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第五章 後輩ちゃんの逆襲と同期さんの決意
22. 後輩ちゃん達の逆襲 side. 楓
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離田主任と入れ替わりで、課長が会議室に入って来た。
「清宮さん、呉東さん、大丈夫でしたか?! お二人の身を案じていたものの、始業前を狙われるという考えに至らず……! 連絡をもらったのに、助けに入るのが遅くなり申し訳ありません」
「いいえ、課長、助かりました! ……呉東さん、すみません、通報すると言い出したのは私なんです。呉東さんをこんな目に合わせてしまうなんて、本当に申し訳ないです……」
「いいえ、清宮さん。わたし、何度も通報しようって思ったんです! でも、離田主任が怖くて、今まで何もできなかったんですが、やっと、わたしも声を上げる決心がつきました」
呉東さんの瞳は先ほどまでとは違って、キラキラしていた。
「離田主任の言う通り、部長に揉み消されて、転勤させられたり、クビに追い込まれるかもしれません。でも、わたし、もう泣き寝入りなんてしたくないんです!」
「……呉東さん。呉東さんが声を上げてくれたら、揉み消されることはないはずです」
私はポケットからスマホを取り出し、操作すると、先ほどの離田主任の怒声が再生された。
ポケットに入れていたから音が少しこもっているけど、何とか聞き取れそうで安心する。
さっき呉東さんを助けに向かう前、スマホで課長に一報を入れた後、録音していたのだ。
呉東さんが、希望に満ちた瞳で私を見た。
「清宮さん、これ、もしかして、……」
「はい。パワハラ現場の証拠です!」
「清宮さん!」
「流石です! これで呉東さんを助けられますね!」
呉東さんと課長がそう言ったその時、コンコンとノックの音がして、ガチャリと勢い良くドアが開いた。
「「話は聞かせてもらったわ!」」
入って来たのは、ベテラン女性社員の2人だった。
私はこの2人に疎まれているのを知っている。
入社一年目の時、給湯室で私の陰口を言っていたのはこの2人だった。
この状況は、非常にまずい気がする。
一体何を言われるのだろうと身構えていると、ベテラン女性社員の1人が口を開いた。
「清宮さん、部長はあなたを『ハラスメントハラスメント』の被害で報告しようとしているわよ」
「え? ハラスメントハラスメント?」
私がハラスメント報告されそうだということにも、聞いたことがない単語にも、私はポカンとしてしまった。
「ハラスメントハラスメントはね、『ハラスメントじゃないことをハラスメントだと言われること』よ。『セクハラじゃないのにセクハラと言われて、精神的苦痛を受けた』と主張するつもりのようよ」
「え、でも私、本当のことしか……」
「ええ。清宮さんは本当のことを言っていただけだわ。でも、部長たちのハラスメント被害者が声を上げないと、事実だと証明できなくて、清宮さんまで罰される可能性が高いわ」
離田主任が言っていたのはこのことだったのか。
そこで課長が言った。
「そんな! では、一体どうすれば?! ……でも何で、あなた達が知ってるんですか?!」
「フフフ、まぁ、そんなことはどうだっていいじゃない。だからね、私たちも対抗して……」
ベテラン女性社員の2人はビシッと人差し指を突き出し、決めポーズをして言った。
「「部長のセクハラを報告するわ」」
「「「ええっ?!」」」
