75 / 83
19.カ、カチコミ…?
カ、カチコミ…?②
しおりを挟む
「大体お父さんだって、今はこんな風だけれど、若くて現場にいたころは組事務所へガサ入れに行くと言っては遺書を置いて行くような人だったんだから」
「いや……あれはその、ほら、時代がね……」
「その最中にカチコミっていうの? 抗争真っ最中の相手の組員が殴り込んできて、警察と対象の組事務所の組員と抗争相手の組員と皆で取っ組み合いになって、何人か入院したじゃない」
「え……」
いや……覚悟をするとは言ったけど、そこまでの覚悟も必要なのだろうかと驚く。
(カ、カチコミ?)
ごく普通の主婦に見える母の口から出てきた言葉とはとても思えず、亜由美は固まってしまった。
「まあ、昔の話だから。ただ、今千智がしている警護も万が一の時は自分の身を挺しても、要人を警護しなくてはいけない。確かに覚悟が必要なのかもな。ああ、反対しているわけじゃないんだ。怖がらせるつもりもなくて……」
そうであればきっと事実なのだ。
鷹條はその覚悟を持って勤務している。そういう人だ。
「私が支えてもいいですか?」
「亜由美……」
これまで一緒に過ごした時間の中で鷹條はなにがあっても亜由美を護ってくれるということは、十分に分かっていた。であれば、亜由美にできるのは理解して支えることだけだ。
「亜由美さん、大変なことです。千智をどうぞよろしくお願いいたします」
父に頭を下げられ、その横で母にも頭を下げられて、亜由美は戸惑ってつい横にいる鷹條へ目線を送ってしまう。鷹條はぎゅっとちゃぶ台の下で亜由美の手を握った。
それだけで亜由美はきゅんとする。
「こういう人なんだ」
真っすぐな鷹條の表情と声。顔を上げた両親も嬉しそうに微笑んでいた。
「本当、ちーちゃんが選んだ人がいい人でよかったわ」
「ですって、ちーちゃん?」
ふふっと笑った亜由美が思わず動きを止めてしまった鷹條の顔を覗き込む。はーっと鷹條から深いため息が漏れた。
「いや、本当にその呼び方はやめてくれ……」
普段は隙がないほどの雰囲気を持っている鷹條が、鷹條家では可愛がられている末っ子なんだと、亜由美はとても微笑ましく思うのに鷹條は恥ずかしいようだ。
こうして鷹條家への挨拶は穏やかな雰囲気で終わったのだった。
帰り際に「また遊びに来てね」と母に笑顔を向けられ、お惣菜のお土産をいっぱいもらってしまった。
温かく、思いやりに満ちた優しい家庭なのだと亜由美は安心したのだった。
姫宮商事はもちろん華美なアクセサリーをしないこと、というのが社内規定ではあるのだけれど、結婚指輪、婚約指輪、またファッションリングでも華美でないものは認められていた。
亜由美も先輩が指輪を付けているところを見たことがあったし、プロポーズしてくれた時の幸せな気持ちを思うと鷹條に見守られているように感じるから身につけていたくて、少し迷ったけれど会社にも付けていくことにする。
もちろん真っ先に気づいたのは隣の席の奥村だ。
「亜由美ちゃん、これって……」
「あ、はい。結婚しようって言われました」
「わー、いいなあ」
本気で羨ましそうなのも、奥村が言うとなんだか可愛らしい。
「ストーカー事件も彼が解決してくれたんだよね。カッコいいよねぇ」
そこで亜由美は鷹條としていた話と思い出す。
「あの、事件も解決しましたし、いろいろご心配をおかけして駅まで一緒に行ってくださったり、本当にお世話になったので、お食事をしたいんです。お礼の気持ちも込めて」
「えー、そんなのいいよー。だって一人じゃ怖いじゃない。できることをしただけだけだし、お礼って言われるほどじゃないよ」
気風の良い姉御肌の奥村なのでさらっと遠慮されてしまった。一生懸命亜由美は伝える。
「鷹條さんとも一緒にお食事してほしくて」
「いや……あれはその、ほら、時代がね……」
「その最中にカチコミっていうの? 抗争真っ最中の相手の組員が殴り込んできて、警察と対象の組事務所の組員と抗争相手の組員と皆で取っ組み合いになって、何人か入院したじゃない」
「え……」
いや……覚悟をするとは言ったけど、そこまでの覚悟も必要なのだろうかと驚く。
(カ、カチコミ?)
