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円花の悪夢 第二幕その三

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「お前たち、何をしているのです! あの二人を……こうなっては仕方がありません、切り捨ててかまいませんから行きなさい!」

 指揮官はそう声を上げるが、兵士達がこちらにやって来る雰囲気はない。アレはこちらに対して完全に委縮してるな……なら、もう一手追加で打ってみるか?

「ああ、言い忘れていた。後ろにいる兵士達、お前達に用事はない。武器を放棄して逃げると言うのなら追わないぞ? あくまでこちらは襲い掛かってきた連中を払っただけだからな」

 戦国時代か何かの兵法書にこうあった。『兵を追い詰めすぎると、それは死兵となる。死兵となった兵は最後まで、文字通り死ぬまで戦う故にこちら側の被害は甚大となる。しかしその一方で逃げ場を用意しておいてやると、そちらに逃げれば助かると言う心理が働くために弱くなる』と。もちろんすべての戦いにおいて適用されるとは思っていないし、現代戦では噛みあわない考え方だろう。しかし、こういった近距離で剣や槍をを合わせて戦う戦いならばこの策は効果があるはず。

「少しだけ時間をあげよう。武器を放棄して逃げるのならば今すぐ逃げろ。もしその逃げる行為を邪魔する者がいれば……」

 手に持った円花を、スネークソード状態にしながら言葉を続ける。

「私が斬り捨てよう、約束する。だから心配せずに逃げなさい。顔だって兜で見えないからな、素顔を暴いて追及しようと言う気も無い。どうだ?」

 と、出来る限り優しげな声で兵士たちに声をかけた途端、関を切ったかのような勢いで兵士たちが一斉に武器を捨てて逃げ始めた。数人ほどその流れを止めようとした奴もいたが、そいつらは約束通り円花を伸ばして斬り捨てる。そうして声をかけてから一分もかからずに、この場に居るのは自分と英雄の二人、そして指揮官だけが残された。ま、指揮官は英雄二人も逃がす気が無かった様で、積極的に妨害してくれた。そのせいで指揮官の足はズタズタになっていたりするが……ま、小さい事だ。

「な、なぜこんな事に……」

 指揮官が痛みをこらえながら呻くが、片手剣の英雄はその言葉にそっけなく──

「そりゃ、お前が手を出してきたからだろうが。そっちから襲い掛かってきて返り討ちにされて何故にも何もないだろうが……」

 全くもってその通りとしか言いようがないな。まあ、史実では英雄側が負けているのだから予定外だって意味なんだろうけどさ。実際、スネークソード英雄が用いていた魔剣の寿命とかをあの指揮官は見切っていたようだからな。頃合いを見計らって襲い掛かったのは間違いない。そこに自分が乱入したから、予定が崩れまくって敗北することになった訳だが。

「そこの黒外套が来なければ、貴方達はすでに私の率いる兵士達に半死半生の状態で捕まっているはずだったのに……」

 もはやズタズタになった足からくる痛みで指揮官の意識が朦朧としているのかも知れない。これ以上生かしておくのはかえって残酷なだけか。英雄たちに最期の確認を取ってから、円花を振るう。

「楽にしよう、恨むなら己の行動を恨むんだな」

 月並みな言葉をかけてから、指揮官の首を刎ねた後に腰に下がっていたこの時代の円花も破壊する。これで、ここでやるべきことは完了した筈だ。だが、ここで素直にはいさよならとはいかないよなぁ。英雄たちから視線をひしひしと感じるし。

「何者かは知らんが、まずは感謝する。お前が来なければ、我々はあいつらに間違いなく捕まって長い拷問の後に殺されていただろう。しかし、お前は何者だ? 何故ここに居た?」

 片手剣の英雄がそう問いかけて来るのも無理はない。さて、どう答えようか……ここで英雄二人と戦う事になるのだけは避けたい。そう考えていた自分であったが、余計な事だった様だ。何故なら。

「誰だっていいだろう。どういう仕組むかは分からんがもう剣を収めている上に、こちらに対しての殺気もねえ。それに俺達を殺そうとするなら、剣を渡す必要はなかっただろ……正体が気になると言う点はお前と同じだが、少なくともこいつは敵じゃねえよ。顔を隠している理由はあるんだろうが、それを暴くのは命の恩人に対してやる事じゃねえ、そうだろ?」

 スネークソードの英雄に言われ、片手剣の英雄もこちらに対して警戒していた状態を解いた。

「詳しくは言えないが、あの指揮官と指揮官が持っていた魔剣を処理することがこちらの目的だった。そしてそれが済んだ以上、ここに居る理由はすでにない。もちろんそちらとの戦闘の意思はこちらには一切ないからな」