「私たち、部長から散々セクハラされてきた恨みがあるからね。清宮さんの主張は『ハラスメントハラスメント』なんかじゃなくて事実だったと報告して、きっちり裁いてもらうわ」
「そういえば課長も、部長から事あるごとに『左遷するぞ』って脅されてたわよね?」
ベテラン女性社員の一人に聞かれて、課長は頷いた。
「はい、そうなんです……って、だから何であなた達が知ってるんですか?!」
「フフフ、だからまぁ、そんなことはどうだっていいじゃない。とにかくそれも報告すれば、部長はパワハラでも裁かれると思わない?」
「確かに……!」
「ワタシ達ね、新入社員の頃から可愛がってた湖月ちゃんを、あんな風に過労死させられて、しかも揉み消そうとされていること、本当に怒ってるのよ」
「だからって自分で通報しようなんて思い付きもしなかったけど、呉東さんと清宮さんを守るためなら、ワタシ達も協力するわ」
そう言われて、私は思わず疑問を口に出してしまった。
「でも、何で、私まで守ろうとしてくれるんですか? 部長たちの企みまで教えてくれるなんて……」
私はてっきり、この2人に疎まれていると思っていたのに。
「ええ。ワタシ達も最初は、清宮さんのこと勘違いしてたんだけどね。湖月ちゃんに窘められたのよ。『無駄な部署ルールがなくなって残業が減ったのも、部内でセクハラが激減したのも、楓ちゃんが声を上げてくれたからですよ』って」
葵先輩が……。
「それにね、清宮さんが、何度も湖月ちゃんを守ろうとしてくれたのも、ワタシ達は知ってるのよ」
「あの時は見ていることしかできなかったけど、今回こそ加勢するわ」
「「みんなで声を上げれば、報復なんて怖くないのよ」」
私と呉東さんと課長は顔を見合わせた。
そうか! みんなで声を上げればいいんだ!
私達の目からウロコが落ちたその時。
「「「「「わたし達も報告します!」」」」」
会議室のドアが開き、大勢の社員がなだれ込んで来た。
離田主任のプロジェクトのメンバー達もいる。
呆気に取られていると、みんな口々に離田主任による被害状況を話し出した。
「『無能』とか『給料泥棒』とか『そんなに仕事できねーなら辞めろ』とか『ぶっ殺すぞ』とか言われて」
「すぐ怒声を上げて机や壁を殴るし、胸ぐらを掴まれたこともあって」
「PCの電源切った後も仕事させられて、PCの電源切れない時は『自主的な勉強だ』って報告させられて」
「湖月さんが亡くなる前、『愛人にならねーか』って言われて、しかも『本当は葵ちゃん狙いなんだけどなかなか落ちてくれねーからお前で我慢すっか』とか言われて」
「先輩もマタハラで本気で退職考えてるって悩んでて」
「休職しちゃった子も、ハラスメントで適応障害になったのに、報復が怖くて何も言えないって」
「呉東さんを助けたかったのに、声をかけようとするたび嫌がらせされて」
「部長は動いてくれないどころか、離田主任と口裏を合わせろという指示までされて」
「部長に異動したいって言ったら、クビにするぞって脅されて」
「飲み会で部長に太もも触られて、でも怖くて何も言えなくて、トイレに逃げたら、トイレにまでついて来られそうになって」
余りにも酷い内容が多すぎて、思わず絶句してしまった。
すると、皆が心底悔やむような表情になる。
「清宮さんが湖月さんを守ろうと必死だった時だって、本当はわたし達も、加勢したかったんです!」
「湖月さん、自分だって大変なのにおれ達の仕事手伝ってくれて、あの笑顔で何度も癒やされたことか……っ」
「だけど、報復が怖くて動けませんでした!」
「「「「「でも、今度こそ、声を上げます!!!!!」」」」」
すると、課長が言った。
