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今後の方針

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 まあそんな都合よくイベントが転がっている訳も無く。しかし町は平和なので誰かの苦しむ声などが聞こえてこないのは良い事だ。ましてやさっきまでの夢? ではスラム街の中で陰鬱な気分を味わって来たからな、たまに聞こえてくる歓談に心が癒されると言う感覚も初めて味わうよ。が、あのスラム街は一体どこだったんだろうか? 念のためサーズの街をぐるっと一回りしてきたが、やはりあのスラム街のような場所はないし、地形も異なっている。──少し調べてみるか、なんか落ち着かない。

「歴史ですか、冒険者の方が興味を持つのは珍しいですね。でしたらこちらに向かわれるのがよろしいかと」

 サーズの役所へ出向いて少し人族の歴史を学びたいと申し出てみた所、この街の資料館みたいな場所を教えて貰えた。早速そこに向かい、管理人さんに同じことを告げると、あっさりと大量の本がある部屋に通してもらえた。

「この街が生まれてから今日までに記録が収められています。本を読む事は構いませんが持ち出し、写本、意図的な損傷を与える事はやめて頂きたい。それらを行った場合は犯罪者として役所に通報させていただきますので」

 と、釘を刺されたが当然の事だろう。資料ってのは安くない、むしろ無料で見せて貰えるってだけでありがたい。ちなみにアクアはこういった場所に入れる訳にはいかないので、外で遊んでいるように頼んである。そうしてさっそく複数の本から該当するであろう時代の事を調べてみたが……時をさかのぼる事相当前、正式な年代記述が無いな……とにかくかなり昔にあのスラム街がサーズの街にあったのは事実のようだ。だいたい、妖精族が各国に戦争を吹っ掛けていた時代のちょっと後っぽい記述が目立つかな? まあその辺りの話だと考えよう。本によると、戦争は終わった物の、立て直しが遅々として進まずにかなり人心が荒れていた時代の様だ。

 そして、当時の円花の持ち主と思われる人物に対する情報も僅かではあるが記述があった。──大雑把に読んだだけでも、かなりの人を殺している。それこそ老若男女関係なしだ。いくら人心が荒れていた時代とはいえ、ここまで他者を殺した人族は彼以外に居ないとまで書かれているな。なるほど、これは円花のストレスになる訳だわ。そして、そのストレスがトラウマとなり、魔剣となった後も……この様子じゃ、円花は自分が予想していた以上に望まぬ血を吸っているな。と調べながら、ルエットにはログイン時に起きた一連の出来事を説明しておく。ルエットの意見も聞いておきたい所だったし。

(円花さんは、相当苦労なさって来たのですね。それをほとんど表に出さない方でしたが……)

 ルエットの念話が聞こえてきた。そういえばルエットは惑時代の円花と結構やり取りをしていたんだっけな。だからこその台詞か。

「──なら、少しでもその心労を取り除いてあげないといけない、な。冒険もひと段落してのんびりと過ごすのも悪くないと思っていたが、予定を変更しよう。もう一度各国を回って円花の形跡を調べた方が良いだろう。おそらく円花の記憶に強く残っている場所で滞在すれば、また何かが起きる可能性はある」

 そう自分はつぶやく。もう話しかけて来る事はない円花だが、それでもトラウマを抱え続けていると言う事を今回は知ってしまった。そして知ってしまった以上、それを放置すると言う選択肢はない。力を貰っているのだから、返せるところは返さないと。それにトラウマを開放すれば円花はさらに力を発揮できるようになるようだし、それはこちらにとっても戦力強化につながる事だからやって損はないと言う言い訳も成り立つ。誰が誰に言い訳をする必要があるのかと問われれば、自分の自己満足的部分に対してになるだろうか。

(そうですね、マスター。ぜひそうするべきです。マスターが真摯に向き合えば、もっと円花さんはマスターに協力してくれるはずです。そう言った信頼が、いざという時の窮地を脱することに繋がります)

 ルエットも同意か。そう言えばこうやって調べるだけじゃなくって、ルエットの方からも当ってもらえないかな?

「ルエット、そっちから円花に働きかける事は可能か? 今まで旅をしてきた中でどの辺に反応があったとか、違和感を感じたとかそう言った兆候はなかったか?」

 ルエットの方が、そう言った事には敏感だと思うからな。こういった感覚は罠を発見する時に自分が集中して感じ取る物事とはまた別物だし。

(いえ、今のところは何も。分かった時はすぐにマスターに報告いたします)

 そうか、ルエットでもわからないのでは仕方がない。とりあえず各国のすべての街……あ、獣人連合の西の街だけは他の国の人を排斥してるんだっけか? 後ハイエルフの集落も候補からは外そう。あんな所には金を積まれたって行きたくはない。だからそこ以外だな。まあ当分大きなアップデートは来ないだろうし、ポーションもいつも通りに使っていると目を付けられると言う状況下にあるのだから、調べ物を従事して各国を回ると言うのはちょうどいい目的かも知れない。

(よし、調べたい事も分かったし、目的もできた。ここからは失礼させてもらうとしよう)

 見せて貰った資料や本をすべて元の位置に丁寧に戻してから、管理人さんに立ち去ることを告げる。管理人さんは何か指揮棒みたいな物の先端を自分の左右の手に軽く触れさせてきたが、それ以外は特に変わった態度を見せずに退出を許可してくれた。おそらく資料を隠し持って出ようとすると、あれが反応するんだろうな。リアルのお店にある防犯システムの一種みたいな物なんだろう。

(マスター、そうしますとこれからファストの街に向かいますか? 日の傾き具合から、アクアさんに軽く走って貰えば日が落ちる前にファストの門をくぐれると思います)

 そうしますか。とりあえずサーズから移動しましょ。ファストとネクシアでもう少し調べて、何もなければ妖精国入りかな? それじゃ早速移動開始。アクアを呼び寄せて、今日中にファストに街へ向かってしまおう。こういう時、足があるってのは強いな……馬車の出発時間とかを一切気にせず移動できて便利だ。サーズの街の外に出ると、アクアが待ってましたとばかりに待っていた。時々思うんだけど、アクアって自分の脳波とか感じ取れてるんじゃないかって思うほど先回りというか用意が良い気がする。助かるのは助かるんだけど……うん、考えない事にしよう。

「ぴゅい」

 アクアの背に乗り、サーズを後にする。途中でモンスターにもであったが、全てアクアがぷちっと潰して終了。戦闘のせの字にもなりやしない状況。他のプレイヤーの邪魔にならないように人の居ない場所を選んで走ってもらったが、一回だけある程度近くを走ってしまい、アクアがモンスターを潰して駆け抜ける姿を見た初心者さんらしきプレイヤーがあんぐりと口を開けていたのを見てしまった。狩りの邪魔をしたわけじゃないんだけど、少々申し訳ない気分になってしまった。

 そんなアクアの走りによって暗くなる前にファストの街に入り、宿屋を確保できた。さて、今日はこれでログアウト。明日は何か起きるのだろうか?
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