異世界転移した私が「お前とは結婚しない」と言った運命の番(獣人)と幸せになる話~銃声を添えて~

深山恐竜

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第15話

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 その翌々日、巡のお仕事がはじまった。

 巡が向かったのは城の近くにあるエフェ神殿である。そこでは10日に1度神官たちが「祝福」を行っているのだという。神官はその名の通り、大神官よりも位の低い神官である。彼らは庶民に祝福を分け与えるのが仕事なのだと言う。
 巡はその手伝いをすることになったのだ。

 神殿までは馬車で向かう。巡はヨンシとともに馬車に乗り込んだ。

「それで、神殿で行う祝福っていったい何なの?」

 馬車が走り出したとき、巡はそう尋ねた。
 今日の彼女は動きやすい綿の生成りのワンピースに同じ色のエプロンを重ね、コロンとした形の茶色い帽子をかぶっている。巡にはよくわからないが、ヨンシによると「商家の娘さん」といった装いらしかった。
 そう、巡は表向きは「商家の娘さん」という設定で働きに出ることになったのだ。

 ヨンシは商家の侍女という設定で、巡よりいっそう質素な灰色のワンピース姿である。彼女は巡ががぶっている帽子がずれているのを直しながら答えた。

「そのままですわ。神官の方々から祝福をいただくことです」
「……えっと……」

 巡は思わず自身の唇に触れた。レスシェイヌからの祝福はそこで受け取ったはずだ。ヨンシは笑った。

「いやですわ。それでは神官の方々が大変になってしまいますわ」
「あ、そ、そっか。じゃあ……?」
「髪を一房切って、神官に差し出すんです。神官はそれに口づけて祝福を授けてくださります。戻ってきた髮はお守りとしてこういう小袋に入れて持ち歩くんですよ」

 ヨンシがポケットから小さな包みを取り出す。手のひらに収まる大きさのそれを拓くと、中から茶色い髪が出てきた。
「ヨンシの髪?」
「はい。神官の祝福が授けていただいております」
 その髪は親指ほどの長さで、黒い紐で結ばれている。
 巡は尋ねた。
「お守りになるの?」
「はい。魔物除けになります」
「ああ……」

 ――魔物。

 巡がこの世界に来たすぐのときに襲撃してきた生き物だ。
 あのような生き物がこの世界にはたくさんいるのだ。

「街に、けっこういるんだ?」
「めったにはいませんが……まったくいないということもありません。田舎の方に行けばしょっちゅう出くわす、とも」
「それは大変だね」
「ええ。田舎の方では祝福はとても大事ですわ。行商人なんかは、10日に1回で祝福をいただきに行くという話ですわね」
「お守りは何個持っていてもいいんだ?」
「まあ、悪くはないとは思いますが。そんなにしょっちゅう行ったら髪の方が先になくなってしまいそうですわ」

 巡はそれを想像してくすくすと笑った。
 ヨンシは明るく続ける。

「髪は別に毎回新しいものにする必要はないそうですけど、ほら、神官方の唇が触れるわけでしょう? 礼儀として新しいものを準備するのがふつうです。メグル様がなさるお仕事は、その髪を切るお仕事ですわ」
「へえ。切り過ぎないようにしないとね」
「最初は気楽になさればよろしいのですよ」
 そう言って、ヨンシはお守りを大事そうに包みなおすとまたポケットにしまった。

 巡は尋ねた。
「祝福は1回受けたらずっと効果があるの?」
「いいえ。髪を結わえている紐が切れたら祝福が切れた合図です。だいだい100日と言われていますわ」
「ああ、じゃあ、街に暮らしている人たちは切れたら祝福を受けに来るんだね」
「そういうことです」
「レスシェイヌさんもそういう仕事を?」
「レスシェイヌ様は大神官ですわ。神官とは違います」
「そうなの?」

 巡はヨンシをまじまじと見た。そして自分が大神官のことをあまりよく知らないままだったことに気が付く。
 ヨンシは説明する。
「人々に祝福をわけてくださる存在が神官、魔物と戦う力を持つのが使徒、そして番に祝福をあたえることで魔物を鎮めるのが大神官です」
「使徒っていうのもいるの?」
「はい。はじめにメグル様が襲われたときに応戦したのも彼らです。もっとも、彼らの力もレスシェイヌ様には及びませんけど」

 ヨンシは誇らしげだ。巡はなんだがむず痒いような気がして、それをごまかすように次々と質問を重ねた。
「いっぱい修業をしたら大神官になれる?」
「いえ。選ばれるのです」
「選ばれる?」
「はい。使徒と神官は修練を経てなるものですが、大神官だけは神託を得て選ばれるのです」
「レスシェイヌさんもそうして選ばれたの?」
「はい。昨年選ばれました。レスシェイヌ様はカレス地方の豪商のご子息でしたのよ」
「へえ~」
「少し前までレスシェイヌ様も礼儀作法を覚えたり、大神官としての勉強にひいひい言われていますわ。メグル様と同じですわね」
「そうだったんだ……」

(なんだか、知らないことばっかり)

 巡は急に不安になった。知らないことばかりの自分。それで働きに出ようとしている自分。
 押し黙った巡を見て、ヨンシは朗らかにい笑った。

「大丈夫ですわ。私がおりますもの」
「……そうだよね」
 巡もどうにかこうにか笑みをつくった。

「ああそうですわ」
 ヨンシは手を叩いた。そして小脇に抱えたバッグの中から皮の包みを取り出す。
「ハサミをお持ちしました」
 中から出てきたのはにぶい輝きを持つハサミだった。
「わぁ……」
「髪結いたちに聞いてみて、一番人気の型を取り寄せましたのよ」

 巡はそれを手に取る。
 いぶした銀でつくられたハサミ。日本で触れたそれよりもずっと重く、冷たい。

「ちゃんとできるかな。日本では、まだちゃんと人の髪の毛を切ったことなかったんです」

 たった三か月で脱落してしまった専門学校を思う。同時に巡の心に苦いものが広がる。巡の感傷をヨンシは笑って吹き飛ばす。

「一房切るだけですもの。大丈夫ですわ。私も、昔子どもたちの髪の毛を切っていたんですのよ。意外となんとかなります。大事なのは思い切りですわ」
 巡はヨンシをまじまじと見た。
「何か?」
「いや、あの……」
 巡はちょっとためらったあと、頬を掻きながら言った。
「ヨンシがいてくれて、よかったなぁって思って。私ひとりだとうじうじ考えて行動できないから……」
「私たち、いい組み合わせですわね」


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