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陥落するまでの話
5.下見
しおりを挟む「……どうしてこうなるんです?」
「安全確認のため、かな?」
統括団長いわく、安全確認であると……本当にこれは任務なのか? 俺の眉間に皺が寄り、何度目になるかわからない自問自答を繰り返すことになった。
俺は騎士団の中で単なる騎士の一人に過ぎない。もう一度言おう。単なる魔法騎士だ。魔獣を相手に剣を振るうこともあれば、魔法を行使して攻撃も防御も行う。当然、普段からそれに見合った服装をしているし振る舞いだってしとやかなんかじゃない。
たしかに護衛として身なりに気を払わねばならないときもあるにはあるが、俺の所属している第二騎士団ではそういったことは稀である。ほぼないに等しい。
それなのに数日前には上質の服が届き、ここまで馬車に乗り、統括団長と向かい合い、上品な店で食事の席についている。新しい魔法術を試したいとか討伐資料の整頓を手伝ってくれだとか、騎士団に多少なりとも関わる内容ではなかった。どう考えてもおかしいだろう、これ。
警備の下見はどうした。
「この店はデザートまで美味しい……という話だよ」
手には剣ではなくナイフとフォーク。
目の前には美しく盛り付けされた皿。
やたら機嫌のよい統括団長。
百歩譲って警備の下見というならそこは頷くことにしよう。王太子殿下と婚約者殿に何かあってはいけない。警備をするにあたって問題点はないか、不足がないか、現地を確認する必要があるのは事実だ。予定されている王城からこの店までの順路を下見だというので俺たちも同じ路を馬車で辿った。
だとしても、本来その確認だって王族警護を担当している第一騎士団の範疇なんじゃないのか? 下見をすると言われた時点でおかしなことに気づいて確かめるべきだったのに、王太子殿下の警備であることを強調され、意識を逸らされたような気がしなくもない。
何故あのとき気づくことができなかったんだ、俺。
王族の方々は毒物混入の危険性から外での食事は難しい。強いご希望があれば不可能ではないが事前の調査や準備でとても時間がかかる。
今回のお忍びで王太子殿下が立ち寄る予定の店はすぐ近くにあり、この店を飲食の場として利用するわけではない。立ち寄る方の店内がとても狭く、この店を控室のような休憩の場として利用させてもらうのだ。だから俺たちがわざわざ食事までする必要性はないように思えた。
いや、統括団長は休息を兼ねていると言っていたか。多忙な中、ねじ込んだ休みであろうことは想像に容易い。食事を楽しみゆったり過ごせる貴重な時間……そう考えると喉まで出かかった文句を飲み込むことにした。
小言など聞きたくないだろうから。
「あの、統括……」
「レオン」
「は?」
「アルフォンス、役職で呼ぶのは無粋だよ? ここは名前でね」
期待を込めて見ないでほしい。
確かに今は騎士服でもないのに素晴らしく雰囲気のある店で、『統括団長』と堅苦しい役職名で呼ぶとその言葉は物々しく響く。
俺だってどう呼ぶべきか考えはした。そうだとしても無粋と言われようと、名で呼ぶような関係ではないし呼べる立場でもなかった。
家格でも上の統括団長から名を呼ぶ許しがあったとして、口にするのは憚られる。そうなると家名で呼ぶしか俺には選択の余地がない。
「ヴァレンシュタ……」
「次に口にしたのが名前じゃなかったら、どうしようか? ほら、俺の休息も兼ねているんだから気を楽にして、敬称もいらないよ」
最後まで言わせるつもりはないのか、家名の途中で割り込まれた。口角は上がっているのに少しも穏やかには見えない。半分脅しだ。
そこまで言われて呼ばないわけにもいかず、迷いに迷い俺は統括団長の名前を初めて口にすることになった。これまで頑なに、ずっと拒んでいたというのに。
思いのほか覚悟が必要で、小さな声になってしまったことは許してほしい。
「……レオン」
すると、よくできましたといわんばかりに微笑を向けられる。眩しい。騎士たちをまとめる統括団長としての顔とは別人だ。名前を呼んだだけなのにこんな顔をするのはずるいと思う。策士か。
慣れない呼び方は落ち着かないが、呼ばなければどうなっていたのだろう。何をされるのか想像できないだけにそちらの方が恐ろしかった。
タイミングよく食事の皿が運ばれ、その味に気分も腹も満たされていく。
もちろんただ食事をするために来たのではない。俺も室内や店の周辺をさり気なく観察していた。物理的な警備だけでなく、魔法騎士としておかしな魔力の痕跡がないか意識を向けている。
「アルフォンス、この店の入口からこの席まで予定どおりの配置でいいと思う?」
「そうですね、特に問題はないかと」
「何もなければね。けれど、もし雨が降れば人は余計なことに気を取られると思わないかい?」
「……なるほど。そうなると動きが変わり死角ができます」
「そう。常に現状以外のことを想定することは大切だよ」
だから現場を見ることは無駄じゃない。と今回の下見の正当性を主張され、取ってつけたようにも思えるが俺は頷いた。ならば。
「今回、防御魔法の展開ですが──」
俺の見解も伝える。魔力の痕跡を辿っているとき、いくつか気になる点があった。些細な違和感だとしても重大な事態を防ぐことに繋がるからだ。
ぽつりぽつり。レオンと静かに交わす会話は得るものが多い上に心地がよい。例え間違っていたとしても否定するのではなく、何故そう決定づけたのか理由や俺の考えに耳を傾けてくれる。見方が変われば知識が増えることにも繋がり、レオンの考え方も尊敬できた。
そうかと思えば大したことない日常の話を『アルフォンスらしい』と笑うのだ。レオンは博識で教養もあるから、会話が簡潔で情緒のない俺の話でも情景を浮かべられるようで理解が早い。
「今度、おもしろいものを見に行こうか。そうだな……寒季に。約束しないか?」
「約束、ですか」
「いい大人が『約束』なんておかしいかい?」
「いえ、そういうわけじゃ……ただ、何故俺なのかと」
聞いてみたことはなかった。気まぐれか手軽だからという理由が返ってくると思っていたから。それなのに、レオンはそうではない言葉で返してきた。
「アルフォンスと行きたいと思うし、君に会いたい。だから他の誰かでは意味がないよ。何故そう思うかは『惹かれるから』としておこうかな」
真意ははぐらかされたかもしれない。
初めて会った手合いの日から、確かに『君の発想はおもしろい』とよく言われていた。自分の意見を伝えているのに、レオンにとっては意外な考え方になるのだろう。俺からしても偉ぶらないレオンは接しやすかった。
「もうこんな時間か」
充実しているときほど時間はすぐに過ぎてしまい、レオンの休息日はあっという間に終わってしまった。
帰りも馬車で送られた。俺の体に馴染むように誂えられた衣装はそのまま持っていてと渡されてしまう。また食事に行こうと。
別れ際にレオンが俺の左手を掬い『付き合ってくれてありがとう。有意義な時間になったよ』と指先にキスを贈って立ち去った。
紳士として当然の挨拶なのだろう。あまりにも自然で流れる所作は、俺が驚いている間の出来事だった。
触れられた指が熱い。
レオンをぼんやり見送り、俺はその手を強く握り込んだ。自分の感情は考えないようにして。
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