132 / 187
132.遠くで聞こえた怪鳥の鳴き声
しおりを挟む純粋な赤い色の砂。
ぎらぎらとした日差しに、視界いっぱいの砂漠だ。
乾いた強い風に赤い砂が舞っている。
俺はピーリャを目深にかぶりなおして、砂漠の地に降りたった。
目的の場所で、持ってきた袋に赤い砂を詰める。
それだけだったはずなのに、気付けば魔法のノートを広げて、スケッチを描きはじめていた。
その衝動的な行動に、自分でも戸惑いを覚える。
「ごめんね、オーニョさん。すぐ、終わるから」
急いで立ち去るべき場所なのは分かっていたが、普通なら死んでからしか来ることが叶わない場所なのだ。
きっともう生きて目にする機会はないだろう。
そう思うと、どうしても絵に残しておきたくなったのだ。
しきりに謝る俺に、オーニョさんは体をすり寄せてゴロゴロと喉を鳴らしている。
「近くにあの鳥の気配はない。今しばらくは大丈夫だ」
「ありがとう。もう来られない場所だから、どうしても、しっかりと記憶に残しておきたくなって」
「ユーキが望むなら、いつだって連れてくる」
「ダメだよ。……オーニョさんは、俺を甘やかしすぎる」
そういいながらも、オーニョさんの底抜けな優しさが嬉しくて、ついつい笑顔になってしまう。
オーニョさんも獣の顔で笑う。
金色の瞳を細めて軽く口を開け、ふっくりと笑う。
その獣姿の笑顔が、かわいくてたまらない。
俺はオーニョさんの首の毛並みにすり寄って、二人で笑いあった。
墓標のような赤い岩がそそり立つ砂漠。
岩の断面は、赤の地層が重なった柔らかな曲線を描いている。
低木は松ぼっくりのような花を咲かせ、サボテンに似た多肉植物が身を寄せあっていた。
オーニョさんに見守られながら、そのすべてをノートに描きとめていく。
道具は違っても絵を描くという慣れ親しんだ動作は、考えるまでもなく俺の手を動かした。
心は凪いで、無心で描いた。
それは短くも満たされた時間だった。
「ユーキはすごいな。まるで魔法だ。赤いペン一本で描いていると思えない」
「俺にとっては、オーニョさんが魔法だよ。オーニョさんのそばにいると、俺、なんでもできる気がする」
「それなら、いつだってユーキのそばにいよう。ユーキの役に立てるなら、光栄だ」
「ふふ。オーニョさんは、すぐ、俺を甘やかす」
「もちろん、甘えてほしいからだよ。……しかし、残念ながら、そろそろ時間のようだ」
「来た? 近く?」
「いいや。まだ遠い。しかし念のために、な」
俺は慌てて魔法の本と砂の入った袋をしまい、オーニョさんの背中に飛び乗った。
「もっと身を伏せて、しっかり掴まっていてくれ。見つからないうちに、帰ろう」
オーニョさんのたてがみのような毛並みに埋もれながらしがみつけば、風景が飛ぶように過ぎていく。
遠くで怪鳥の鳴き声がした。
俺は赤い毛並みの隙間からうしろを見た。
遠くに悠々と飛ぶ鳥のシルエットが見える。
その最後の風景を、心に焼きつけた。
山田さんは、希望したとおりに、ここで鳥葬をしたのだろうか。
俺も、いつかここで見送られたいな。
それはまだまだ先の話だろうけど、きっと最期のときもオーニョさんはそばにいてくれるに違いない。
俺にはそれが幸せに満ちた最期に思えたのだった。
8
あなたにおすすめの小説
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
異世界に転移したら運命の人の膝の上でした!
鳴海
BL
ある日、異世界に転移した天音(あまね)は、そこでハインツという名のカイネルシア帝国の皇帝に出会った。
この世界では異世界転移者は”界渡り人”と呼ばれる神からの預かり子で、界渡り人の幸せがこの国の繁栄に大きく関与すると言われている。
界渡り人に幸せになってもらいたいハインツのおかげで離宮に住むことになった天音は、日本にいた頃の何倍も贅沢な暮らしをさせてもらえることになった。
そんな天音がやっと異世界での生活に慣れた頃、なぜか危険な目に遭い始めて……。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない
春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。
路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。
「――僕を見てほしいんです」
奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。
愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。
金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
異世界転移しました。元天才魔術師との優雅なお茶会が仕事です。
渡辺 佐倉
BL
榊 俊哉はつまらないサラリーマンだった。
それがある日異世界に召喚されてしまった。
勇者を召喚するためのものだったらしいが榊はハズレだったらしい。
元の世界には帰れないと言われた榊が与えられた仕事が、事故で使い物にならなくなった元天才魔法使いの家庭教師という仕事だった。
家庭教師と言っても教えられることはなさそうだけれど、どうやら元天才に異世界の話をしてイマジネーションを復活させてほしいという事らしい。
知らない世界で、独りぼっち。他に仕事もなさそうな榊はその仕事をうけることにした。
(元)天才魔術師×転生者のお話です。
小説家になろうにも掲載しています
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる