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人族の街へ

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 そして、今。アクアは二・五メートルの姿となって爆走しております。とてとてとて、何て可愛い擬音ではなくゴガゴガゴガ! と言うぐらいの表現が適切になりそうな、そして明らかにそれは足音じゃないだろう! って全体から突っ込まれるような音を響かせながら走ってます。もちろん人通りの少ない所というか全くいない所を選んで走らせてるけど。

 魔王領から出て、人族のエリアに入った後に人影のない場所まで移送してから、本当に久しぶりにチビ状態から二・五メートル状態にした。流石に本来の姿で空を飛ばせたら無駄に目立つかなーって。でもこんな爆音を立てて走ってたら結局変わらないような気がするけど……もう気にしない事にした。目だったら目だったでその時考えよう。魔王領では色々あったから、これぐらいの爆音を立てながら突っ走ってもらうのも悪くない。まあ周囲に人はいないから問題はないだろう。たまーにはぐれモンスターが居る位で。

「ぴゅい!」

 そしてそんなはぐれモンスターをアクアが見つけると、方向転換して一直線に走り寄る。いや、この言い方は正しくない。一直線に弾き飛ばすと言う方が良いだろう。ちなみに弾き飛ばす方向はまず前方。その後爆走の勢いを殺さずに蹴り喘げ上空に飛ばす。その空に浮かんだ時点でほとんどのモンスターは死亡している。魔王領や獣人連合に居るモンスターならまだしも、人族エリアのモンスターはアクアにブッ飛ばされた時点で瀕死、悪けりゃ即死する。まあ不幸にも瀕死状態で吹っ飛ばされたモンスターは……

「円花、ごー」

 自分が円花を伸ばして止めを入れる事で終了する。後は上空から落ちて来るドロップアイテムをこれまた円花を使って回収して懐に納める。その為アクアは爆走を止める必要が無い。久々に大きめの姿に戻ったのが嬉しいのか、アクアの爆走はまだまだ止まらない。まあ本鳥が納得するまでは走らせてあげよう。他の人の迷惑になるような場所は走っていないからね。

「熊!」「ぴゅい!」「イノシシ!」「ぴゅい!」「アリ!」「ぴゅい!」

 そうしてかれこれ一時間。ただ走るだけでは飽きたのか、アクアは森林の中を爆走し始めた。そのついでに出会ったモンスターをひき殺していくのである。ま、《危険察知》に他のプレイヤーやワンモアの人が居ない事は分かっているからいいだろう。速度を落さずに木を避けながら走るアクアの背中から見る状況はなかなかスリリング。まあ木にぶつかった所で木の方がアクアに折り取られるだけになるんだろうが。ただ当然視界は良くないので、自分がモンスターのナビゲートをしてアクアがその方向に走ると言う遊び? に変化した。モンスターにとっては遊びじゃ済まないのだろうが、まあ不運を嘆いてほしいと言った所。はあ、クマ相手に死にそうになっていた頃が懐かしい。

 そんな遊び? を終えて、アクアが爆走を止めたのは森の中に入ってから三十分後だった。今日のログイン予定時間のほとんどをアクアの爆走で消費してしまったけど、それは別にかまわない。魔王領じゃ大けが負わされるわ、ほとんど小さくなって貰ってるわと色々と可哀そうな目に合わせてたからね。数日はアクアの気分転換に付き合っても構わない心づもりだ。というか付き合わなきゃだめだろ。いろんな所に連れまわしてるってのに、文句一つ言わずに同行してくれてるんだ。それに見合ったお返しはしてしかるべきだ。

「と、良く見ると毛並みがちょっと乱れてるな」「ぴゅい?」

 アクアから降りてその体を良く見てみると、いくつかの場所で毛並み(という表現をしていいのかが微妙だが、とりあえず毛並みとさせていただく)の乱れが見つかった。ブラシなどは無いので、とりあえず手で簡単に整えてあげたが、それだけでも良くなった。しかし、そうだな。ブラシの一つも持っていた方が良いかも知れない。犬とかと同じようにはできないだろうが、それでも手でやるよりはきれいになるはず。──そう考えていた時期が自分にもありました、という表現をするんだろうな。

