巡りくる季節の途中で

佐々森りろ

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第一章 あれから十年

1ー9

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 夕飯もお風呂も済んで、海がすっかり夢の中へと眠りについた頃、母は帰宅した。

「ただいまぁ。海はもう寝ちゃった?」
「うん、もう一時間くらい前に」
「そっか。寝顔見てこようっ」

 重たそうな鞄を床に下ろすと、母は海の眠る寝室へとそっと向かった。
 冷蔵庫から母特製の梅ジュースにサイダーを割り入れて、グラスにそそぐ。しゅわしゅわと炭酸が弾け飛んで、蒸し暑い夜を涼しげに魅せる。

「はい、お疲れさま」
「わー、ありがとう。喉からっから!」

 満足げな顔をして戻ってきた母に、梅サイダーを差し出す。

「やっぱ梨紅の配合バッチリだわ」
「えー、お母さんの梅ジュースが美味しいからでしょ」
「まぁ、そうとも言うけど。あ、それより、どうだった? 咲子さんのカフェ」

 テーブルにグラスを置いて、扇風機のスイッチを押しながら、母は座り込んで聞いてきた。

「今日はバイトの子と顔を合わせただけだよ。詳しくはまたシフト組んでから連絡するって言われた」
「そう。で? バイトの子は? 男の子? 女の子?」

 興味津々にテーブルに身を乗り出して聞いてくる母に、あたしは話したくてうずうずしていた気持ちをついにこぼし始める。

「お、女の子……すっごく元気な子でね! あ、名前が、日向に子って書いて日向子ちゃんって言うんだけど、まさにその名前にピッタリで、すっごく可愛いって言うか、美人で。あ、咲子さんにも似ているって思ったら、姪っ子? らしいよ」
「へぇー、そうなんだぁ。あ、咲子さんのお兄さんの子供かなぁ?」
「でねっ! 帰りに一緒にマロンに寄って買い物付き合っていっぱい話してきたの! 楽しかったなぁー」

 今日の出来事を思い出していると、目の前の母が優しく微笑んでくれている。

「楽しそうで良かったわ。少し心配していたの。梨紅、人見知りだし咲子さんとは言え、周りは知らない人ばかりで、これから接客もしなくちゃいけない。なんか、試練だとか思ったりしてないかなぁって。でも安心した! その顔なら大丈夫そうね。じゃあ疲れたからお風呂入って寝るね。明日も朝早いのよ。梨紅も早く寝なさいよ」
「あ、うん。おやすみ」
「おやすみー」

 お風呂場へと去っていった母を見送りながら、あたしは梅サイダーを飲みきった。
 もっと、聞いて欲しかったな。でも、あたしのこと、心配してくれていたんだって思うと、嬉しくなる。よし、明日は学校の課題を少しでも早く終わらせて、バイトに備えよう。
 母の分のグラスも一緒に片付けて部屋へと戻った。すると、ピコッとスマホから通知音が聞こえてくる。

》梨紅今日は買い物付き合ってくれてありがとーっ! バイト頑張ろうねっ

 日向子ちゃんからのメッセージ。
 嬉しくて、ベッドに潜り込んで何度かやり取りしているうちに、あたしは寝落ちしていた。
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