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最初の一歩&覗き魔たち?

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「ひとまず、スキル選びは冒険をしない事にします。しばらくは色々と歩いて戦って、成長の限界をある程度捨ててでも欲しいと思う時が来たら取る事にします」

 なるほどねえ、それもアリだ。スキルはEXPを払えば初期スキルを簡単に取れるから問題はないだろう。ちゃんと本人が自分の意思で決めた事なら、それでいい。後は冒険を進めていくうちに自分で考えられるだろう。この手の人は最初の一歩が上手くいかないだけであって、その一歩を踏み出せばその後はあれこれ口を出す必要はない。

「了解、んじゃあと教える事はほんの僅かかな。この世界のお約束みたいな物と、訓練所の場所を教えてお終いかな」

 という事で、訓練所の場所とこの世界に住む住人の事を教えておく。もちろん事前情報で知っているかもしれないが、念の為という奴。ただのNPC扱いすると、最悪街から追い出されるような展開を迎えるかもしれないし。名前も聞いていないが、だからと言って一回関わった後は野となれ山となれってのは違うだろうと思う。

「情報サイトも少しだけ見たんですが、本当にこっちの世界で活動しているのは決まった言葉しか返さないNPCじゃなくって、自分の考えを持っているれっきとした住人なんですね。一体どれぐらいの施設を使えばそんな事が可能になるんでしょうか……一か月数千円で遊べる世界じゃないですよ」

「その点は、他のワンモアプレイヤーにとっても不思議に思っている事の一つだね。何故ここまでの世界を作ったのか予想もつかないし、維持するだけでどれだけの費用が掛かるのか……そっちの方面も想像がつかないよ」

 この世界に住む住人の一人だけでも、一般のPCで動かすのは難しいような気もする。ただ考えて受け答えするだけじゃないからな……特に戦える人達はなおさらだ。いろんなことで共に戦った事は数多いが、プレイヤーよりも素晴らしい腕前を持つ人はかなり多かった。あの動きを制御するだけで、相当のマシンパワーを必要とするはずなのだが……無粋なので普段は考えないようにしている。

「こうやって街を歩くだけでも、すごいって思います。歩いている人の大半がこちらの世界の人達のはずなのに、リアルの私達と大して変わらない。異世界に来たって言われても信じてしまいそうになります」

 そんな言葉に「そうだね、自分も最初に見た時は驚いたよ」と相槌を打っておく。自分の時は色々とありすぎてみる余裕が無かったんだけど、そんな事を言うのは野暮だからね。そういう事にしておく。

「と、ここが訓練所。剣や魔法を始めとして戦闘関連ならここで訓練できる。あと、教官が数名いるから話をちゃんと聞いて、指示に従って訓練をした方が良いよ。その方が結果的に強くなれるから。剣の振り方とか、基本を押さえてから自分なりの応用につなげていくって感じかな」

 訓練所に入るなり、教官から「おやアース、今日はどの的をぶち壊しに来たんだ?」なんて言われてしまって苦笑させられた。教官も笑いながら言っていたので軽いジョークのつもりだったんだろうけどな。さてと、ここまで連れてくれば自分の役目は終わりかな。後はこの女性プレイヤーのやりたいようにやらせるべきだ。

「じゃ、訓練頑張ってね」「はい、色々とありがとうございました」

 と、挨拶を交わして訓練所を後にする。彼女の経験が、後からくる友人二人の指針にもなるだろうし……これ以上は自分があれこれする必要はないだろう。さて、今日はそろそろログアウトしますかねと考えようとして……複数の視線に気が付いた。その視線の方向につかつかと近寄って行くと、視線を向けていた連中は逃げ出した。もちろん追いかける事にする、視線を向けていたのは……建物の天井を走る事でショートカットを重ね、やっと追いつく。

「何で盗み見る様な行動をしてんだよツヴァイ達は。普通に声をかけてくればいいだろうが」

 そう、視線を向けていたのはブルーカラーのツヴァイ、レイジ、カザミネ、ロナの四人だった。なんでこそこそとしてたんだよこの四人は?

