて力を吸収されたらこの状況は瓦解するかもしれない。そうなる前に消し飛ばす。ヒーローはピンチの時に現れる者なんてお約束もいらない。彼らは死んだらお終いなのだから。覚悟を決めて『偶像の魔王』を発動。その直後、体の内側から猛烈な何かが噴き出した事を感じる。そこからすぐに自分の外見が変わり、魔王様の鎧姿となる。当然周囲の視線は自分に釘付けになっているし、アイスジャガーキング変異体? も動きを止めていたどころか、後ろに大きく飛びすざった。そしてその眼には明らかに動揺が見られる──そうか、暴走魔力の残り香なら、この状態の自分がどういう力を持っているのかを知っている、な。

(自分の《デモンズジャッジは》は発動までにどうしても時間がかかる。まずは周囲の支援を行い、指揮が高まった所で発動準備に入って消し飛ばす。それしかないな)

 そうと決まれば早速動くことにしよう。変身した事で弓が魂弓に変わり、いくつかのアーツも的に限定解禁される。だが、まずは実験だ。奴に効かなくなっている火と土の魔法を鏃の先に混合した矢を放つ。これが効くかどうか。その結果は……土の重さで矢がアイスジャガーキング変異体? の肩に深々と突き刺さり、そこから火が爆発することで内部をえぐる。よし、この魔王状態ならば通じる。アイスジャガー変異体? も回避しようとしたんだろうが、間に合わなかったようだな。

「なんだ!? 何だ今の矢は!? 火を弾く奴の能力を無効化してる!?」「誰だアイツは!?」「何でもいい、敵が怯んだ今こそ距離を開けるチャンスだ、動け!」

 多少の動揺は見られたが、それでも前衛の皆さんは指揮されていた通りの行動に移る。その動きを見たアイスジャガーキング変異体? はそうはさせるかとばかりに動き出したが、そこにもう一本さっきと同じ人土の混合矢を放つ事で力ずくで動きを止める。偽りと言えど、魔王の魔力なんだ。舐めて貰っちゃあ困る。このあと数回にわたって混合属性矢を放つことで前衛の退避する時間を稼ぐことに成功。焦れたアイスジャガーキング変異体? は再びチェインアイスジャガーを放ってきたが、距離を取った前衛の皆さんは同じ手を食うはずもなくさっくりと処理する。

「すみません、これから我々はどうすれば?」

 と、そんな支援行為をしていたら、いつの間にか指揮官さんが自分の隣に来ていた。ふむ、今の状況は膠着状態と言っていいかな。アイスジャガーキングも熱線や口からのブレスで攻撃しているが、これは魔法に長けた魔族の皆さんが作る障壁に威力を大きく軽減されている。至近距離だとさすがに抜かれるんだろうが、今は前衛とアイスジャガーキング変異体? との距離がそれなりにあるから護り切れているんだろう。その一方でこちら側もイマイチ決め手に欠ける状態だ。遠距離攻撃はあまり効かないし、かといってここから接近すれば、体のあちこちから突然生えて来るチェインアイスジャガーに前衛が対応できずに食われかねない。遠距離でも自分の攻撃は通じてはいる物の、これだけでは押しきれないと言う事も事実だ。

「決め手はある、が。二分稼げるか?」

 今は魔王様モードなので、言葉使いもそれっぽくしている。こういった口調をあまり親しくない人相手にするのはちょっと辛い所なのだが今は仕方がない。

「二分、ですね? 承知いたしました」

 あっさりとこちらの要望を受け、そしてすぐさま指示を下す指揮官。話が早いのは助かる。さてと、やはり目の前のアイツを吹き飛ばすのは《デモンズ・ジャッジ》に頼るしかなさそうだ。本当の現魔王様が居れば、ブレード型の《デモンズ・ジャッジ》で一瞬のうちに塵にしてしまうのだろうけど、自分には不可能だ。こちらはチャージしないといけない。

(ルエット、出番だ。魔力の操作を任せるぞ)(了解、今回は大勢の味方も居るし、前の様なハラハラするようなことにはならずに済みそうね)

 よし、これで押し切る。きれいさっぱりと終らせて、のんびりと冒険できる様にしないとな。
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死傷者を嫌って早々に切りました。エルの一件が無意識のうちにアースを動かしていますね。
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