メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井

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第四章『王女2人』

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 深夜の公園。闇が公園の中を包み込み、昼間とはまた変わった公園の景色を見せていた。時間のせいか、また近寄り難い空気のためか、周りに人の存在は殆ど見受けられない。

 20世紀にしろ、21世紀にしろ、深夜の静けさしか感じられない公園が不気味に感じられるというのは変わらない。科学文明が発達した21世紀の時代においても都市伝説や怪談の類が信じられているように現代人は闇の中に怪異の存在を見出しているのだろう。それ故に深夜の公園を避けるのは当然なのかもしれない。動物が本能によって罠を交わすように。

 だが、悠介は深夜の公園が好きだった。体が大きく成長していたことや無敵の力ともいえるパワードスーツを常備していることもあってか、夜遅い時間に出歩くことに躊躇いはない。肉食動物が強力な牙や爪を持っているからこそ出歩くことができるように。

 公園の木の上に設けられたバスケットゴール。悠介はこの前でドリブルを行いつつゴールを狙う。もちろんただ入れるわけではない。ゴールに投げ込むのは当然ながらバスケットボールの華型、スラムダンク。

 スラムダンク。それはゴールが叩き壊れるのかと錯覚させるほどの強い力でボールを叩きつけるシュートの形を示す名称。

 これを行うには抜群の運動神経並びに反射神経、瞬発力といったものが必要となり、容易にできる技ではない。

 こういった事情を踏まえればスラムダンクを打つのは容易なことではない。それを考慮すれば初心者ですぐに入るなどというのは殆どあり得ない話。

 もちろん例外も存在する。それは相当な練習を積んだ実力者の存在。入るのは余程の才能に恵まれた人物でなければ不可能なのだ。もしくはまぐれといった形での実現といったところだろうか。

 実際悠介は入ったばかりの頃、漫画の主人公が出来たように、すぐに自分でも出来ると思っていた。が、それは一つ舐めれば甘さが広がるドロップのようなものだと悠介はそう実感させられた。一番強く思わされたのは猛練習の末に初めてスラムダンクを決めた時のこと。

 それ故に今この状況においても打てないことはないが、それでも不安の気持ちが天秤から傾く。

 今は誰もいない深夜の公園。外したとしてもお咎めはない。そのことで小馬鹿にされることも鼻で笑われるようなこともない。

 甘えられる状況や環境が整っているのにも関わらず、挑まないのは悠介のバスケ選手としてのプライドが許さない。やはり十分な練習を行なってからゴールへ打ち込むべきだと思っているからだろう。

 そんな考えが頭をよぎったせいか、悠介は体が動かなくなった。バスケットボールを握り締めたままその場で固まっていた。塗り固められた彫像のように。

 時間ばかりが過ぎていき、冷や汗ばかりが手の甲やら首元やらを通っていく。

 このことから悠介は練習方法を転換することに決めた。基礎練習へと打ち込む。

 悠介は小さな声で「フンフン」と叫びながらボールを左右に移動させていく。股の下にもボールを移動させることを忘れない。これは「ボールハンドリング」という技術。これはバスケットボール部に入った初心者が初めて行う練習の一つ。


 その後でボールを握り締めた後にボールを激しくドリブルさせていく。普段であれば練習の舞台は体育館。すなわち室内である。そのことからドムドムと音がするのだが、あいにく今いる場所は公園。