「では、皆さん、今の内容をヒアリングで報告してください! これ以上みんなでここにいたら、部長や離田くんに怪しまれますので、一旦仕事に戻りましょう!」
「「「「「はい!!!」」」」」
◇
ヒアリングを終えた離田主任は、自席に戻ったあとも余裕の表情を浮かべていた。
部長がいる限り、自分が処分されることはないと思っているのだろう。
次々と社員たちがヒアリングに呼ばれていく中、プロジェクトメンバー達には『余計なことを言うなよ』と周りから見えないように凄んでいた。
だけど、誰もそんな脅しには屈しなかったみたいだ。
◇◇◇
程なくして、部長と離田主任の降格と異動が発表された。
部長と離田主任は、真っ青な顔で「まさか……」と言いながら部を去っていった。
ちなみに部長は役職定年扱いで、今後、管理職に就くことはないという。
入れ替わりで、新たな部長と主任が来た。
新しい部長はハラスメント教育に携わっていた方で、うちの部からハラスメントが一掃された。
主任は業務改善に通じている人で、同じタイミングで取引先の担当者も変わったらしく、プロジェクトは劇的な改善を見せ、残業は激減した。
こうして、うちの部に平穏が訪れた。
◇◇◇
後日、給湯室に行くとベテラン女性社員の2人に話しかけられた。
「清宮ちゃん、知ってる? 湖月ちゃんの発注ミスは濡れ衣だったみたいよ」
「……やっぱり! そうだったんですね!」
葵先輩の発注ミスは不可解な点ばかりだったので、ヒアリングの際に、私は本社に報告したのだ。
本社が調査したところ、離田元主任は取引先の男とグルになり、架空発注と発注者偽装で、葵先輩のミスに見せかけていたそうだ。
葵先輩がうちの課に戻るつもりと聞いて、ミスを揉み消す代わりにプロジェクトに留まるよう脅迫するつもりだったらしい。
だけど、脅迫前に葵先輩が自分でミスに気付いて関係各所に報告したため計画が頓挫してしまい、怒鳴りつけて無理やり従わせようとしていたそうだ。
ベテラン女性社員の1人が、ため息を吐いたあと、口を開いた。
「離田も元部長もね、昔は、湖月ちゃんや清宮ちゃんを陥れるような悪人じゃなかったの」
「……え」
「たぶん、小さなセクハラやパワハラを繰り返すうちに段々とエスカレートしていったんでしょうね。それで湖月ちゃんの前任の子がメンタルで休職した時に、ハラスメントの事実を揉み消して。そんなことを繰り返すうちに、引き返すことができない状況になっちゃったんだと思うわ」
「そうだったんですか……」
「離田の架空発注の件もね、エスカレートして横領にまで発展してたんじゃないかって、本社は取引先と協力して、その調査をしてるみたいよ」
「そうなんですね! ……でも、何でお二人がご存知なんですか?!」
「「フフフ、まぁ、そんなことはどうだっていいじゃない」」
そう言って、ベテラン女性社員の2人は妖艶に微笑んだ。
ちなみに、この出来事の数ヶ月後、離田元主任の横領が明らかになり、更に社外でも詐欺グループに加担していたことが発覚した。離田元主任は、グルになっていた取引先の男と共に懲戒解雇の上、逮捕された。
そして、それらの事実が明らかになったのは、私が葵先輩の発注ミスの濡れ衣疑惑を報告したおかげだったと、関係各所から感謝されることになったのだった。
◇
給湯室で衝撃の事実を聞いたあと、課長と会議室で打ち合わせに入った。
仕事の話を終えたあと、課長が口を開いた。
「ボクの同期が後から教えてくれたんですけどね、湖月さんの前任の子がメンタル休職した時も、湖月さんが亡くなった直後も、本社は当事者である離田くんと部長、そしてプロジェクトメンバーにヒアリングをしていたそうなんです。だけど、加害者は『そんな事実は無い』と一点張りで、被害者はみんな口を噤んでしまって。本社も動くに動けなかったみたいです」