ごく普通の主婦に見える母の口から出てきた言葉とはとても思えず、亜由美は固まってしまった。
「まあ、昔の話だから。ただ、今千智がしている警護も万が一の時は自分の身を挺しても、要人を警護しなくてはいけない。確かに覚悟が必要なのかもな。ああ、反対しているわけじゃないんだ。怖がらせるつもりもなくて……」
そうであればきっと事実なのだ。
鷹條はその覚悟を持って勤務している。そういう人だ。
「私が支えてもいいですか?」
「亜由美……」
これまで一緒に過ごした時間の中で鷹條はなにがあっても亜由美を護ってくれるということは、十分に分かっていた。であれば、亜由美にできるのは理解して支えることだけだ。
「亜由美さん、大変なことです。千智をどうぞよろしくお願いいたします」
父に頭を下げられ、その横で母にも頭を下げられて、亜由美は戸惑ってつい横にいる鷹條へ目線を送ってしまう。鷹條はぎゅっとちゃぶ台の下で亜由美の手を握った。
それだけで亜由美はきゅんとする。
「こういう人なんだ」
真っすぐな鷹條の表情と声。顔を上げた両親も嬉しそうに微笑んでいた。
「本当、ちーちゃんが選んだ人がいい人でよかったわ」
「ですって、ちーちゃん?」
ふふっと笑った亜由美が思わず動きを止めてしまった鷹條の顔を覗き込む。はーっと鷹條から深いため息が漏れた。
「いや、本当にその呼び方はやめてくれ……」
普段は隙がないほどの雰囲気を持っている鷹條が、鷹條家では可愛がられている末っ子なんだと、亜由美はとても微笑ましく思うのに鷹條は恥ずかしいようだ。
こうして鷹條家への挨拶は穏やかな雰囲気で終わったのだった。
帰り際に「また遊びに来てね」と母に笑顔を向けられ、お惣菜のお土産をいっぱいもらってしまった。
温かく、思いやりに満ちた優しい家庭なのだと亜由美は安心したのだった。
姫宮商事はもちろん華美なアクセサリーをしないこと、というのが社内規定ではあるのだけれど、結婚指輪、婚約指輪、またファッションリングでも華美でないものは認められていた。
亜由美も先輩が指輪を付けているところを見たことがあったし、プロポーズしてくれた時の幸せな気持ちを思うと鷹條に見守られているように感じるから身につけていたくて、少し迷ったけれど会社にも付けていくことにする。
もちろん真っ先に気づいたのは隣の席の奥村だ。
「亜由美ちゃん、これって……」
「あ、はい。結婚しようって言われました」
「わー、いいなあ」
本気で羨ましそうなのも、奥村が言うとなんだか可愛らしい。
「ストーカー事件も彼が解決してくれたんだよね。カッコいいよねぇ」
そこで亜由美は鷹條としていた話と思い出す。
「あの、事件も解決しましたし、いろいろご心配をおかけして駅まで一緒に行ってくださったり、本当にお世話になったので、お食事をしたいんです。お礼の気持ちも込めて」
「えー、そんなのいいよー。だって一人じゃ怖いじゃない。できることをしただけだけだし、お礼って言われるほどじゃないよ」
気風の良い姉御肌の奥村なのでさらっと遠慮されてしまった。一生懸命亜由美は伝える。
「鷹條さんとも一緒にお食事してほしくて」
86
あなたにおすすめの小説
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
密会~合コン相手はドS社長~
日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。
諦めて身を引いたのに、エリート外交官にお腹の子ごと溺愛で包まれました
桜井 響華
恋愛
旧題:自分から身を引いたはずなのに、見つかってしまいました!~外交官のパパは大好きなママと娘を愛し尽くす
꒰ঌシークレットベビー婚໒꒱
外交官×傷心ヒロイン
海外雑貨店のバイヤーをしている明莉は、いつものようにフィンランドに買い付けに出かける。
買い付けの直前、長年付き合っていて結婚秒読みだと思われていた、彼氏に振られてしまう。
明莉は飛行機の中でも、振られた彼氏のことばかり考えてしまっていた。
目的地の空港に着き、フラフラと歩いていると……急ぎ足の知らない誰かが明莉にぶつかってきた。
明莉はよろめいてしまい、キャリーケースにぶつかって転んでしまう。そして、手提げのバッグの中身が出てしまい、フロアに散らばる。そんな時、高身長のイケメンが「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたのだが──
2025/02/06始まり~04/28完結
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す
花里 美佐
恋愛
榊原財閥に勤める香月菜々は日傘専務の秘書をしていた。
専務は御曹司の元上司。
その専務が社内政争に巻き込まれ退任。
菜々は同じ秘書の彼氏にもフラれてしまう。
居場所がなくなった彼女は退職を希望したが
支社への転勤(左遷)を命じられてしまう。
ところが、ようやく落ち着いた彼女の元に
海外にいたはずの御曹司が現れて?!
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる