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ピジャグの肉

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「まあ数年前はどうあがいたって数年前なんだよな……今はいくつもの要素があってピジャグ肉の需要ががた減りになってしまっている状態だからなぁ」

 店主? さんはそう言ってため息をつく。ふむ、どんな時代であっても栄枯盛衰は起こりうるものではあるが。

「その表情からして、何が原因なのか知りたいって感じだな? 大きい理由の一つ目は、他の家畜から取れる肉を手に入れやすくなったからだ。具体的に言うとビーランフの肉だな。ビーランフは今まで繁殖させるのが難しく、食べられるのは相応の金持ちぐらいだったんだが……今では多少質が落ちる代わりに繁殖を促進させることに成功した所がいくつか出て来てな。その影響で、今は肉と言えばビーランフの肉が主流になっちまってる。味はピジャグだって負けちゃいねえんだが、食べやすさの差で完敗してる。あっちは普通に肉を噛み切れるのがでかいな」

 時々宿屋の食事も食べたし、魔王城でもお肉は口にしたが噛み切れないと言う事は今までで一回もなかった。つまり、今まで自分が口にしてきた肉は全てビーランフという家畜のお肉だったわけか。

「二つ目は、魔王様の作り出された魔道具にある。ほら、お前さんも外からの訪問者であれば首にかけているだろう? アレのお蔭で今まで取りに行くのが難しかった街の外に生息している各種獣の肉がそれなりに街中で流通するようになった。もちろん魔王様の事を悪く言うつもりは全くないけれども、ピジャグの肉が追いやられる一因にはなってしまっているな」

 ああ、そういう事か。魔力の総量などで劣る他の種族でも使えるこのペンダント形の魔道具を魔族の方が身につければ、魔力により余裕が生まれる。そうなれば外のモンスター肉を狩りに行く事も容易くなるか。そちらの肉も、ピジャグより上物であればピジャグを食べると言う選択肢はますます隅っこに追いやられることになってもおかしくない。生きているうちに食事をする事が出来る回数は決まっている、だからこそ一回一回で口に運ぶ食事で美味しい物を口にしたいと考えるのも自然な話ではある。

「細かい理由を上げれば他にもいくつかあるが……とにかく、味はそこそこ良い物の噛み切れない、固すぎるという難点を抱えているこのピジャグの肉は今ではほぼ見向きもされなくなっちまってな……今は味を懐かしむ老齢の方がたまに買っていくぐらいになっちまってるんだ」

 うーん、確かにこの噛み切りにくさと硬さは料理として考える上では大きくマイナスになっていると言うのは事実だからなぁ。どんな料理だって、味を楽しめて満腹感を得られないと意味がない。噛む事が主体のガムじゃないんだから。逆にそこが解消されれば、このピジャグの肉も十分美味しい料理に使えるのは間違いないのだけれど。

「あと言っておくが、調理法もいろいろと試しているからな? その上で焼いて出しているんだ。特に煮たり蒸したりすると水気を吸い上げて風船のように膨らんでしまうんだ。そうなると噛み切れない硬さは消えるが……肉の味は水で薄まって気持ち悪い事になるし、ぶよぶよになった肉そのものも歯ごたえが最悪だ。伝説のスライムを口にしたような気分になる」

 ああ、やっぱりその辺は試しているのね。というか、伝説のスライムって……そう言われれば、今までスライム系統のモンスターって一回も出会った記憶がないな。ゲームのWikiにも載っていないし、コメント欄でもスライムってメジャーなモンスターなのにワンモアでは出てきてないねーなんて話もあったっけ? 後でもう一回確認しておこうか。

「お話を伺う限りでは、なかなかの難物の様ですね。しかし、先程味見させていただいた上でお話も聞いておりましたが、この肉をこのまま埋もれさせてしまうにはあまりに惜しいと言うのが素直な感想です。少し生肉を売って頂けないでしょうか? 少し、挑戦させていただきたくなってきまして」

 この自分の申し出に、店主さん? は頭をポリポリとかきながら──

「それは構わないが、本当に難物だぞこいつは? お金を捨てる様な結果になる可能性の方がはるかに高いと思うが、それでも良いと言うのであれば売ろう。キロ百グローで良いぞ、どうせこのまま放っておけば、いつかは駄目になって捨てるしかなくなってしまうからな……だったら、生まれ変われる可能性に賭けた方がまだ救いがあるだろう」

 一キロで百グローって、完全に捨て値じゃないですか。そうか、今はもうそれぐらい見向きもされない食材という事ですか。ふむ、ふむむむむむ。つまり、これは、『どれだけ魔改造しても何の問題も無い』という事になるな。そう、一番最初のラビットホーンの温水仕立てステーキの様に。ただ今回のお肉は、普通に煮たり蒸したりしてもダメだと言うのは教えてもらったから、更なる手を考えなければならないな。だが、どんな食材だって使い道はあるはずだ。ある国では不味いだけのウナギも、日本では人気がありすぎて絶滅の危機に陥ると言う例があるではないか。

「ではとりあえず五キロほどいただけますか? それと追加でお願いがあるのですが、もしそれなりに良さそうな逸品が出来上がった場合は試食をして頂きたいのです。自分ではうまくできたと思った物でも、他の方が確認するといくつも抜けが見つかる事はよくありますから」

 逆に魔改造しすぎて、自分以外の人が食べても不味い料理が完成しても意味がない。ある程度の幅に受け入れられるようにしないと駄目だろ。その為にもまずは魔族の方に味見をしてもらって、味が好みであるかそうではないか、味の濃さなどに対する助言を貰っておきたい。作って助言を貰う、その繰り返しでこの難物を文字通りに調理してやりたい。

「そりゃ構わないが。──そうだな、確かに俺はこの魔王領から外に出た事は無かった。それどころかこの街から外に出たこと自体数える位しかない。もしかすると、この難物も外から来た人にとっては何とかできる手段を持っている可能性がある、か。もし試作品が出来たらいつでも持って来てくれ。必ず試食して、その上で不満点や問題点があれば誤魔化さずに言わせてもらう。そうしてピジャグの新しい可能性が無いと判明するその時までは、この店を閉めない事も約束する。なんでもいい、出来上がったらじゃんじゃん持って来て欲しい」

 握手を交わして契約は成立と。早速五キロのピジャグの肉をアイテムボックスの中に入れて、室内調理をしても問題のない宿屋を探した。宿屋はあっさり見つかったのだが、なんで室内調理をしたいのかと宿屋の主人に聞かれ、ピジャグの肉を美味しく食べられるようにできないかいろいろ手を入れてみたいと返答を返したら、宿屋の代金が半額になった。どうやらここの宿屋の主人はピジャグ肉のファンらしいが、やはりあの噛み切れなさと硬さと言う要らん要素を兼ね備えてしまったために食指があまり伸びないとの事。

「味が多少落ちても良いから、もうちょい食いやすくなれば文句はないんですけどねえ。ビーランフの肉も悪くはないんですがね、私は味ならばピジャグの肉の方が好きなんですよ。もし何かできたらぜひ試食させて貰いたいですね」

 という事で、宿屋の代金半額の代わりに、試作品が出来たらこちらの宿屋の主人にも試食をしてもらう事になった。まあこういうのは試してくれる人数が多い方が良い。よりデータが取れるからね。さて、そんな予想外な所からも期待がかかったピジャグの肉の新しい調理方法だが……まずは駄目になると言われた煮る調理と蒸し調理をやってみた。もちろん使うピジャグの肉は最小限。あくまでどうなってしまうのかという実験に近い。一度は見ておかないと、解らない事もあるからね。

 そして煮込んだり蒸したりすること五分後。どちらも野球ボールみたいにまん丸く膨らんでいた。なぁにこれ? と事前に聞いてなければ言いたくなる位の変貌っぷりである。食べ物を粗末にする訳にはいかないので、ちょっとした焼肉に使えるたれを調合してからつけて食べてみた。その感想は……

(うーんと、なんだろう。完全に味の抜けたガムを数枚一気に口に入れて噛んでるような触感……ただ、お店で食べたあの試食の時の様な噛み切れなさも堅さも無いな。恐らく煮る、という調理法自体は正解に一番近いのではないだろうか。ただ、なんでこう膨らんでしまうのか。そこが解明できればきっと形になるんだろうけど……何か、似たような現象に心当たりはないだろうか?)

 膨らむ物と言えば、風船が真っ先に思い浮かぶ。食べ物なら餅か。しかしなぁ……風船も空気を貫けば当然しぼむし、餅の膨張も一時的な物でしかない。だが、この煮たり蒸したピジャグの肉は冷めるまで放置しても全く縮まない。本当にどういう肉なんだ? とはいえ、焼いたり炒めたりすれば、今度はどんなに細かく切っても堅くなるわなかなか噛み切れないわというゴムのような感じになってしまう。だから煮ると言う手段をとるしかない。

(まあ膨らむ大きさが最小限に収まればたぶんもっとましになるんだろうけど。何かヒントは無いかな……膨らむ大きさ? 膨張率? まてよ、そうだ、水などの水溶液関連には浸透率って物があったじゃないか! もしかすると、水より浸透率の低い物……お酒とか、何かしらのタレやソースでもいいな。もしかすると、その手の水より濃度が高い物で煮れば、この肉だってボールのように膨張することは無いんじゃないのか?)

 そもそも料理にそう言ったタレや調理酒、ソースと言った物は基本中の基本だ。手に入る物を全部実験してみる価値はある。よし、その辺を攻めてみよう。
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