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第三章
他の動き
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ここはクルームハイト公爵領が国境を接している隣国、アドヴァリス帝国。この国は元は小国の一つでしかなかったが、現皇帝が即位してから実力主義の国へと変貌し、名も帝国へと変えた。その後、戦争によって他の小国を次々と併呑していくことでその領土を拡大し、大国へと成長した経緯がある。
その帝城内玉座の間で二人の男が対面していた。
「皇帝陛下。この度は急きょお時間をいただいてしまい申し訳ございません」
上等な衣装を身に纏い、濃い紫色の長髪をした異常に色白の男―――ヴァイザスが恭しく膝をつき、頭を下げる。
「よい。他でもない貴様の頼みだからな、ヴァイザス。それで?今日はどうしたのだ?」
玉座に座る白髪混じりの薄紫色の髪をオールバックに整えた男がそれに答えた。人払いしていることからも、二人の間柄が中々に親しいことが伝わってくる。
それなりに年を取っているようだが、未だ衰え知らずの歴戦の戦士といった風貌だ。簡素ながら高価とわかる服に隠れているが、肉体的にも現役で戦えそうなほど鍛えぬかれている。彼こそが一代で帝国を大国にしたアドヴァリス帝国の現皇帝、カルネジオ=アドヴァリスだ。
「ええ。本当に残念なことなのですが、一度本国に戻らなければならなくなりましてねぇ。カルネジオ陛下には日頃からお世話になっておりますのでご挨拶に参った次第です」
ヴァイザスが慇懃な態度を崩すことなく用件を伝えたのだが、カルネジオは眉を寄せた。
「ほう?だがな、ヴァイザス。まずはその態度をやめろ。貴様が畏まると気色悪いぞ」
カルネジオの言葉を受けたヴァイザスは飄々とした様子で立ち上がる。
「これは手厳しいですねぇ。本心からの敬意を表したつもりなんですがねぇ」
「冗談も休み休み言え。…それで?何があったのだ?」
カルネジオは一度鼻を鳴らすと話を戻した。
「まあすぐに公になりますし、お伝え致しますと、どうやらルミナスト枢機卿の娘、名はフレイと言いましたか、彼女が聖女認定されたようでして。司教以上の者は式典のため戻ってくるようにと教皇聖下の名で命令が下されたのですよ」
「何?聖女が現れたのか?」
カルネジオは聖女という言葉に過剰に反応し目を見開く。
「ええ、聖女、です。書簡によれば、彼女は魔法を無力化する聖なる領域、ホーリーフィールドを使用したそうですので、聖女の条件を満たし認定されたようですよ」
「……本物なのか?」
カルネジオは探るように訝しげな目をヴァイザスに向ける。
「さあ、どうでしょうかねぇ。十三歳になったばかりという若さでの聖女認定は確かに目を引きますが、十歳のときの魔力測定では微々たる魔力量を示しただけのようですので。それに彼女は元々身体が弱かったという情報もあり、ホーリーフィールドも短い時間しか維持できなかったとのことですよ」
「なるほどな……。では歴代の聖女と同じということか」
教会には聖女と呼ばれる者が極稀に現れることはこの世界で広く知れ渡っている。長い歴史の中で今代の聖女フレイ=ルミナストが十代目だ。聖女の条件はただ一つ、教会に古くから伝わる光魔法ホーリーフィールドを使用できること。過去、この魔法を使えた男性はおらず、すべて女性だ。故に聖女と呼ばれている。そして、最上級魔法を凌ぐ超高難度のこの魔法はその効果も破格だ。何せすべての魔法を無力化できる領域を展開するというものなのだから。ただし、その絶大な効果故か、魔力の消費が激しく、歴代聖女皆に共通して持続時間がそれほど長くないという欠点がある。
彼女達は教会によって聖女と認定されると、広く喧伝され、聖女だけが特別に使える魔法の効果もあり、平和の象徴として扱われてきた。