「……みんな、『報復が怖かった』って言ってましたもんね」
「そうですね。でも、湖月さんが亡くなった時は、流石に本社も見過ごせないと思ったらしくて。それで、過労死の証拠を集めた後に、部全員にヒアリングを行うことにしたらしいんです。なのに証拠を集め始めたらどんどん出てきて、半年近くかかってしまったそうです。『遅くなって悪かった』と言っていました」
「……そうだったんですね。でも、あんなにたくさんの人が一緒に声を上げてくれるなんて思わなかったです。……葵先輩のことを悔やんでる人も多くて、呉東さんを守れただけでなく私も無事で済んだのは、葵先輩のおかげだと思いました」
すると、課長がにこやかに言った。
「湖月さんのこともありますけど、清宮さんの力も大きかったみたいですよ?」
「え?」
「『清宮さんに助けてもらったから、今度は自分が清宮さんを助けたい』という社員も多かったと、同期が言っていました」
ーーー「後輩ちゃんに救われた人は、俺以外にもたくさんいると思うよ。だから、大丈夫」
私に勇気をくれた人の、笑顔が思い浮かんだ。
◇
帰り道、一段と寒くなった夜空に光る星を見て、決戦前夜のことを思い出す。
自分を許していいのか。許さなくていいのか。
許すべきなのか。許さないべきなのか。
ずっとわからなくて、苦しかった。
自分の心が軽くなったり楽しかったり、幸せだと感じることに罪悪感が湧き上がって、根拠もなくそれを禁じたり、人のためなら許されると言い訳したりしてしまった。
もしかしたら私は、その罪悪感から逃れるために、『罰』が欲しかったのかもしれない。
それ故に、離田元主任の言葉に惑わされてしまったのだと思う。
でも。
ーーー「失敗や過ちの本当のゴールは『繰り返さないこと』だと思うの」
罪悪感があったから、私は繰り返さずに済んだ。
きっとこれからも、私はこの罪悪感を抱えたままでいいんだと思う。
だけど同時に、私はもう、あの優しい人にあんな傷付いた顔をさせたくない。
……だったら。
罪悪感を抱えたままでも、『罰』がなくても、それでも、心が軽くなったり、楽しかったり、幸せだと感じることを、自分に許そう!
帰り道、夜空にキラキラ輝く星に、そう誓った。
「清宮さん、呉東さん、大丈夫でしたか?! お二人の身を案じていたものの、始業前を狙われるという考えに至らず……! 連絡をもらったのに、助けに入るのが遅くなり申し訳ありません」
「いいえ、課長、助かりました! ……呉東さん、すみません、通報すると言い出したのは私なんです。呉東さんをこんな目に合わせてしまうなんて、本当に申し訳ないです……」
「いいえ、清宮さん。わたし、何度も通報しようって思ったんです! でも、離田主任が怖くて、今まで何もできなかったんですが、やっと、わたしも声を上げる決心がつきました」
呉東さんの瞳は先ほどまでとは違って、キラキラしていた。
「離田主任の言う通り、部長に揉み消されて、転勤させられたり、クビに追い込まれるかもしれません。でも、わたし、もう泣き寝入りなんてしたくないんです!」
「……呉東さん。呉東さんが声を上げてくれたら、揉み消されることはないはずです」
私はポケットからスマホを取り出し、操作すると、先ほどの離田主任の怒声が再生された。
ポケットに入れていたから音が少しこもっているけど、何とか聞き取れそうで安心する。
さっき呉東さんを助けに向かう前、スマホで課長に一報を入れた後、録音していたのだ。
呉東さんが、希望に満ちた瞳で私を見た。