 すなわち屋外である。そのことから体育館の時とは異なり、砂の上を飛んでドスドスと鈍い音を立てていた。

 十分にボールでの練習を行なったと判断してから両手でボールを掴んでゴールの中へと投げ込む。

 これこそが基本のシュート。いわゆる「レイアップシュート」である。

 少し練習を積めば誰でもできると思われるが、そんなに単純なものでもない。これだけでも習得するには十分な時間を要する。

 漫画の主人公であれば一瞬で習得できるのだろうが、漫画の人物のような才能に悠介は恵まれなかったようだ。

 凡人ではあったものの、悠介はその後も必死になってドリブルと「レイアップシュート」を行なっていた。しかし疲労が襲ってきたのか、少し足にふらつきを覚えた。

 だが、休んでなどいられない。学校が再開した後には必ずバスケットボール部に戻りたいと考えているのだ。

 ブランクがあってはならない。そう考えながら何度目かのシュートを放とうとした時のこと。

「悠介、お疲れ」

 と、背後から声が聞こえてきた。振り返ると、そこには恋人であるシーレの姿。
 スポーツドリンクを持っていることから差し入れを持って駆け付けてきてくれたのだろう。

 国賓という待遇には似つかわしくないジャージにジーンズという姿からは誰が彼女を王女だと連想するだろうか。

 せいぜい100年以上前のアメリカ西海岸在住の女子学生にしか見えない。

 どうやらまたホテルを抜け出してきたのだろう。両手に持ったペットボトルもホテルから抜け出す間際に購入したに違いない。

 悠介は苦笑しなが彼女の元へと近付いていく。

「これ差し入れ」

 シーレは疲れ切った彼氏に向かってスポーツドリンクを差し出す。悠介はそれを手に取ると一気に口の中へと流し込む。

 飲み干したこともあってか、「ふぅ」と半ば呼吸にも近い独り言を吐いた後に口元についた水滴を人差し指で拭おうとしたのだが、その前にシーレが持ってきたと思われるハンカチで口元を拭う。最古級の絹のハンカチ。フランス製だということを伝えるタグが見えた。

 彼女との出会いはもともとフランスの財閥との戦いが由来だったと考えると、どこかおかしかった。

 どこか苦笑いを漏らす悠介の真横でペットボトルを握ったまま腰掛けるシーレの姿はどこまでも可愛らしい。

 金髪の髪もフランス人形のように整った容姿も弓矢をやっていることから引き締まった体といった全ての要素が悠介の胸をときめかせていた。

 かつてこの公園では咲希という恋人に別れ話をされたことがあったが、今思えばもうなんてことはない。むしろ、なぜ当時の自分があそこまで傷付いたのかと不思議に思うほどに。

 くだらない。悠介は無意識のうちとはいえかつての恋人と今の恋人を比較して貶めている自分の感情に嫌気が差した。慌てて首を横に振って邪な考えを振り落とそうとした時のこと。

「ねぇ、悠介」

 と、隣に座っていたシーレが拙い日本語で問い掛ける。

「なんだい?」

 悠介は空になったスポーツドリンクのペットボトルを握り締めながら問い掛けた。

「私、ずっと不思議で」

 どこか辿々しい声でシーレは問い掛ける。基本的に単語が並べられたような形であったが、ものにはなっている。

 ここ数ヶ月という短い時間で日本語を少しとはいえ喋ることができるようになったシーレを心の中で褒め称えながら顔を向ける。

 いや、日本語の習得ばかりではない。ホテルを抜け出す方法や連絡用の携帯端末の電子マネーを用いて物を購入することまで覚えたのだからなかなかのものだろう。

「悠介はどうしてそこまでバスケが好きなの?」

 もっともな問い掛けである。悠介のバスケ好きは昔からだが、ここは色々とかいつまんで話さなくてはなるまい。

「きっかけはお父さんに連れて行ってもらった地域のバスケットボールのチームでさ」

 と、悠介は過去の視点を向くためか、シーレの目ではなく、遠くへと向けた視線を両目の中に浮かべなら今に至るまでの経緯を語り始めていく。

 初めは運動のために始めたバスケットボールであったが、次第に強く興味を示していったことで熱心に練習に励んだそうだ。それまでそれまで夢中になっていたコンピューターゲームの存在を忘れるほどに。

 これだけであればサッカーやら野球やらに関心を示す年頃の少年と変わらないように思えるのだが、悠介がそうした世間を持つ少年たちよりも強く練習を行なっていた背景には1つの漫画の存在があった。

「漫画?」

 予想外の単語が飛び交ったせいか、シーレは思わず聞き返す。

 が、悠介からすればそれは別におかしなことではない。首肯した後で話を続けていく。

 漫画に憧れを持ち、そこに登場する主人公やチームの面々のように活躍できればという思いを踏み台に頑張っていったのだそうだ。今でも漫画は全て悠介の部屋の中に揃っている。21世紀において紙という珍しい形で揃えられていることから悠介がいかにしてその作品や世界観を大切にしているかというのが窺えるというものだろう。

 シーレはまだ日本語を読むのは難しい。片言で話せはするが、読むのは難しいというのが実情というところ。絵本くらいであれば読むことは可能だが、漫画となればまだ難しいだろう。

 悠介はその漫画を貸し出すことができないことにむず痒い思いを感じてはいるが、どうしようもない。

 いや、そもそも嫌がる人に無理やり見せる行為そのものが、100年以上前から言われ続けている精神的な暴力に値するのではないだろうか。

 悠介がそんなことを考えて悶々としていた時のこと。シーレが突然床に転がっていたバスケットボールを拾い上げていく。

 かと思うと、バスケットボールの練習部員のようにバスケットボールを打ち始めた。悠介が先ほどしたように砂の上を跳ねることでドサドサという音が耳に聞こえてくる。

 しかし自分の出す音が規則的なものであるのに対してシーレが出すのはどこか不規則的といえた。それもそのはず、シーレがバスケットボールを地面に打つ際に何度か別方向に跳ねたりするなど上手く打てていないのだ。