「まーあままままあ。こんな素晴らしい子の身だしなみをきちんとするのは主の義務ですよ、義務!」

 サーズの街に入り、街の人に「ブラッシング用のブラシを売っているお店を知りませんか?」と尋ねた所、お勧めされたお店があったのでそこに直行した。そしてお店の前に来たところでエプロンをかけた店員さん? に先程のお言葉を頂いてしまったのである。

「ええ、ですからこの子をブラッシングするのにふさわしい道具を買いたいと思いまして」

 と店員さん? に告げた所、「そうでしょうそうでしょう、こんな素晴らしいこの毛並みを整えないのは罪ですよ! どうぞこちらへ」と店の中に案内された。ちなみにアクアは店の横にある大きめの厩舎っぽい所に通されていた。アクア本来の姿であればぎゅうぎゅう詰めになってしまうのだろうが、今の二・五メートルモードであれば十分に余裕がある。そうして店の中に通された店員さんが複数のブラシを持ってきた。

「とりあえずあの子に合いそうな鳥用のブラシを持ってきました。後は実際にブラッシングをして頂いて、あの子が一番気に入った物でご購入するかどうかの相談をいたしましょう」

 へえ、おためしはさせて貰えるのか。ありがたい、ブラシの良しあしなんてわからなかったからなぁ。リアルだとペットを飼ったりしてないし、そう言った方面に関する知識はほとんどゼロに近い。適当に買って、アクアが嫌がる様なブラシを手に入れてしまったら何の意味も無い。どんな高価なプレゼントだって、送られた相手が喜ばない物を贈ってたら何の価値も無い。え? 質屋に入れられる? ああ、そう言う考えもあるかもしれないけどさ……それはそれで寂しいな。

「ではまずこちらからどうぞ。やり方は教えますので」

 という店員さんの指示のもと、複数のブラシを一つ一つ試しながらアクアの体にブラッシングをかけてみた。確かにブラッシングがしにくいブラシ、しやすいブラシが存在する。しにくいブラシはどうにも引っかかる感じがする。無理にとかそうとするとアクアがストレスを覚えるだろうな。何しろしやすいブラシはほぼ抵抗なくスッとは言って梳かせるのだから。

「これとこれがやりやすかったですね。こっちはどうにも羽根に引っかかる感じがして、どうにも馴染めないと言うか嫌な感じでした」

 いくつか用意されたブラシの中から、二つだけを残した。残りは片付けて貰って、最終的に買う方を選ぶ。

「ではどちらに致しましょう? どちらも五千グローのブラシですが」

 そうだな、ここはアクアに選んでもらおうか。ブラッシングを受けるのはアクアなのだから、アクアが気に入った方を選ぶのが一番間違いない。

「じゃあアクア。こっちとこっち、どっちがブラッシングを受けていて気持ちよかった?」

 アクアの前にブラシを左右一本づつもって行くと、左手に掴んでいたブラシを嘴の先で指し示す。

「じゃあ、これで良いんだね?」「ぴゅい♪」

 念押しで確認を取ると、ご機嫌そうに一鳴きするアクア。これなら間違いないだろう。右手のブラシは返却し、左手のブラシを購入しますと店員さんに告げる。そうして五千グローを払って取引を終える。

「──それにしても、もう二回りほど大きかったら妖精国に居る神鳥のピカーシャと言われても納得してしまいそうな子ですね。まあ大きさがあからさまに違いますからそんな事はないでしょうけど……こんな素晴らしい子と出会えているのですから、もうちょっと身だしなみには気を使ってあげてくださいね」

 今までぜーんぜん考えていませんでした、とか言ったら張り倒されそうだな。まあこういうのって、ペット飼ってる飼ってないで気が付く速度とかも大きな差が出そうだけど。まあ今まではどうしようもないが、これからは変えていける。アクアのブラッシングもその一つだろう。過去の事に愚痴を言い続けても始まらない。過去はあくまで過去。教訓にするのは良いが、後悔の理由にしてはならない。足は明日に向かってしか歩けないのだから。

「ええ、これからはそう言った面も気を付けて行きます」

 さて、この後は早速ブラッシングかな。念入りに行ってみよう。宿屋を確保して、その後ログアウトするまではブラッシングかな?
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