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第12話
しおりを挟むレスシェイヌは巡にすばやく服を着せる。巡も慌てて服を整え、ベッドのふちにレスシェイヌと並んで座った。
考えて考えて、ようやく絞り出せたのは謝罪の言葉だった。
「ご、ごめんなさい……?」
巡が言うと、レスシェイヌも深々と頭を下げた。
「いえ……私こそ……すみません。我を失っていました」
「いえ、そんな、やだ、顔上げてください」
そのきれいなプラチナの髪がさらさらとベッドに落ちる。
レスシェイヌはいつまでたっても顔をあげない。
巡は唾を飲み込んだ。
(き、気まずい……)
これほど気まずく、どうしたらいいかわからない空気を味わったのは人生ではじめてだった。
巡がわたわたしていると、やっとレスシェイヌは顔を上げた。
彼はゆっくりと説明をはじめる。
「事前に祝福なしで魔法を使った場合、あとから祝福を受けたとしても反動があります」
「反動?」
「はい。体が火照り、性的に興奮をします」
「へ!?」
「鎮めるには番の手によって絶頂する必要があります」
「ふえええ!?」
「ご気分はいかがですか」
一気に大切なことを言われて、しかもそれが思いもよらない内容で、巡は口をぱくぱくさせた。
(絶頂……絶頂!?)
耳慣れない言葉に巡の頬は動揺で朱に染まり、目はあらぬ方向に泳ぎだす。
(うえええ!?)
黙り込んだ巡を見て、レスシェイヌも眉根をぎゅっと寄せたまま固まってしまった。
そしてしばらくのあとレスシェイヌは決心したように口を開いた。
「大変申し訳ない。死んでお詫びした方がよろしいでしょうが、いま私は国に必要な身。ことが済んでメグルが望むのなら――」
「いや、ちょ、ちょっと待ってください!!」
物騒なことを言いかけたレスシェイヌの言葉を必死で遮る。
(この人、危ない人だ……!)
巡は笑顔を作って両腕をぐるぐると回した。
「ほ、ほら! 私、こんなに元気になりました! レスシェイヌさんのおかげです! そういうための行為なんですよね!? ありがとうございました!」
巡がひと息で言い切ると、レスシェイヌもやっと息を吐いた。
「……申し訳ない」
それっきり、部屋に沈黙が落ちた。
巡はつとめて明るい声を出し、何度もレスシェイヌに話を振ったが、彼は一点を見つめて考え込んでいた。
巡がなんだかんだと勝手にべらべらと話していると、レスシェイヌがふと顔をあげた。
「メグル」
「は、はい!」
「あちらに帰りたいと思いますか」
「それは……」
次は巡が押し黙る番だった。巡は答えられなかった。こちらとあちら。どちらが自分にとってよりよい場所なのかすぐに決めることはできない。――どちらにも寄る辺がない。
巡が返答に困っていると、レスシェイヌはどこかほっとした顔をした。
「もし、すべて終わったあとに、あなたが帰りたいと望むのなら、私が道を用意します。必ず」
「……帰る?」
「はい。しかし、もし、あなたが春克までにこの世界のことを気に入ってくださったなら……この世界にそのまま住んでいただけませんか」
「住む? ここに? このまま?」
「はい。不自由させないことをお約束します」
レスシェイヌは丁寧にベッドの脇に膝をつき、巡の手をとった。その目は真摯で、巡は思わず息をのむ。
「その……春克って?」
「春の真ん中の日に、私たちが行う儀式です。魔物を鎮め、国を守護する儀式です」
「それのために、私は呼ばれたんですか?」
「……はい。それもあります。我々神官は番となった相手に祝福を施し、番はその魔力でもって聖なる武器を顕現し、それで魔物の核を壊すのです。私は大神官に選ばれました。メグルはその番。春克はメグルにやっていただきたいのです」
「それ、私にできます……?」
「街中で自在に顕現できるほどの能力をお持ちなら、わけないことです」
巡はそれを聞いて少しだけうれしかった。
自分の能力を褒められた気がしたのだ。そして何より。
(必要とされている)
それは巡に活力を与えた。
「それは、あとどれくらい?」
「あと67日後です」
正確な日数で答えられて、巡はちょっと困った。その、遠いような、近いような日数。
レスシェイヌは一度巡の手をぎゅっと握る。
「それまでに、どちらの世界に住まれるか決めていただけますか」
「……はい」
そのとき、ヨンシが部屋に入って来た。彼女はちょうど医者と話しを終えたところであった。
ヨンシの姿を見てレスシェイヌは飛びのき、巡は両手を引っ込めた。
妙な沈黙があった。
ヨンシはベッドのふちに腰掛ける二人を交互に見比べたあと「まあまあまあ」と口元を抑えた。
「あら、お邪魔でしたわね。ごゆっくり~」
「ヨンシ!」
レスシェイヌは慌てて叫んだ。
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