異世界転移した私が「お前とは結婚しない」と言った運命の番(獣人)と幸せになる話~銃声を添えて~

深山恐竜

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第34話

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 髪を切ってからしばらくの間、巡はおびえていた。
 城の角を曲がったときに母親が出てきて、「なんてみっともない髪しているのよ!」と怒鳴られるような気がしていた。
 巡はそうしてずっと怒鳴られてきたのだ。かわいいキーホルダーをお土産でもらってこっそりカバンにつけたときも、レースのついたキャミソールを欲しがったときも、作文コンクールで入賞してピンクの消しゴムを賞品としてもらったときも。
 「女らしい」は「駄目なこと」――ずっとそう刷り込まれてきた。

 ひと月もすると、巡はやっとおびえなくなった。
 ここには母親はいないのだ。頭では理解していたことに、ようやく心が追いついた。
 あこがれていた髪型。手入れをされていることがわかる髪型。それは巡がうまれてはじめて自分で選んで手に入れたものだった。
 巡は鏡を覗き込むのが楽しみになっていた。

 そしてついに、巡はサリエットの店で服を一着注文することができた。
 短い髪に合わせて、動きやすいパンツスタイルである。
 こちらの世界では女性がパンツを履くことは珍しいらしい。
 でも、サリエットもヴィーダも巡の提案したスタイルを否定しなかった。
 
「やりたい服装が一番いいんだよ」

 ヴィーダはそう言って笑っていた。






「ここのところすっかり明るくなられて。わたしくしは本当にうれしく存じますわ」
 ある日、ヨンシがそう言った。
 ちょうど巡の部屋の修繕も終わり、きれいになった寝室で寝る準備をしているときだった。
 巡はベッドの端に座って、ヨンシを見上げた。ヨンシは手際よく寝る前のミルクを用意している。
「え? そう?」
「ええ。もちろん、メグル様はご家族やご友人と離れ離れになったのですから、お寂しいでしょうから、気落ちされるのは当然なのですが」
「あ、ああ……」
 ご家族や友人。その言葉を聞いて、巡は動揺した。
(そっか、ふつう、それで落ち込むんだよね)
 いまヨンシに言われるまで、むしろ母親がこの世界にいないことに安堵していた。友達にいたっては、思い至りもしなかった。

(私って、もともとふつうじゃないのかも)
 その考えは「ふつう」になりたがっていた巡を自由にした。


「あのさ、ヨンシ」
「はい?」
「訊きたいことがあるんだけど」
「なんでしょう?」
 巡は声をひそめた。
「レスシェイヌさんの部屋って、どこ?」

 巡が尋ねると、ヨンシは「まあまあ」と口を抑えて笑った。






 大きな扉の前で立ち止まり、呼吸を整えてドアをノックする。
「レスシェイヌさん? いる?」
「メグル……?」
 すぐに扉は開かれ、中からは薄い夜着姿のレスシェイヌが現れる。彼は突然訪問してきた巡を上から下まで見て、口をぽかんと開けている。 
 巡は珍しい彼の表情にちょっと苦笑したあと、「入れてくれる?」と尋ねた。
「どうぞ」
 レスシェイヌに招かれて、部屋に入る。

 巡が彼の部屋に入るのは初めてだった。
 青と白で統一された部屋で、品のいい調度品が飾られている。

 レスシェイヌは暖炉の前のソファを巡に勧めた。
 巡はそこに座って、馬鹿みたいに明るい声を出す。

「レスシェイヌさんに、ありがとうって言いたくなって」
「礼など……」
「ううん。言わせて。ありがとう。私、なんだか、すっかり別人」
「……こちらの世界は、気に入ったか……?」

 巡は満面の笑みを浮かべた。

「もちろん。……あのね、レスシェイヌさん」
「なんだ」
「春克までに、決めろって言ってたよね。この世界に残るか、戻るか」
「……ああ」
 レスシェイヌの喉仏がゆっくりと上下に動く。巡はそれを見て、ぐっと力を入れてこぶしを握った。
「私、この世界に残りたい。……レスシェイヌさんといっしょにいたい……。いい、かな?」

 次の瞬間、巡の視界はレスシェイヌでいっぱいになった。
 彼に抱きしめられているのだ、と一拍後に気が付き、巡もおずおずと彼の背に手をまわした。
 思えば、何度か裸体に触れあったことはあったが、こうして抱き合うのは初めてのことだ。

 レスシェイヌの鼓動を感じる。
 どく、どく、と彼も緊張している。
 巡の心臓もそれより早く動いている。
 レスシェイヌは言った。

「いつまでも、私の隣にいてくれ」

 彼の声は明朗で、巡の心の奥深くを刺す。

「レスシェイヌさん……」
 巡が彼の名を呼ぶと、レスシェイヌはそのまま巡を抱き上げた。
「へっ、あっ、わっ!」
「メグル」
 顔を上げると、彼の整った顔が近いところにあった。
 彼はこれまで見たことのない、とろけるような笑みを浮かべている。

「夜に男の部屋に来たということは、そういうことなんだろう?」

 巡の頬に朱がさした。


 
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