「え? いや、だって、デートの邪魔をするのはよろしくないんじゃないかなーって」

 と、そんな発言をロナが言う。おいおい、デートじゃないっての。これは訂正しておかないといけないな。

「ああ、そんな勘違いをしたからか……言っておくけど、あの女性プレイヤーは初心者さんで、何をすればいいか分からないって事だったから、最初の行動の指針を与えてきただけだぞ? 最低限の事を教えて、この世界の住人の事を教えた後に訓練所に連れて行ってそこでお別れして来ただけだ。名前も聞いてないし、聞くつもりも無かった」

 この自分からの一切焦りが含まれない返答に「そうだったのかー」とつまらなそうにつぶやくブルーカラーの四人。何を期待してたんだって、色恋沙汰の色々なアレを期待していたんだろうなー。いつの時代でも色恋沙汰ってのはネタになり続けるからねえ。面白そうだって興味を引きやすい話の一つではある。ネタにされた方はたまった物ではないのだが。

「何でそこで名前を聞いて、フレンドになろうって行かないんだよアースは……それじゃ何も始まらないだろうに」

 そんな事をツヴァイが呟いているけど、別にいいじゃないか。ナンパしたい訳でもないんだしさ。と、そういやナンパする人っていくつ歳を重ねてもやるよなーなんて事を思い出した。現場にも一人居るんだが、成功率が零%という点が実に笑え……いやいや自重。自分を含めた周りの人も、もういい加減やめとけと言ってはいるのだが、本人は俺はモテるんだ! という謎の自信に満ち溢れているので一向に辞めないと言うね。あんな姿を見ていたら、ナンパなんてする気が失せますよ、ほんと。

「まあ、アースらしいだろ。ナンパするとは思えなかったしな」

 と、レイジはそれっぽい事を言ってるけどさ……君も自分を見ていたメンツの一人だったよねえ?

「逆に自分は、アースさんに春が来たのかと思ってしまいまして」

 カザミネ、お前さんにはお前さんの春を迎えてくれよ。こっち側はもう常時冬だってかまわないんだから。自分はもう生涯独身、それでいいと決めている。でもカザミネは若いんだから、カザミネにはぜひ幸せな春を迎えてほしい。良い出会いがあるとよいのだが。

「ま、残念ながらそんな暖かいお話は無いんだ。それにしてもまた変わった面子だよな……他のブルーカラーのメンバーはどうした?」

 この四人だけってパターンはなかなかない。戦闘をするにしてもバランスが悪すぎるし、普段の会話をするとなるとミリーやエリザ、ノーラが大抵いるからね。女性陣がロナだけってパターンはめったにない。

「他のメンバーは別行動中。俺達は食料とかの買い出しに来てたんだが……そこでアースの女性連れなんて珍しい物を見たからつい。いや、実はここ数日、このファスト辺りでドラゴンを見たって噂がちらほら上がってるんだよ。で、もしかしたら噂が本当かもしれないって事で、ちょっとこの近辺を探し回ってるって所だ」

 ん? ドラゴンがこの近辺に来てる? もし本当に来ているとしたら何の用だろう? ファストの街に強襲をかけてこないのだから、攻撃する意思はなさそうだし……そもそもドラゴン族はそこまで攻撃的でもない。話も通じるし……こちらが変な事をしなければ、敵対する確率は低い。

「ちょっと質問していいか? もしツヴァイ達はドラゴンを見つけたらどうするつもりなんだ?」

 これは確認しておくべきだ。まさかとは思うが……見つけたから倒そうとか考えていたらストップをかけないと。他のゲームならそれでもいいが、このワンモアではそうは行かない。ツヴァイ達もそれは痛感しているはずだから、大丈夫だとは思うが。

「ああ、見つけたら色々と話をしてみたいんだよ。どういう所に住んでいるんだとか、どんな生活をしているのだとか。やっぱりドラゴンはロマンだろ? そして交渉して、食べ物を上げる代わりに背中に乗せて貰って空を飛んで欲しいんだよなー。飛行機とかとは全く違う世界が見えるはずだから、一回やってみたいんだ!」

 あ、そう言う平和的な話なのか。なら問題はないな、彼らも礼を失さなければ比較的寛容な所もある。それに、自分のせいでかなり食い物に目が無い状態になっているからなぁ。以前のゲヘナクロスとの戦いが終わった後に出した料理にも食いついていたから……食べ物を提供すれば、背中に乗せてくれるかもしれないな。

「という訳で、撒き餌としてアースに来て欲しいんだ! こういう件はアースが居ると成功率が上がる!」

 こぶしを握って力説したツヴァイに、全力で上段構えからのハリセンの一撃をお見舞いしておいた。撒き餌とか言いやがって……ツヴァイも遠慮が無くなったもんだ。とは言え、なんでこんな人里近くにドラゴンがやってきたのかは気になる所だな……翌日からツヴァイ達と行動してみるか。
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