「清宮さん、これ、もしかして、……」
「はい。パワハラ現場の証拠です!」
「清宮さん!」
「流石です! これで呉東さんを助けられますね!」
呉東さんと課長がそう言ったその時、コンコンとノックの音がして、ガチャリと勢い良くドアが開いた。
「「話は聞かせてもらったわ!」」
入って来たのは、ベテラン女性社員の2人だった。
私はこの2人に疎まれているのを知っている。
入社一年目の時、給湯室で私の陰口を言っていたのはこの2人だった。
この状況は、非常にまずい気がする。
一体何を言われるのだろうと身構えていると、ベテラン女性社員の1人が口を開いた。
「清宮さん、部長はあなたを『ハラスメントハラスメント』の被害で報告しようとしているわよ」
「え? ハラスメントハラスメント?」
私がハラスメント報告されそうだということにも、聞いたことがない単語にも、私はポカンとしてしまった。
「ハラスメントハラスメントはね、『ハラスメントじゃないことをハラスメントだと言われること』よ。『セクハラじゃないのにセクハラと言われて、精神的苦痛を受けた』と主張するつもりのようよ」
「え、でも私、本当のことしか……」
「ええ。清宮さんは本当のことを言っていただけだわ。でも、部長たちのハラスメント被害者が声を上げないと、事実だと証明できなくて、清宮さんまで罰される可能性が高いわ」
離田主任が言っていたのはこのことだったのか。
そこで課長が言った。
「そんな! では、一体どうすれば?! ……でも何で、あなた達が知ってるんですか?!」
「フフフ、まぁ、そんなことはどうだっていいじゃない。だからね、私たちも対抗して……」
ベテラン女性社員の2人はビシッと人差し指を突き出し、決めポーズをして言った。
「「部長のセクハラを報告するわ」」
「「「ええっ?!」」」
「私たち、部長から散々セクハラされてきた恨みがあるからね。清宮さんの主張は『ハラスメントハラスメント』なんかじゃなくて事実だったと報告して、きっちり裁いてもらうわ」
「そういえば課長も、部長から事あるごとに『左遷するぞ』って脅されてたわよね?」
ベテラン女性社員の一人に聞かれて、課長は頷いた。
「はい、そうなんです……って、だから何であなた達が知ってるんですか?!」
「フフフ、だからまぁ、そんなことはどうだっていいじゃない。とにかくそれも報告すれば、部長はパワハラでも裁かれると思わない?」
「確かに……!」
「ワタシ達ね、新入社員の頃から可愛がってた湖月ちゃんを、あんな風に過労死させられて、しかも揉み消そうとされていること、本当に怒ってるのよ」
「だからって自分で通報しようなんて思い付きもしなかったけど、呉東さんと清宮さんを守るためなら、ワタシ達も協力するわ」
そう言われて、私は思わず疑問を口に出してしまった。
「でも、何で、私まで守ろうとしてくれるんですか? 部長たちの企みまで教えてくれるなんて……」
私はてっきり、この2人に疎まれていると思っていたのに。
「ええ。ワタシ達も最初は、清宮さんのこと勘違いしてたんだけどね。湖月ちゃんに窘められたのよ。『無駄な部署ルールがなくなって残業が減ったのも、部内でセクハラが激減したのも、楓ちゃんが声を上げてくれたからですよ』って」
葵先輩が……。
「それにね、清宮さんが、何度も湖月ちゃんを守ろうとしてくれたのも、ワタシ達は知ってるのよ」
「あの時は見ていることしかできなかったけど、今回こそ加勢するわ」
「「みんなで声を上げれば、報復なんて怖くないのよ」」
私と呉東さんと課長は顔を見合わせた。
そうか! みんなで声を上げればいいんだ!
