巡りくる季節の途中で

佐々森りろ

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第六章 家族のこと

6-2

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 思わず駆け寄っていくと、申し訳なさそうに杉浦くんはスマホをかざす。

「今、連絡しようとしてたとこ。ごめんね、普通来る前に送らなきゃないんだろうけど、どうしても話したいことがあってすぐ来ちゃって」
「え、うん。なに?」
「あのね……」

 杉浦くんが話し出そうとしたのに、あたしの後ろに視線を向けると黙ってしまった。不思議に思って、あたしは振り返る。

「どうぞ、続けて。俺は先に行ってるから。お茶の準備しとくな、梨紅」

 ポンッとあたしの頭を軽く撫でてから、一葉くんはあたしの持っていたビニール袋を受け取って、お店の中に入って行った。一葉くんが行ったのを確認して、杉浦くんに視線を戻す。

「ごめんね、話って……なに?」

 ぼうっとしていたのか、杉浦くんがあたしの問いかけに慌てて言葉を選ぶように話し出した。

「あ、その……今度の花火大会の、話なんだけど……」
「え!」

 杉浦くんまで花火大会の話⁉︎ もしかして、一緒に? なにこれ、すごい。みんながあたしのことを花火に誘ってくれるなんて。

「無理、だよね?」
「え?」

 眉を下げて、申し訳なさそうに杉浦くんはなんだか無理に笑っている気がする。

「いや、ごめん。なんでもない。忘れて。また……えっと、ごめん、じゃあ」
「え? 杉浦くん?」

 手を振って、杉浦くんはなぜか逃げる様に行ってしまった。
 花火、一緒に行こうって言ってくれるのかと思った。でも、そんなに都合よくはいかないか。一気に友達が出来たからって、ちょっと浮かれてしまっていた。
 あたしはため息を吐き出して、杉浦くんの姿が見えなくなって薄暗くなった道をもう一度眺めてから、店の中に戻った。

「あれ? ユーセーは?」

 元気な日向子ちゃんの声に、あたしはため息を漏らして「帰ったよ」と告げる。 

「マジ? なんでよ。さっき梅ジュース飲んでくって言ってたのに。用意しちゃったじゃん」

 カウンターを見ると、さっき一葉くんが買ってきたコンビニスイーツの袋が無造作に置かれていて、細長いグラスに梅ジュースが四つトレーに用意されていた。

「まぁ、ちゃんと注文受けたわけじゃないからこの支払いはノーカンだけどさ。なんで帰っちゃったの? 急用?」

「和やか」はすでに閉店時間。日向子ちゃんはテーブルに一人一人グラスを並べて、真ん中にコンビニスイーツを並べていく。

「ううん、花火大会のことを言われたんだけど、やっぱりなんでもないって、帰っちゃった」
「なにそれ? 意味不明」
「……うん」
「あ‼︎」

 椅子に座ろうとして、日向子ちゃんが大きな声を出すから、あたしは肩がビクッと跳ねてしまう。

「ちょっと、桐先輩もしかしてユーセーのこと脅したりしてないですよね?」

 さっきからきちんと座ってスマホを弄っていた一葉くんに、覗き込む様に日向子ちゃんが迫る。

「は? なんでだよ。ってかさ、なにそのユーホー見たいな呼び方。バカにしてない?」
「は⁉︎ バカになんかしてるわけない! 親しみ込めてんでしょうが! ってかそう思ってる桐先輩の方がユーセーのことバカにして……あ!」

 また、日向子ちゃんは話している途中で声を上げる。

「ふぅん、桐先輩もしかして、ユーセーのことライバル視してるんじゃないですかぁ?」
「は?」
「だって梨紅と仲良しだから。桐先輩梨紅と仲良しな人嫌いですもんねぇ」

 うひひと、日向子ちゃんはなにやら意地悪い笑いを漏らすから、あたしはつい前へ出てしまう。

「そんな! 一葉くんは嫌いな人とかいないよ! 友達いっぱいで、自然と誰もが集まってくる、みんなのヒーローなんだから」

 日向子ちゃんの言い方が、少しあたしには嫌だった。だから、普段はこんなに前に出て言うことなんてないのに、気がついたらムキになっていた。
 すると、カタンッと椅子を引く音が響く。一葉くんがゆっくり立ち上がって、持っていたスマホをお尻のポケットにしまった。

「それさぁ、お前らで食べて。俺は部屋戻る、じゃあな」

 低く、怒った様な声で言って眉間に皺を寄せると、一葉くんはこちらを見もしないで、そのまま奥の部屋へ上がって行ってしまった。
 店内はもう音楽も流れていなくて、閉店した「和やか」は照明も最小限で薄暗い。さっきまで陽の光のあった外の景色はどんどん闇を連れてくる。
 しばらく無言でいた日向子ちゃんが椅子に座ると、カタンッと音が響いた。

「……桐先輩ってさ、絶対になんか背負ってるよね」
「え?」

 カランッと氷が崩れる音がして、日向子ちゃんは目の前の梅ジュースを一口飲んだ。

「分からなくもないんだ。あたし、桐先輩の家の事情は多少なりとも大人達から聞いてるし。ここであんな態度とってるのも、きっと親や家の環境が関係しているからだろうなって」

 声のトーンを落として喋る日向子ちゃんの言葉をしっかり聞きたくて、あたしも日向子ちゃんの隣に座った。

「なんか、もっと甘えれば良いのにって思う。でもね、最近の桐先輩、素直な梨紅の影響なのか、なんとなく前よりはとっつきやすいんだよね」

 そう言いながら、目の前に並ぶスイーツに目を止めて、一つを手にする。

「この前、梨紅と桐先輩だけこれ食べてたでしょ?」
「……あ。うん」

 あたしは日向子ちゃんが向けたチョコクレープを見て思い出す。

「あたししつこくずるいーって言ってたからだよ。ちゃんとあたしの分まで今日は買ってきてくれてるし。たぶん、そっちは梨紅用。で、それは桐先輩の」

 順番に、ひんやり大福、チョコ饅頭を指さし、最後になぜか場違いな、さきいかの小袋。

「あ、これは絶対咲子さん用。夜の晩酌のつまみ」

 ふふっと笑う日向子ちゃんに、あたしはこの前は咲子さんの分はなかったことを思い出す。そして、咲子さんは甘いものが苦手だって言っていた。
 一葉くんは、ちゃんとみんなのことを見ているし、分かっている。

「あんまりさ、周りに気を遣いすぎなんだよね、桐先輩って。わがまま言ってる様に見える時もあるけど、あの人小さい頃から色んなこと相当我慢してる」

 一葉くんは優しいんだ。ヒーローだから、なんて。
 あたし、一葉くんのこと何も知らないのに、自分の中の理想や過去の憧れだけを膨らませて、ヒーローを押し付けてしまっているのかもしれない。

「さっき、一葉くん怒ってたよね……」
「え? ああ、梨紅に怒ったわけじゃないと思うよ」
「ううん。あたしが勝手に一葉くんのことをヒーローだと思っているのが、押し付けるみたいに聞こえているのかもしれない……強くて、優しくて、友達みんなに好かれてって、あたしが勝手に羨ましく思っていただけで。一葉くんはそんなことないって、ずっと否定していたのに。一葉くんのこと何も知らないで、言葉も選ばないで接してきて、本当はずっと、嫌だったんじゃないかな……」

 あたしは、全然一葉くんのことを考えてあげられていない。
 膝の上で両手をきゅっと握りしめる。湧き上がってきた涙を堪えた。
 弱いあたしは嫌いだ。泣いたらますます弱くなる。だから、泣きたくない。

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