船を建てた男 ~信長の鉄甲船 建造物語~

九條葉月

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建造計画

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 鉄介と椿は何とか伊勢へと帰ることができ。先に戻っていた九鬼嘉隆に挨拶をすることにした。

「鉄介、よくぞ戻った。して、その女性は?」

「へい。織田信長様から監視役と護衛役として派遣されてきた椿殿でございます」

「お、おぉ、そうか……。なにやら油断ならぬ立ち振る舞い。もしや、くノ一というものであろうか?」

「…………」

 嘉隆からの問いかけに黙って頭を下げる椿。
 しかし、この九鬼嘉隆、妙なところで鋭い男である。やはり水軍を率いる立場にあり、甥から九鬼家総領の座を奪おうとしている男はこのくらい鋭くなければやっていけないのだろうか?

「さて、鉄介。大安宅船を7隻造らなければならんのだが」

 この時点ですでに信長と夕庵のやり取りは終わり、1隻は滝川一益に造らせることになったのだが……まだ九鬼の元へ連絡は来ていないようだ。

「へい。7隻は無理でございましょう」

「……そこを何とかならんか? できなければ儂の首が飛ぶ」

 途端に『へにゃ』っとした顔になる嘉隆であった。先ほどの、椿を忍びと見抜いた男と同一人物とはとても思えない。

「九鬼様。鉄介様にあまり無茶は言われませぬよう」

 さっそく釘を刺す椿であった。

「お、おう、もちろんだ。よく分かっているとも」

 硬い顔で笑ってみせた嘉隆が仕切り直しとばかりに咳払いをする。

「ご、ごほん。さて、鉄介よ。人手はこれから集めるが、まずはどのような船を造るか決めなければならんな」

「へい。船の上で色々と思案を重ねておきました」

「感心であるな。――誰か! 紙と筆を持て!」

 九鬼の呼びかけに応じて家臣の一人が紙と筆を持ってきたので、さっそく鉄介は指図を引き始めた。

「……ほぅ? ずいぶんと変わった船になりそうな」

 描かれていく指図を見て、興味深そうに自らの顎を撫でる嘉隆。

 それもそうであろう。紙上に描かれている船の図は、これまでの船では考えられぬほどに『寸胴』だったのだから。

 鉄介の想定している寸法としては、長さが十三間(約23m)、横幅が七間(約13m)となっている。

 岡部が琵琶湖で造った大船が長さ三十間(約54m)、横幅七間(約13m)なので、横幅はほぼ同じなのに対して長さは半分以下である。

「信長様は大筒を三門載せることを希望しておられます」

「うむ、まったく無茶振りを――おっと」

 信長から派遣された椿の存在を思い出したのか口をつぐむ嘉隆であった。だいぶ手遅れではあるのだが。

「大筒を載せるなら、船の正面にしか場所はありませぬ」

「うむ。横は漕ぎ手が座るからな。大筒を置いては漕ぎ手の数を減らさねばならぬ」

「しかし、三門並べるならばそれなりに横幅を広くしなければなりませぬ」

「……それゆえの、この横幅か」

「へい。三門並べるなら十三間は欲しいところ。ですが、それに伴い全長を決めますと二十間は超えてしまうでしょう」

「……あまり大きな船にしてしまうと、建造に時間が掛かる」

「へい。ですので全長の方を思い切って短くしてしまおうかと」

「しかし、これほど寸胴では海の上で動かしにくいぞ?」

「おそらくこの船は伊勢から大坂までの一度の航海しかしませんから、問題はない……とは言えませんが、一度限りと思い、耐えるしかありませぬ」

「うむ、鉄介の言っていた海上の砦か……」

「それと、横幅が広ければ停泊時の安定性が増しますから、大筒や鉄砲が当てやすくなります。その意味では利点になるかと」

「う~む、善し悪しか……。甲板の上の矢倉は前部と後部に分けて造るのか?」

「へぇ。信長様がそのような『南蛮風』を気に入っていたと分かっているのですから、そうするのがよろしいかと」

「うむうむ、見た目を気に入れば多少遅れが出たとしても見逃してくれるかもしれぬからな」

「はぁ……」

 大工でしかない鉄介としてはそういう『取り入る』ような行動はよく分からない。が、嘉隆も乗り気なのだからここは前後に分けて造るべきだろう。

「そして、岡部殿から大工の棟梁を派遣していただくことになりました」

「棟梁を? それはありがたいが……城大工だろう? 船を造れるのか?」

「まず一隻目はあっしが付いて教え込もうかと。そのあとに棟梁としての経験を活かし、平行して二隻目と三隻目を作ってもらおうかと」

 二隻同時建造。
 鉄介の考えを理解し、嘉隆は顔を明るくした。

「……鉄介、これはいけるのではないか? いや、いける! いけるぞ鉄介! これなら何とか間に合おう! はっはっはっはっはっ!」

 その場で立ち上がり、大笑いをする嘉隆であった。

「……何とも騒がしい人物で」

 少し冷たい目をする椿であった。

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