巡りくる季節の途中で

佐々森りろ

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第七章 花火大会

7-5

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 順番を待つ間に、次はたこ焼きと焼きとうもろこしとわたあめも良いなと話し、二人で次々に屋台に並ぶと、両手いっぱいになってしまった。
 そして、屋台が並ぶ最後尾。照明にキラキラと照らされて煌めく、いちご飴を見つけた。あたしは思わず立ち止まって眺める。

「もう十分かな。どっか座って食べる?」
「……あ、うん」

 いちご飴の屋台の前は長蛇の列。こんなに人気があるなんて知らなかった。いつも海が母と行って買って来てくれていたから、今日も食べたかったな。
 そう思いつつも、足も慣れない下駄でなんだかさっきから鼻緒が擦れると少し痛い。花火もそろそろ始まる時間だ。河川敷の土手には、もうすでにたくさんの人が場所を取って座っていた。

「うわー、どこで見たらいいんだろ」

 困ったように辺りを見渡す一葉くん。
 あたしは、手提げ巾着袋の中でスマホが震えているような気がして取り出した。日向子ちゃんから着信が来ている。

『あ! ようやく出たー! ねぇ、梨紅、和やかに戻ってゆっくり花火見ない?』
「え!」
『あたしさっきつまづいて足痛めちゃってさ、ユーセーが和やかまで運んでくれて……そしたら、ここの二階から上の方に上がる花火は見れるらしいよ』
「ちょっと、待ってね」

 あたしはざわつく中、隣にいる一葉くんに声をかける。耳を寄せてくれるから、日向子ちゃんの提案を少し大きめの声で伝えると、一葉くんは顎に手を置き悩む顔をしだした。

「……どう、する?」
「ちょっと、それ、耳に当てて」

 あたしの持っていたスマホに、両手の塞がっている一葉くんが屈んで頭を傾けるから、あたしは言われた通りにスマホを耳に当てた。

「俺、梨紅のこと独り占めしたいから行かない。こっちはこっちで楽しむから、じゃあな。はい、通話切って良いよ」

 言いたいことを言って、一葉くんはスマホから離れると、ニッと笑う。

「行こう、梨紅。俺も花火見れるとこ知ってる」
「……え、う、うん」

 スマホを巾着袋にしまって、歩き出す一葉くんについていく。
 ゆっくり、あたしが離れないように気にしながら、一葉くんと一緒に人の流れをくぐり抜けていく。なんだか、ワクワクする。
『俺、梨紅のこと独り占めしたいから』
 さっきの一葉くんの言葉に、ドキドキする。
 進んでいくうちに、なんとなく一葉くんの向かう先がどこか見当がついてきた。
 お祭り会場まで歩いて来た道のりを、戻っている気がする。あたりには花火を見るため、屋台に行くための人がいまだにたくさん歩いている。

「梨紅、静かに行くからな」

 袋を持ち上げながら、人差し指を口の前に立てて一葉くんが小声で言った。
 辿り着いたのは、やっぱり途中から薄々感じていた場所。和やかだった。さっき電話で日向子ちゃんには「行かない」ってはっきり言っていたのに。そうは思いながらも、あたしは一葉くんの後ろをついて行く。玄関ではなく、縁側の一番端から下駄を脱いで中に入った。静かに引き戸を閉めて、一葉くんが自分の部屋の襖を開ける。「こっち」と手招きされて、あたしは中にお邪魔した。
 一葉くんの部屋は、まだ見たことも入ったこともなかったから、初めて踏み入れた場所に、つい辺りを見渡してしまう。

「あんまり見ないでよ、綺麗にしてないから」

 そう言いながら暗い中、一葉くんは足元に散らばる雑誌を拾い上げてテーブルに置いた。スマホの灯りを頼りに進む。
 言うほど部屋の中は散らかっていないし、むしろシンプルに机とテーブル、ソファーが置かれているだけ。ハンガーラックにはきちんと洋服が掛けられていて、あたしの部屋よりも片付いて見える。部屋の奥に見えた階段を上がっていく一葉くんが、心配そうな顔で振り返った。

「梨紅、ちょっと急なんだけど上がれそう?」

 見上げるくらい傾斜のきつい階段。浴衣で足幅があまり開けないから、どうかわからないけれど、あたしは頷いてゆっくりと確かめるように一段一段上がっていく。
 なんとか上がり切ると、壁の半分が広く窓になった廊下があって、奥から一葉くんがベンチ型の長椅子を運んできた。

「たぶん、もう少しで花火上がり始めると思うんだけど、日向子が言うようにもしかしたらここから見えるかも」

 窓を開けると涼しい風が入り込む。お祭りの匂いが微かに香ってくる気がして、また、会場の雰囲気を思い出した。

「ちょっとさ、ここで待っていてくれない?」
「え……」
「花火始まるまでにはたぶん、戻ってくるから」

 そばにあった棚の上に買って来た物を置いて、一葉くんはまた急ぐように階段を下って行ってしまった。
 窓に近づいて外を眺めると、お祭り会場の方向に走っていく一葉くんの後ろ姿を見つけた。なにか、忘れ物でもしちゃったのかな。
 見えなくなるまで見送ると、あたしは窓の桟に寄りかかって足元を見る。ヒリヒリするのは鼻緒が当たっていた足の指の付け根。暗くてよく見えないけれど、血までは出ていなさそうだ。巾着袋からスマホを取り出して時刻を確認すると、花火の打ち上げまであと十分を切っていた。

 日向子ちゃんも和やかの二階から見るって言っていたけど、ここにはいないから別の部屋なのかなと、一人でいると色々と考えてしまう。しばらく椅子に座って歩き疲れた体を休めていると、大きな音と共に空が明るくなった。驚いて、あたしはすぐに窓の外に視線を上げる。
 大きな一輪の花が咲くように、花火が窓枠いっぱいに広がった。
 
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