 もう一度念を押す形で、こちらの目的と戦闘の意思はない事を告げておく。ここでこの英雄二人と戦う事になってしまったら、円花に新しいトラウマが刻まれてしまう事になりそうで怖いと言うのもある。この円花の世界? では必要以上の戦闘を重ねたくない。何が原因で悪い方向に転ぶか分からないからだ。そして転んだらそのまま底まで転がり落ちそうな恐怖がある。

「──分かった、行動からして我ら二人に害をなそうと言う者の動きではなかったからな……お前を信用する。それと、剣は返しておくぞ。その上で、ずうずうしい事は百も承知だが一つ頼みがある。俺と一緒にこいつを二人で協力して捕えたと言う事にして同行してもらえないだろうか? 妖精国の未来に光が差すか影が差すかの瀬戸際で、光が差す方向に持っていける可能性を増す為なのだ」

 話は盗み聞きさせて貰っていたからな、行動の真意は分かる。しかし、そこまでこちらの世界に居続ける事が出来るだろうか? 途中で幽霊のようにふっと消え去ることになりはしないだろうか? でも、ノーと言える雰囲気でもない、な。ならばできる範囲で付き合う事にするのが一番いいだろう。

「分かった、付き合おう」

 そうしてスネークソードの英雄の手を縛り、二人で連行するような形を取る。そのままの状態を維持して歩いているうちに城が見えてきた……あれがこの時代の妖精城なのか。現代と比べると、やっぱりみすぼらしいと言う感想を抱いてしまう。もちろん城の大きさ自体は立派な物なのだが、どうしても城の外見がね。当然城に行くためには城下町を通らなければならないのだが、そこでスネークソードの英雄が手を縛り上げられて連行される姿を見た妖精達は『良かった、殺人鬼となる前に捕まった』『結局こんな形になったか、当然ね』などの会話をこちらに聞こえる様に交わしていた。

(──何とも、やり切れんな)

 戦場で行っていた残虐行為も演技で、妖精国の将来の為にやっていたなんて事を一般の人が知る訳も無い。だから平然と悪口は言うし罵りもする。戦争なんかの苦しい時には頼るくせに、いざ終われば用事はすんだとばかりに投げ捨てる。英雄も用が済んだらただの邪魔者って扱いになってしまう。スネークソードの英雄は、それも計算に入れた上で行動を行ってきたのだろうが。

 その後、妖精城の正門前に着いた自分達は城の中に通され、スネークソードの英雄は特別な牢に連行されていった。その後謁見の間に案内されて妖精王と直接対面。この時代の妖精王(女王だった)の前で、片手剣の英雄は今後国の立て直しと他国との交流のために一番の矢面に立つと宣言し、これはあっさりと受け入れられた。この為に彼は行動して来たのだから、それが実った瞬間なのだろう。──史実では敵わなかった事だが。また、スネークソードの英雄は近いうちに公開処刑されると言う事になる様だ。こちらも彼ら二人の英雄の計算通り、か。

「そして、その方。彼に協力し、よくぞあの者を捕えてくれた。故に、出来る限りの望みを変えよう。何が良い? 言ってみよ」

 と、妖精女王から告げられたが──何もないんだよね。すでに目的は達したし、後は帰るだけの話。ここで金とか貰ったとしても、それは泡沫の夢のようにこの世界から元の世界に持ち出すことは出来ないだろう。なら、頼むことはこれしかない。

「では、恐れながらも仕上げます。私の事を追求せず、このまま静かに城から出ていくことをお許し願いたい」

 と、妖精女王に伝えた。この自分の要求を聞いた妖精女王はしばし目を閉じて考える様子を見せたが、身元不明な存在は細かい詮索をして余計な物を出すよりはさっさと外に出してしまった方が良いと考えたのか、この自分の要求を飲んだ。その後は片手剣の英雄と共に謁見の場を後にして城を出る為に門へと向かう。

「世話になった、お前があそこで駆けつけてくれなければ妖精国は他の国々と長く続くしこりを残したまま付き合っていかねばならなくなっただろう。特に龍族とは険悪なままになっていたかもしれん。アイツの分まで働き、一日も早く妖精族と他の種族が笑いあえるようにしてみせる」

 そうなってくれれば、どれほど良かったか──妖精城を後にした自分は、そのまま妖精城の城下町を後にする。そうすると、急に意識が薄れて来た。どうやら、今回はここまでの様だ──。
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