 それでも悠介のためか、諦めることなく何度も何度も地面の上へとバスケットボールを打つ。

 懸命な彼女の姿を見て、居ても立っても居られなくなったのだろう。悠介はシーレの元へと近づき、彼女に腰を落とすように指示を出す。そして、その姿勢のままボールを打つように言った。

「腰を落とさないように気を付けてくれ。ドリブルの基本はそこからだから」

 悠介は自ら腰を下ろしながらボールを打つ真似を行いながら言った。

 シーレは人生で初めて行うドリブルであったが、文句もなくひたすらにボールを地面の上へ打ち付けていた。万有引力の法則に基づいて跳ね返ってくるボールを掌で押さえつけて地面へと打ち込む。

 それを繰り返すだけの単調な作業だが、こういった地道な練習を続けてこそバスケットボールの腕を上手くするのだ。

 そんなことを考えながらシーレの練習風景を見ていた。初めこそ拙かったが徐々に規則的なものになっていったのは流石というべきだろう。

 彼女がもともと持つ才能故か、はたまた努力の結果が形となって現れたのか。それは分からない。

 だが、その上達ぶりに感心したのは確かなことである。

(1度、レイアップシュートを見せてもいいかもしれない)

 悠介がそう考えながら彼女の練習風景を見ていた時のこと。

 どこからかパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。悠介が音のした方向を振り返ると、そこにはニヤケ面を浮かべた怪しげなスーツ姿の男がベンチの上で両足を組みながらこちらを見つめていた。

 間違いない。この男の顔は動物園で自分たちを襲ってきた小柳真一なる男で違いあるまい。

 悠介はシーレを慌てて背後に隠し、ポケットから『ゼノン』のカプセルを取り出す。

 が、スーツ姿の男もカプセルを取り出していたことから速さによる優位性などは期待できない。

 それでも悠介は『ゼノン』のカプセルを押し込む。強力なパワードスーツさえ纏ってしまえばこちらのものだ。

 悠介はそう自負していたが、小柳真一のパワードスーツも性能の類では負けてはいない。なにせ、小柳の背後についているのはアメリカ有数の軍事企業なのだから。

 互いにパワードスーツに身を包んだ後にはビームソードでの打ち合い、もしくはレーザーガンを使っての決闘になることが予感されたが、意外にも小柳の方が先に武器を下す。

 両手を大きく上げているさまから見るに降伏を示唆しているらしい。

「どういうことだ?」

 相手が無防備かつ無抵抗の状態となっても武器を下さないのは用心のためである。数々の星で戦いを繰り広げていた経験が悠介を変えたというべきだろう。

 何より背後には守るべき恋人の姿。自分が敗北する姿やまして死ぬことなどを考えれば用心に用心を重ねるのは当然のことだといえる。獲物を狩るハイエナが小さな獲物であっても牙を研ぎ澄ませるように。

 向こうも悠介の心境を理解していたのか、蛸を模したヘルメットの下でククッと不気味な声を上げるだけ。

 それに対して悠介は嫌悪感をそそられるような表情を浮かべてみせたが、向こうは意に返さない様子。両手を広げながらこちらに向かってくる姿は不気味であるとしか言いようがない。

「来るな!」

 悠介は警告のため声を張り上げた。同時に嘘ではない言わんばかりにレーザーガンを握る力を強めていく。

 流石にレーザーガンで撃ち抜かれては困ると判断したのか、小柳はその場に留まって両手をミュージカル俳優のように大袈裟に広げながら語っていく。

「実はですね。あなたの会社のお嬢さんをこちらで預かっておりまして……。こちらとしては誠に遺憾なのでそろそろ返したいのですよ」
「何か条件があるんだろ?」

 悠介はヘルメットの下で眉を顰めながら問い掛ける。

「あなたが後ろに匿っているシーレ殿下をこちらに引き渡していただきたいのです」
「断るといったら?」
「そうですね。メトロポリス社の方にお嬢さんは戻ってこない上にシーレ殿下も失う羽目になります」
「やってみろよ」

 悠介は端から話を聞くことはなさそうだ。聞く耳を持たないといった方が正しいかもしれない。100年以上前から人間は自分の意に沿わない意見は排除するという悪癖があったが、100年の時間が経過しても変わらないらしい。

 人類も大きな進歩はないのか……。小柳は人類に失望するような大きく溜息を吐き出した後で戦いに向かっていく。

 暗闇の中で自身も察していない青白い光が光っていたことにも気が付かずに……。
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