あなたのお嫁さんになりたいです!~そのザマァ、本当に必要ですか?~

古芭白あきら

文字の大きさ
172 / 317
第二部 そのザマァ、本当に必要ですか?

第0話 その婚約、本当に解消なんですか?

しおりを挟む

「ここに来るのも今日で最後かもしれないのか」

 エーリックは深いため息を吐いた。

 彼が訪れているのはグロラッハ侯爵の屋敷——最愛の婚約者ウェルシェが住む場所。

 エーリックが初めてウェルシェと出会ったのもここの庭園だった。

 その時のことは今でも鮮明に覚えている。

 エーリックは政略と割り切ってお見合いの場に来た。が、ウェルシェを見た瞬間、エーリックは強い衝撃を受けた。

 白銀の髪シルバーブロンドは陽光にきらめき、緑色の瞳は翠緑石エメラルドよりも綺麗だった。四肢はほっそりと白く、華奢で触れれば泡沫のごとく壊れてしまいそう。

 にこりと微笑むその姿はまさに妖精そのもの。

 それほどに儚げで現実離れした美しいウェルシェにエーリックは一目惚れしたのだった。

 あれから二年――

 今でもエーリックの想いはまったく色褪せていない。むしろ、想いは、恋心はより激しく燃え上がっていた。

 事実、もうすぐウェルシェに会えると思っただけでエーリックは胸を熱くした。うるさく鼓動する心臓の音はエーリックに婚約者への恋を自覚させる。

(ああ、そうだ……初めて会った日から僕は未だウェルシェに恋をしているんだ)

 グロラッハ邸の庭園に案内されると、エーリックの鼻腔をくすぐる薔薇の香りがより強くエーリックにウェルシェとの出会いを思い起こさせる。

「そう言えば初めてウェルシェに会った時も薔薇が咲いていたな」

 その記憶はエーリックにとって、かけがえのない宝物。だが、今はその思い出がよりいっそう彼を苦しめた。

 ウェルシェと積み上げてきた時間が楽しく幸せであればあるほど、エーリックを暗澹たる気持ちにさせるのだ。

 なぜなら――

(このままだとウェルシェとの婚約が解消されちゃう!)

 それだけは絶対に嫌だ。

 白くなるほど固く握った拳が小刻みに震える。

「だけど、僕とて王家の男だ。責任からは逃れられない」

 だから、今日はその話を……婚約解消の話をしにきたのだ。

「でも、ウェルシェと別れるのだけは耐えられない!」

 涙が滲む青い瞳には絶望の色が浮かんだ。

(全てはバカ兄貴のせいだ!)

 エーリックが珍しくギリッと歯を食いしばる。おっとりしたエーリックには珍しく顔に悔しさと怒りが滲んだ。

「エーリック様!」

 鈴を転がすような声がエーリックの耳を打つ。その声に暗い感情を引きずっていたエーリックの気分が一気に晴られた。

「ウェルシェ!」

 それは最愛の婚約者のもの。

 ウェルシェは居ても立っても居られなくなったのか、四阿ガゼボを飛び出しエーリックに走り寄ってくる姿が見えた。

 エーリックも喜色を隠さず、満面の笑みでウェルシェに駆け寄りそのまま抱き締めた。

「ウェルシェ、君にずっと会いたかったんだ」
「私もですエーリック様……」

 二人は互いの温度を噛み締めるように確かめ合う。

 しばし愛しの婚約者に包まれて陶酔していたが、ウェルシェはエーリックの胸に埋めていた顔を上げた。
 
「……ですが、このところエーリック様はお忙しくしてらして、全然お会いできないんですもの」
 
 私とても寂しかったんです、と愛しい婚約者に少し恨みがましい目で睨まれて、エーリックはむしろデレっとだらしなく相好そうごうを崩し悶えてしまった。
 
 上目遣いでのうえ恨み言がいじらしく、ウェルシェのあまりの可愛さに心臓を射抜かれてしまったのだ。
 
「ごめんよウェルシェ……僕も寂しかったけど、城内がごたごたしていて時間が取れなかったんだ」
「ごたごた……ですの?」
「うん……」

 いつもなら、ただただ楽しい婚約者との逢瀬の時間……しかし、これからウェルシェに告げる内容を思うと、エーリックの胸に暗澹あんたんたる気持ちが再び沸き起こった。

(どうしてこんなことに……)

 目の前の愛しい婚約者との別れ話をしなくてはならない事態に陥った……そのここに至るまでの出来事がエーリックの脳裏に浮かんだ。

 その始まりは一年ほど前、彼が二学年に進級した頃に遡る。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を助けようとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

わがままな婚約者はお嫌いらしいので婚約解消を提案してあげたのに、反応が思っていたのと違うんですが

水谷繭
恋愛
公爵令嬢のリリアーヌは、婚約者のジェラール王子を追いかけてはいつも冷たくあしらわれていた。 王子の態度に落ち込んだリリアーヌが公園を散策していると、転んで頭を打ってしまう。 数日間寝込むはめになったリリアーヌ。眠っている間に前世の記憶が流れ込み、リリアーヌは今自分がいるのは前世で読んでいたWeb漫画の世界だったことに気づく。 記憶を思い出してみると冷静になり、あれだけ執着していた王子をどうしてそこまで好きだったのかわからなくなる。 リリアーヌは王子と婚約解消して、新しい人生を歩むことを決意するが…… ◆表紙はGirly Drop様からお借りしました ◇小説家になろうにも掲載しています

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

悪役令嬢は断罪の舞台で笑う

由香
恋愛
婚約破棄の夜、「悪女」と断罪された侯爵令嬢セレーナ。 しかし涙を流す代わりに、彼女は微笑んだ――「舞台は整いましたわ」と。 聖女と呼ばれる平民の少女ミリア。 だがその奇跡は偽りに満ち、王国全体が虚構に踊らされていた。 追放されたセレーナは、裏社会を動かす商会と密偵網を解放。 冷徹な頭脳で王国を裏から掌握し、真実の舞台へと誘う。 そして戴冠式の夜、黒衣の令嬢が玉座の前に現れる――。 暴かれる真実。崩壊する虚構。 “悪女”の微笑が、すべての終幕を告げる。

処理中です...