「ええ。書簡を読む限りこれまでと同じでしょう。教会の宣伝に利用されるだけですよ。全くこの忙しいときに困ったものです。私としては今本国に戻るなど実に面倒なんですがねぇ」
教会のトップである教皇からの命令だというのに、ヴァイザスは億劫だと思っていることを隠そうともせずやれやれと首を横に振る。宣伝という言い方も実に皮肉めいていた。実際、過去を遡っても聖女がホーリーフィールドを使用する機会などほとんどなく、民衆へのプロパガンダに利用されてきた面を否定できない。ただこんな認識で聖女のことを捉えているのは教会でも一部だけだろうが。
「フッ、教会勢力にとってはありがたい存在だろうに、とても大司教の言葉とは思えんな。それに貴様が忙しいのは教会とは別の理由であろう?」
「ええ、その通りではありますが面倒なものは面倒なのですよ」
「ふん。つくづく食えぬやつよ」
「否定はしませんよ」
軽薄な笑みを浮かべるヴァイザスにカルネジオは苦笑を漏らすと話を変えた。
「まあよい。そこが貴様の面白いところでもあるからな。それで貴様はまたすぐに戻ってくるのか?」
「どうでしょうか。調べたいことが途中になっていますので、そろそろムージェスト王国にも行かなければなりませんし。私、こう見えて本当に忙しいのですよ」
「ぬかせ。が、あの国も大変だな。貴様のようなやつに目をつけられるとは」
「心外ですねぇ。ただ少しばかり興味深い者がいるというだけですよ」
「確かに私のところにも色々と情報は入ってきているな。内部抗争に現を抜かしているとはいえ、やはり侮れん国だ。その方が面白いがな」
「陛下の準備も着々と進んでいるようですねぇ」
「当然だ。だがまだ時間はかかる」
「然様ですか。心に留めておきましょう」
「ああ。今はまだ隣国として交流もあるからな。シャルロッテ王女の学園入学に合わせて我が帝国から娘を留学させる予定も控えている」
「陛下もお人が悪いですねぇ」
「貴様にだけは言われたくないぞ?」
「私は自分の興味に忠実なだけなんですがねぇ」
その後、カルネジオへの挨拶を終えたヴァイザスは教皇の命令通り、急ぎ教会の総本山でもあるエヴァンジュール神聖国に向かうのだった。
二か月後、各国にある全教会から聖女の誕生が公表された。
その帝城内玉座の間で二人の男が対面していた。
「皇帝陛下。この度は急きょお時間をいただいてしまい申し訳ございません」
上等な衣装を身に纏い、濃い紫色の長髪をした異常に色白の男―――ヴァイザスが恭しく膝をつき、頭を下げる。
「よい。他でもない貴様の頼みだからな、ヴァイザス。それで?今日はどうしたのだ?」
玉座に座る白髪混じりの薄紫色の髪をオールバックに整えた男がそれに答えた。人払いしていることからも、二人の間柄が中々に親しいことが伝わってくる。
それなりに年を取っているようだが、未だ衰え知らずの歴戦の戦士といった風貌だ。簡素ながら高価とわかる服に隠れているが、肉体的にも現役で戦えそうなほど鍛えぬかれている。彼こそが一代で帝国を大国にしたアドヴァリス帝国の現皇帝、カルネジオ=アドヴァリスだ。
「ええ。本当に残念なことなのですが、一度本国に戻らなければならなくなりましてねぇ。カルネジオ陛下には日頃からお世話になっておりますのでご挨拶に参った次第です」
ヴァイザスが慇懃な態度を崩すことなく用件を伝えたのだが、カルネジオは眉を寄せた。
「ほう?だがな、ヴァイザス。まずはその態度をやめろ。貴様が畏まると気色悪いぞ」
カルネジオの言葉を受けたヴァイザスは飄々とした様子で立ち上がる。
「これは手厳しいですねぇ。本心からの敬意を表したつもりなんですがねぇ」
「冗談も休み休み言え。…それで?何があったのだ?」
カルネジオは一度鼻を鳴らすと話を戻した。
「まあすぐに公になりますし、お伝え致しますと、どうやらルミナスト枢機卿の娘、名はフレイと言いましたか、彼女が聖女認定されたようでして。司教以上の者は式典のため戻ってくるようにと教皇聖下の名で命令が下されたのですよ」
「何?聖女が現れたのか?」
カルネジオは聖女という言葉に過剰に反応し目を見開く。
「ええ、聖女、です。書簡によれば、彼女は魔法を無力化する聖なる領域、ホーリーフィールドを使用したそうですので、聖女の条件を満たし認定されたようですよ」
「……本物なのか?」
カルネジオは探るように訝しげな目をヴァイザスに向ける。
「さあ、どうでしょうかねぇ。十三歳になったばかりという若さでの聖女認定は確かに目を引きますが、十歳のときの魔力測定では微々たる魔力量を示しただけのようですので。それに彼女は元々身体が弱かったという情報もあり、ホーリーフィールドも短い時間しか維持できなかったとのことですよ」
「なるほどな……。では歴代の聖女と同じということか」
教会には聖女と呼ばれる者が極稀に現れることはこの世界で広く知れ渡っている。長い歴史の中で今代の聖女フレイ=ルミナストが十代目だ。聖女の条件はただ一つ、教会に古くから伝わる光魔法ホーリーフィールドを使用できること。過去、この魔法を使えた男性はおらず、すべて女性だ。故に聖女と呼ばれている。そして、最上級魔法を凌ぐ超高難度のこの魔法はその効果も破格だ。何せすべての魔法を無力化できる領域を展開するというものなのだから。ただし、その絶大な効果故か、魔力の消費が激しく、歴代聖女皆に共通して持続時間がそれほど長くないという欠点がある。
彼女達は教会によって聖女と認定されると、広く喧伝され、聖女だけが特別に使える魔法の効果もあり、平和の象徴として扱われてきた。
「ええ。書簡を読む限りこれまでと同じでしょう。教会の宣伝に利用されるだけですよ。全くこの忙しいときに困ったものです。私としては今本国に戻るなど実に面倒なんですがねぇ」
教会のトップである教皇からの命令だというのに、ヴァイザスは億劫だと思っていることを隠そうともせずやれやれと首を横に振る。宣伝という言い方も実に皮肉めいていた。実際、過去を遡っても聖女がホーリーフィールドを使用する機会などほとんどなく、民衆へのプロパガンダに利用されてきた面を否定できない。ただこんな認識で聖女のことを捉えているのは教会でも一部だけだろうが。
「フッ、教会勢力にとってはありがたい存在だろうに、とても大司教の言葉とは思えんな。それに貴様が忙しいのは教会とは別の理由であろう?」
「ええ、その通りではありますが面倒なものは面倒なのですよ」
「ふん。つくづく食えぬやつよ」
「否定はしませんよ」
軽薄な笑みを浮かべるヴァイザスにカルネジオは苦笑を漏らすと話を変えた。
「まあよい。そこが貴様の面白いところでもあるからな。それで貴様はまたすぐに戻ってくるのか?」
「どうでしょうか。調べたいことが途中になっていますので、そろそろムージェスト王国にも行かなければなりませんし。私、こう見えて本当に忙しいのですよ」
「ぬかせ。が、あの国も大変だな。貴様のようなやつに目をつけられるとは」
「心外ですねぇ。ただ少しばかり興味深い者がいるというだけですよ」
「確かに私のところにも色々と情報は入ってきているな。内部抗争に現を抜かしているとはいえ、やはり侮れん国だ。その方が面白いがな」
「陛下の準備も着々と進んでいるようですねぇ」
「当然だ。だがまだ時間はかかる」
「然様ですか。心に留めておきましょう」
「ああ。今はまだ隣国として交流もあるからな。シャルロッテ王女の学園入学に合わせて我が帝国から娘を留学させる予定も控えている」
「陛下もお人が悪いですねぇ」
「貴様にだけは言われたくないぞ?」
「私は自分の興味に忠実なだけなんですがねぇ」
その後、カルネジオへの挨拶を終えたヴァイザスは教皇の命令通り、急ぎ教会の総本山でもあるエヴァンジュール神聖国に向かうのだった。
二か月後、各国にある全教会から聖女の誕生が公表された。
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