【完結】運命なんかに勝てるわけがない

文字の大きさ
4 / 20
本編

4.何も変わらない。いや、変わった。

しおりを挟む

 それから一ノ瀬の態度が特段変わることはなかった。
 飯に行こうとか、映画を観に行こうとか、これまでと同じように誘われている。頻度は増えたものの、たとえ断ったとしてもあっさり引いてくれた。しつこく理由を問われることもない。

 セックスをしたからといって俺たちの関係に影響はないようだ。番になりたいと言ったのも、もしかしたら寝言だったんじゃ⋯⋯と思えるほどに。

「ほら、これ」
「これ?」

 退社時間まで一時間ほど、というとき。
 一ノ瀬が紙袋を指先で摘み、こちらへ差し出してきた。条件反射で俺は手のひらを上に向けてしまう。そこへポスンッと紙袋が乗せられた。
 昨日、出張に行っていたから、たぶんそこで買った土産なのだろう。大雑把な俺と違い、一ノ瀬はこういうところがマメだ。わざわざ俺へ何かしら買ってくる。

「好きそうなやつ」
「おー、ありがと」

 俺は酒を嗜むが、甘い菓子もそれなりに好む。特にチョコレート。というか、チョコ菓子。バウムクーヘンやクッキーのチョコレートコーティングされたやつなんかは特に好き。
 一ノ瀬がそれを知ってからというもの、コンビニの新商品や出張時の土産と称して菓子類をくれるようになった。一ノ瀬が選ぶものはどれも美味いし、地域限定は貴重でありがたい。通販を利用すれば俺だって手に入るが、そこまでする手間と費用を考えるとどうにも面倒に思ってしまい、購入には至らない。いわゆるズボラ。
 そんな俺の性格を見越して、胃袋を掴もうとしているのか?

 別にもらってばかりというわけじゃない。業務内容に出張がないから、同じようには返せず、さすがに気が引けていた。俺からのお返しはというと、ときどきコーヒーを奢るようにしている。どこでも買える、無難なものだ。

「あ、テレビで見たやつ。よく買えたな」

 受け取ってすぐに紙袋を開封する。これもいつもと同じ。一ノ瀬が早く見ろと視線でせっつくから、目の前でひとまず開封だ。
 チョコがけの焼き菓子。普通の生地にチョコがかかっているやつと、茶色のココア生地にホワイトチョコがかかっているやつだった。

「たまたま。通りかかったタイミングがよかったんだろ」
「たまたま⋯⋯へえ、買えちゃうあたりがねぇ。さすが」

 テレビで紹介されたこともあり、早めに行かないと完売してしまう商品だった。昼を回れば売り切れるらしい。ということは午前中にたまたまそこを?
 どうやらアルファというバースは、運まで引き寄せるようだ。似たような幸運話をアルファから耳にする気がした。羨ましいかぎりである。

 個包装がふたつ。俺が遠慮せず受け取れるからこれを選んだのだろう。気遣いまで完璧だった。

「じゃあな。これから会議なんだ」
「おー、お疲れさん」

 ひらひらと手を振り、一ノ瀬は仕事へ戻っていった。

 何も変わらない。
 いや。何もってことはなかった。優しい目をしながら『気をつけて帰れよ』なんて言葉を残していくなんて。そりゃ、そりゃあさぁ⋯⋯意識くらいはするだろ。
 友達だとしても、愛しくてたまらないみたいに見つめられたら。体温だって上がる。

◆◇◆

 自宅へ帰り、コンビニで買った夕飯をテーブルの上へ置いた。一ノ瀬にもらった紙袋もカバンから取り出す。
 着替えてからキッチンで夕飯を温めなおし、テーブルの前へ座った。一人で味気なく済ませ、コーヒーを淹れてから、もらった菓子を味わうことにする。

(うまそー)

 食後だとて、菓子はそこまで大きいわけじゃない。ふたつとも食べられると思い、とりあえず普通の生地のほうを手に取った。
 包みを開けるとバターのいい香りがする。やはり一ノ瀬は俺の好みを熟知していた。

(いい匂い)

 部屋には一人きりだ。誰も見ていないこともあり、俺はバターの香りを深く吸ってから頬張った。

「うっま! めちゃくちゃうめぇ!」

 これは連日完売するのも頷ける。簡単には手に入らないからこそのレア感。近所にあったら通う。毎日食べていたら確実に太るだろう。だから土産にもらえる頻度でよいのだ。

 食後ではあるが、ぺろりと平らげてしまった。俺の別腹は優秀。
 スマホをいじって一ノ瀬へメッセージを送る。

『美味かった! やっぱりバターとチョコは正義だ』
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】逃亡オメガ、三年後に無事捕獲される。

N2O
BL
幼馴染の年上αと年下Ωがすれ違いを、不器用ながら正していく話。 味を占めて『上・中・下』の三話構成、第二弾!三万字以内!(あくまで予定、タイトルと文量変わったらごめんなさい) ⇨無事予定通り終わりました!(追記:2025.8.3) ※オメガバース設定をお借りしています。独自部分もあるかも。 ※素人作品、ふんわり設定許してください。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。

N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ ※オメガバース設定をお借りしています。 ※素人作品です。温かな目でご覧ください。 表紙絵 ⇨ 深浦裕 様 X(@yumiura221018)

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

αとβじゃ番えない

庄野 一吹
BL
社交界を牽引する3つの家。2つの家の跡取り達は美しいαだが、残る1つの家の長男は悲しいほどに平凡だった。第二の性で分類されるこの世界で、平凡とはβであることを示す。 愛を囁く二人のαと、やめてほしい平凡の話。

陰日向から愛を馳せるだけで

麻田
BL
 あなたに、愛されたい人生だった…――  政略結婚で旦那様になったのは、幼い頃、王都で一目惚れした美しい銀髪の青年・ローレンだった。  結婚式の日、はじめて知った事実に心躍らせたが、ローレンは望んだ結婚ではなかった。  ローレンには、愛する幼馴染のアルファがいた。  自分は、ローレンの子孫を残すためにたまたま選ばれただけのオメガに過ぎない。 「好きになってもらいたい。」  …そんな願いは、僕の夢でしかなくて、現実には成り得ない。  それでも、一抹の期待が拭えない、哀れなセリ。  いつ、ローレンに捨てられてもいいように、準備はしてある。  結婚後、二年経っても子を成さない夫婦に、新しいオメガが宛がわれることが決まったその日から、ローレンとセリの間に変化が起こり始める…  ―――例え叶わなくても、ずっと傍にいたかった…  陰日向から愛を馳せるだけで、よかった。  よかったはずなのに…  呼ぶことを許されない愛しい人の名前を心の中で何度も囁いて、今夜も僕は一人で眠る。 ◇◇◇  片思いのすれ違い夫婦の話。ふんわり貴族設定。  二人が幸せに愛を伝えあえる日が来る日を願って…。 セリ  (18) 南方育ち・黒髪・はしばみの瞳・オメガ・伯爵 ローレン(24) 北方育ち・銀髪・碧眼・アルファ・侯爵 ◇◇◇  50話で完結となります。  お付き合いありがとうございました!  ♡やエール、ご感想のおかげで最後まではしりきれました。  おまけエピソードをちょっぴり書いてますので、もう少しのんびりお付き合いいただけたら、嬉しいです◎  また次回作のオメガバースでお会いできる日を願っております…!

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

処理中です...