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「「「「「わたし達も報告します!」」」」」
会議室のドアが開き、大勢の社員がなだれ込んで来た。
離田主任のプロジェクトのメンバー達もいる。
呆気に取られていると、みんな口々に離田主任による被害状況を話し出した。
「『無能』とか『給料泥棒』とか『そんなに仕事できねーなら辞めろ』とか『ぶっ殺すぞ』とか言われて」
「すぐ怒声を上げて机や壁を殴るし、胸ぐらを掴まれたこともあって」
「PCの電源切った後も仕事させられて、PCの電源切れない時は『自主的な勉強だ』って報告させられて」
「湖月さんが亡くなる前、『愛人にならねーか』って言われて、しかも『本当は葵ちゃん狙いなんだけどなかなか落ちてくれねーからお前で我慢すっか』とか言われて」
「先輩もマタハラで本気で退職考えてるって悩んでて」
「休職しちゃった子も、ハラスメントで適応障害になったのに、報復が怖くて何も言えないって」
「呉東さんを助けたかったのに、声をかけようとするたび嫌がらせされて」
「部長は動いてくれないどころか、離田主任と口裏を合わせろという指示までされて」
「部長に異動したいって言ったら、クビにするぞって脅されて」
「飲み会で部長に太もも触られて、でも怖くて何も言えなくて、トイレに逃げたら、トイレにまでついて来られそうになって」
余りにも酷い内容が多すぎて、思わず絶句してしまった。
すると、皆が心底悔やむような表情になる。
「清宮さんが湖月さんを守ろうと必死だった時だって、本当はわたし達も、加勢したかったんです!」
「湖月さん、自分だって大変なのにおれ達の仕事手伝ってくれて、あの笑顔で何度も癒やされたことか……っ」
「だけど、報復が怖くて動けませんでした!」
「「「「「でも、今度こそ、声を上げます!!!!!」」」」」
すると、課長が言った。
「では、皆さん、今の内容をヒアリングで報告してください! これ以上みんなでここにいたら、部長や離田くんに怪しまれますので、一旦仕事に戻りましょう!」
「「「「「はい!!!」」」」」
◇
ヒアリングを終えた離田主任は、自席に戻ったあとも余裕の表情を浮かべていた。
部長がいる限り、自分が処分されることはないと思っているのだろう。
次々と社員たちがヒアリングに呼ばれていく中、プロジェクトメンバー達には『余計なことを言うなよ』と周りから見えないように凄んでいた。
だけど、誰もそんな脅しには屈しなかったみたいだ。
◇◇◇
程なくして、部長と離田主任の降格と異動が発表された。
部長と離田主任は、真っ青な顔で「まさか……」と言いながら部を去っていった。
ちなみに部長は役職定年扱いで、今後、管理職に就くことはないという。
入れ替わりで、新たな部長と主任が来た。
新しい部長はハラスメント教育に携わっていた方で、うちの部からハラスメントが一掃された。
主任は業務改善に通じている人で、同じタイミングで取引先の担当者も変わったらしく、プロジェクトは劇的な改善を見せ、残業は激減した。
こうして、うちの部に平穏が訪れた。
◇◇◇
後日、給湯室に行くとベテラン女性社員の2人に話しかけられた。
「清宮ちゃん、知ってる? 湖月ちゃんの発注ミスは濡れ衣だったみたいよ」
「……やっぱり! そうだったんですね!」
葵先輩の発注ミスは不可解な点ばかりだったので、ヒアリングの際に、私は本社に報告したのだ。
本社が調査したところ、離田元主任は取引先の男とグルになり、架空発注と発注者偽装で、葵先輩のミスに見せかけていたそうだ。
葵先輩がうちの課に戻るつもりと聞いて、ミスを揉み消す代わりにプロジェクトに留まるよう脅迫するつもりだったらしい。
だけど、脅迫前に葵先輩が自分でミスに気付いて関係各所に報告したため計画が頓挫してしまい、怒鳴りつけて無理やり従わせようとしていたそうだ。
ベテラン女性社員の1人が、ため息を吐いたあと、口を開いた。
「離田も元部長もね、昔は、湖月ちゃんや清宮ちゃんを陥れるような悪人じゃなかったの」
「……え」
「たぶん、小さなセクハラやパワハラを繰り返すうちに段々とエスカレートしていったんでしょうね。それで湖月ちゃんの前任の子がメンタルで休職した時に、ハラスメントの事実を揉み消して。そんなことを繰り返すうちに、引き返すことができない状況になっちゃったんだと思うわ」
「そうだったんですか……」
「離田の架空発注の件もね、エスカレートして横領にまで発展してたんじゃないかって、本社は取引先と協力して、その調査をしてるみたいよ」
「そうなんですね! ……でも、何でお二人がご存知なんですか?!」
「「フフフ、まぁ、そんなことはどうだっていいじゃない」」
そう言って、ベテラン女性社員の2人は妖艶に微笑んだ。
ちなみに、この出来事の数ヶ月後、離田元主任の横領が明らかになり、更に社外でも詐欺グループに加担していたことが発覚した。離田元主任は、グルになっていた取引先の男と共に懲戒解雇の上、逮捕された。
そして、それらの事実が明らかになったのは、私が葵先輩の発注ミスの濡れ衣疑惑を報告したおかげだったと、関係各所から感謝されることになったのだった。
◇
給湯室で衝撃の事実を聞いたあと、課長と会議室で打ち合わせに入った。
仕事の話を終えたあと、課長が口を開いた。
「ボクの同期が後から教えてくれたんですけどね、湖月さんの前任の子がメンタル休職した時も、湖月さんが亡くなった直後も、本社は当事者である離田くんと部長、そしてプロジェクトメンバーにヒアリングをしていたそうなんです。だけど、加害者は『そんな事実は無い』と一点張りで、被害者はみんな口を噤んでしまって。本社も動くに動けなかったみたいです」
「……みんな、『報復が怖かった』って言ってましたもんね」
「そうですね。でも、湖月さんが亡くなった時は、流石に本社も見過ごせないと思ったらしくて。それで、過労死の証拠を集めた後に、部全員にヒアリングを行うことにしたらしいんです。なのに証拠を集め始めたらどんどん出てきて、半年近くかかってしまったそうです。『遅くなって悪かった』と言っていました」
「……そうだったんですね。でも、あんなにたくさんの人が一緒に声を上げてくれるなんて思わなかったです。……葵先輩のことを悔やんでる人も多くて、呉東さんを守れただけでなく私も無事で済んだのは、葵先輩のおかげだと思いました」
すると、課長がにこやかに言った。
「湖月さんのこともありますけど、清宮さんの力も大きかったみたいですよ?」
「え?」
「『清宮さんに助けてもらったから、今度は自分が清宮さんを助けたい』という社員も多かったと、同期が言っていました」
ーーー「後輩ちゃんに救われた人は、俺以外にもたくさんいると思うよ。だから、大丈夫」
私に勇気をくれた人の、笑顔が思い浮かんだ。
◇
帰り道、一段と寒くなった夜空に光る星を見て、決戦前夜のことを思い出す。
自分を許していいのか。許さなくていいのか。
許すべきなのか。許さないべきなのか。
ずっとわからなくて、苦しかった。
自分の心が軽くなったり楽しかったり、幸せだと感じることに罪悪感が湧き上がって、根拠もなくそれを禁じたり、人のためなら許されると言い訳したりしてしまった。
もしかしたら私は、その罪悪感から逃れるために、『罰』が欲しかったのかもしれない。
それ故に、離田元主任の言葉に惑わされてしまったのだと思う。
でも。
ーーー「失敗や過ちの本当のゴールは『繰り返さないこと』だと思うの」
罪悪感があったから、私は繰り返さずに済んだ。
きっとこれからも、私はこの罪悪感を抱えたままでいいんだと思う。
だけど同時に、私はもう、あの優しい人にあんな傷付いた顔をさせたくない。
……だったら。
罪悪感を抱えたままでも、『罰』がなくても、それでも、心が軽くなったり、楽しかったり、幸せだと感じることを、自分に許そう!
帰り道、夜空にキラキラ輝く星に、そう誓った。
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シャノンは若干25歳でありながら、プレスコット伯爵家の女当主。男勝りな彼女は、由緒ある伯爵家の当主として男性と互角に渡り合っていた。しかし、そんな彼女には結婚という大きな悩みが。伯爵家の血筋を残すためにも結婚しなくてはと思うが、全く相手が見つからない。途方に暮れていたその時……「義姉さん、それ僕でいいんじゃない?」昔拾ってあげた血の繋がりのない美しく成長した義弟からまさかの提案……!?
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※他サイトにも掲載しています。
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